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1章
19.森と木
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「それとお兄様が持っていった教本なのですが、まだ届くまで時間がかかりますか? マーシャル王子からの手紙も少し時間が空いてますし、流通に問題でもあったのでしょうか」
「王子からの手紙は気にしなくていい。こちらからも出さなくて良い」
「はぁ」
シルヴェスター家にとって王子との婚約はさほど重要ではない。
その上、私がマーシャル王子に関心がないのもお父様にはバレている。
それでも私たちのやりとりの9割以上が手紙である。
それを気にするななんて、マーシャル王子に何かあったのだろうか。
本格的に療養に入ったとか?
だとしたら手紙を出すことで余計な気を使わせてしまうし、邪神が~って話もしていないのかもしれない。
学園生活が始まる前に婚約解消の話が持ちかけられたりして……。
私は闇落ちルートの一部分を回避、王子は治療に専念できる上に辺境で命の危険を感じずに済むーーなんともウィンウィンな構図だ。
頭の中で大量のカニがハサミをちょきちょきと動かしながらグルグルと回っている。
婚約解消が実現した際には私も一緒にウィンウィンのダンスを踊ろう。
本当に、早く実現してほしいものだ。
「それと教本の件だが、来週には届くだろう。それまでの繋ぎは、私が使っていたものでよければ部屋に運ばせる」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、部屋に戻る。
「戻ったか」
「芋と水筒は」
「そこにある」
机の上にはすでに干し芋と水筒、それを入れるためのショルダーバッグも用意されていた。
バッグに芋と水筒、ハンカチを二枚いれて、肩から下げる。そして胸元でルクスさんを抱え、屋敷を出た。
森に入るまで人目を避けてコソコソと。
森に入ってしまえば後は遠慮はいらない。
好んで森に近づくのなんて私くらいなものだ。
記憶を取り戻す前も落ち込んだ時は決まって森に来ていた。
誰の目にも留まらぬ場所で丸くなって呼吸を繰り返す。そのうち自然と一体に慣れる気がして、落ち着いた頃に屋敷に戻るのだ。
ルクスさんと出会ったあの日、私が突然屋敷を飛び出しても止められなかったのは行き先を知っていたから。
森は魔物の絶好の隠れ場所に見えるが、中型から大型の魔物はいない。いるのは力の弱い魔物ばかり。
人を襲ったり、畑から作物を奪うようなことはないので警戒するようなことはない。
だから家族や使用人達も一人にしてくれた。
ルクスさんと出会ってからは落ち込むこともなく、森に入ったのはあの日以来。
一ヶ月間が空くのは珍しいことではないが、奥に進むごとに周りの空気が軽くなっていくように感じる。
人目を避けるという目的で足を運んでいたが、自然が好きだったのかもしれない。
自覚すると一気に楽しい気分が湧き上がる。
『もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~
一つだけだと木ぃだけど~
三つ集まりゃ森になる~
林の定義は とぅとぅとぅっ よくわから~ん
もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~
雑木林は木が四つ 森林は五つ~
どんどん増えるぞ 木が増える
増える定義はとぅとぅとぅっ よくわから~ん
もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~』
「なんだ、そのなんとも言えない歌は」
「森の歌?」
「なぜ疑問形なんだ」
「曲名も何の歌かも知らないんですよ。私が小さい時から木がいっぱい生えてるところを車で通る時は必ず両親や兄が歌い出すので私も覚えて一緒に歌って。今は歩きですけど、いっぱい木が生えてるの見たら歌いたくなっちゃいました」
「さぞ騒がしい家族だったんだろうな」
「賑やかと言ってください」
学校で『雑』の字を習うまで、歌を聴くたびに『雑木林には木は三つじゃないの? なんで四つなの?』とお父さんをゆさゆさと揺すっていたのも合わせて懐かしい。
家族での大合唱はもう聴けないけれど、前世の家族との思い出も私の中にちゃんと残っている。
それに一人になっても楽しい歌には変わりない。
「ところで木といえば気になることがあるんですけど」
「なんだ?」
「ここの地域って昔から人が亡くなったら木を植えるんですか?」
「我が封印される前はそんな習慣なかったが……。今はあるのか?」
「人が亡くなるとこの森の外側に一本新しい木を植えるんです」
普段は森に寄り付かない人達でもここに来る時がある。
秋に落ち葉や枝を拾いに来る時と、家族が亡くなった直後である。
木を植えた後は墓地の方にお参りに行くので、来るのは植える時だけ。
前世では子どもが産まれたら木を植える家はあったが、逆は聞いたことがない。
「でもなんでルクスさんの封印後にできたんだろう? おかしくないですか?」
「長い時が過ぎればその土地特有の風習が根付くことくらいある」
「植えるにしてもなぜ邪神を封印した洞窟の近くなんでしょう? それにここは雑草すら生えない土地なんですよ? 甘藷を育て始めたのは食べ物を育てられないか色々と確かめたからにしても、なんで木なんか植えようと……」
危険のないはずのこの森に人が近寄らないのは邪神を封印した洞窟があるからだ。
シルヴェスターに越してきた人も真っ先にこの森の説明を受ける。だから近寄らない。
だが考えてもみれば不思議な話である。
なぜ雑草すら生えない土地で木は育つのか。
この土地で生まれ、当然のようにこの森を目にして育ったので今まで疑問に思うことがなかった。
それに誰一人として管理をしていないわりに、ここの木は綺麗すぎるのだ。
「王子からの手紙は気にしなくていい。こちらからも出さなくて良い」
「はぁ」
シルヴェスター家にとって王子との婚約はさほど重要ではない。
その上、私がマーシャル王子に関心がないのもお父様にはバレている。
それでも私たちのやりとりの9割以上が手紙である。
それを気にするななんて、マーシャル王子に何かあったのだろうか。
本格的に療養に入ったとか?
だとしたら手紙を出すことで余計な気を使わせてしまうし、邪神が~って話もしていないのかもしれない。
学園生活が始まる前に婚約解消の話が持ちかけられたりして……。
私は闇落ちルートの一部分を回避、王子は治療に専念できる上に辺境で命の危険を感じずに済むーーなんともウィンウィンな構図だ。
頭の中で大量のカニがハサミをちょきちょきと動かしながらグルグルと回っている。
婚約解消が実現した際には私も一緒にウィンウィンのダンスを踊ろう。
本当に、早く実現してほしいものだ。
「それと教本の件だが、来週には届くだろう。それまでの繋ぎは、私が使っていたものでよければ部屋に運ばせる」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、部屋に戻る。
「戻ったか」
「芋と水筒は」
「そこにある」
机の上にはすでに干し芋と水筒、それを入れるためのショルダーバッグも用意されていた。
バッグに芋と水筒、ハンカチを二枚いれて、肩から下げる。そして胸元でルクスさんを抱え、屋敷を出た。
森に入るまで人目を避けてコソコソと。
森に入ってしまえば後は遠慮はいらない。
好んで森に近づくのなんて私くらいなものだ。
記憶を取り戻す前も落ち込んだ時は決まって森に来ていた。
誰の目にも留まらぬ場所で丸くなって呼吸を繰り返す。そのうち自然と一体に慣れる気がして、落ち着いた頃に屋敷に戻るのだ。
ルクスさんと出会ったあの日、私が突然屋敷を飛び出しても止められなかったのは行き先を知っていたから。
森は魔物の絶好の隠れ場所に見えるが、中型から大型の魔物はいない。いるのは力の弱い魔物ばかり。
人を襲ったり、畑から作物を奪うようなことはないので警戒するようなことはない。
だから家族や使用人達も一人にしてくれた。
ルクスさんと出会ってからは落ち込むこともなく、森に入ったのはあの日以来。
一ヶ月間が空くのは珍しいことではないが、奥に進むごとに周りの空気が軽くなっていくように感じる。
人目を避けるという目的で足を運んでいたが、自然が好きだったのかもしれない。
自覚すると一気に楽しい気分が湧き上がる。
『もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~
一つだけだと木ぃだけど~
三つ集まりゃ森になる~
林の定義は とぅとぅとぅっ よくわから~ん
もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~
雑木林は木が四つ 森林は五つ~
どんどん増えるぞ 木が増える
増える定義はとぅとぅとぅっ よくわから~ん
もりもり き・き・き~
もりもり きっきっき~』
「なんだ、そのなんとも言えない歌は」
「森の歌?」
「なぜ疑問形なんだ」
「曲名も何の歌かも知らないんですよ。私が小さい時から木がいっぱい生えてるところを車で通る時は必ず両親や兄が歌い出すので私も覚えて一緒に歌って。今は歩きですけど、いっぱい木が生えてるの見たら歌いたくなっちゃいました」
「さぞ騒がしい家族だったんだろうな」
「賑やかと言ってください」
学校で『雑』の字を習うまで、歌を聴くたびに『雑木林には木は三つじゃないの? なんで四つなの?』とお父さんをゆさゆさと揺すっていたのも合わせて懐かしい。
家族での大合唱はもう聴けないけれど、前世の家族との思い出も私の中にちゃんと残っている。
それに一人になっても楽しい歌には変わりない。
「ところで木といえば気になることがあるんですけど」
「なんだ?」
「ここの地域って昔から人が亡くなったら木を植えるんですか?」
「我が封印される前はそんな習慣なかったが……。今はあるのか?」
「人が亡くなるとこの森の外側に一本新しい木を植えるんです」
普段は森に寄り付かない人達でもここに来る時がある。
秋に落ち葉や枝を拾いに来る時と、家族が亡くなった直後である。
木を植えた後は墓地の方にお参りに行くので、来るのは植える時だけ。
前世では子どもが産まれたら木を植える家はあったが、逆は聞いたことがない。
「でもなんでルクスさんの封印後にできたんだろう? おかしくないですか?」
「長い時が過ぎればその土地特有の風習が根付くことくらいある」
「植えるにしてもなぜ邪神を封印した洞窟の近くなんでしょう? それにここは雑草すら生えない土地なんですよ? 甘藷を育て始めたのは食べ物を育てられないか色々と確かめたからにしても、なんで木なんか植えようと……」
危険のないはずのこの森に人が近寄らないのは邪神を封印した洞窟があるからだ。
シルヴェスターに越してきた人も真っ先にこの森の説明を受ける。だから近寄らない。
だが考えてもみれば不思議な話である。
なぜ雑草すら生えない土地で木は育つのか。
この土地で生まれ、当然のようにこの森を目にして育ったので今まで疑問に思うことがなかった。
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