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1章
12.ハイスペック
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「ふわあああああ、よく寝た」
大きな欠伸を噛み殺し、生理的に出た涙を拭う。
昨日色々あったせいで疲れたのだろう。窓の外はすっかり明るくなっている。
昼過ぎといったところか。
夕飯もお芋少しとかなり少なかったので、お腹はキュルキュルと悲鳴をあげている。
「お腹すいた。ご飯ご飯」
腹をさすりながらベッドから降りる。すると足元から声がした。
「ようやく起きたか」
おずおずと視線を下げれば、本の間に真っ黒い塊が目に入った。
我が家の愛犬ではなく、触れれば固そうなーー。
「あ……。おはようございます、今日も艶のある鱗ですね!」
昨日会った邪神様である。そもそも愛犬は前世に残して来た。
すっっっっっかり忘れていた。
置いた足はスレスレで、踏まなくて良かったと内心ヒヤヒヤとする。
けれどほぼ真下にいるドラゴンさんに気づかれないはずがない。
「まさかとは思うがお前、我のことを忘れて……」
「ヤだな~そんなわけないじゃないですか~」
「じゃあこの足はなんだ。我が避けねば思い切り踏んでいたと思うのだが」
「……すみません」
忘れていたわけじゃないのだ。
ただ空腹により、諸々の優先順位と思考速度がものすごく下がっていただけで。
完全に頭の中はご飯食べよう! しかなかった。
空腹というのは恐ろしいものである。そんなことを考えていると、ゴゴゴゴゴと腹の虫も共感してくれた。
「まったく……。邪神を忘れるのなんてお前くらいだぞ。こんなんじゃ先が思いやられる」
「先って?」
「闇落ちとやらを回避するのだろう? 具体的に何をするのかは知らんが」
「普通に暮らしながら、闇落ちに繋がりそうな場所を回避したり、って感じですかね?」
「邪神に協力を仰ぎに来たわりには随分と消極的なんだな」
「邪神に復活の意思がないと分かったからには今からこれして~あれして~って急ぐ必要性があんまりないんですよ。とりあえず闇落ちに関わるドラゴンさんのことと自分のことを知っていくのだけはちゃんとしていきたいです」
なんといっても舞台は六年後。
何があったかよく分からないのに常にあれしてこれしてと動いていれば、心身ともに磨耗してしまう。
それに私は断罪とか王都追放されて路頭に迷うとかではないので、今から何か積み上げていく必要がない。
動くとすれば、それはヒロイン登場後。
本格的に動くのはヒロインの好きな人を見定めてから、かな?
それまでは邪神とウェスパルについてのんびりと知っていく。闇落ちフラグっぽいものを見つけたらひたすら折るくらいなものだ。
「お前に欲はないのか」
「闇落ち回避して実家でのんびり暮らしたい」
それが私の最大の願望。
学園卒業後は可能な限り王都へは行かない!
強い欲をぶつければ、ドラゴンさんは顔を皺くちゃにして怒る。
「その他に、だ!」
「お風呂にシャワーが欲しい」
「しゃわー……」
「複数ある小さい穴からお湯を出す装置? です。あると頭を流す時凄い便利で!」
「……他には」
「うーん、今のところこれといって不便は感じてないですね。シャワーも前世の記憶を取り戻したから、あると便利だよね! と思っただけで、今まで無くても大丈夫だったので、なければないで別に困りはしません」
食に偏りはあり、前世よりは生活レベルが少しだけ落ちる。だが衣食住に困ることはない。家族や友達、領民も良い人である。
婚約者のことはよく分からないけど、多分そのうち慣れるだろう。
学園登校義務だけはなんとかならないかとは思うが、貴族全員に適応されるものなので仕方ない。
それ以外となると、不満を漏らすようなところはない。現状に満足している。
「なぜ物欲に限定するのだ。お前はもっとこう、頭が良くなりたいとか美人になりたいとかないのか!」
「私、そこまで馬鹿じゃないですからね!? 顔だって今はまだ幼さがありますけど、六年後にはヒロインとイケメンを取り合う関係になるだけあって結構美人さんになるんですから!」
悪役令嬢とはいえ、ウェスパルには大量のスチルがある。
攻略対象達と並んで映っても画面が映えるように顔面がかなり優遇されているのだ。
性格は少し暗いが、その影すらも美しさへと変えていく。
攻略対象達と比べると少ないが、グッズだって出ていた。
ヒロインよりも絵師さんの本気が伝わるとさえ言われていたというのに、これ以上、どう良くなるというのか。
頭だって悪くない。
前世でも学校の成績は真ん中より上だったし、今世は家庭教師を呼べない分、大量の教本が与えられている。
ヴァレンチノ公爵家に隠居しているお祖父様が来た際には勉強を見てもらえるし、進みが遅いと判断されれば公爵家に送られてみっちり指導される。
一度、公爵家送りになったお兄様がげっそりとした顔をして帰って来て以来、勉強には時間を取るようにしている。
このペースでいけば学園入学前に卒業相当の知識を習得できることになる。
今でも十分ハイスペックなんです! と断言すれば、ドラゴンさんは「そういう話をしているのではない……」と呆れたようにため息を吐いた。
「そういう話じゃないならどういう話なんです?」
「もういい。お前はそういうやつなんだなと納得した。変わっているのは昨日の時点で分かっていたしな」
それ以上この話をする気はないようで、クローゼットをトントンと叩いた。
さっさと着替えろと言いたいようだ。
私が立ち上がると彼はこちらに背中を向ける。気を使ってくれているらしい。
適当な服を掴み、さっさと着替えてしまうことにした。
大きな欠伸を噛み殺し、生理的に出た涙を拭う。
昨日色々あったせいで疲れたのだろう。窓の外はすっかり明るくなっている。
昼過ぎといったところか。
夕飯もお芋少しとかなり少なかったので、お腹はキュルキュルと悲鳴をあげている。
「お腹すいた。ご飯ご飯」
腹をさすりながらベッドから降りる。すると足元から声がした。
「ようやく起きたか」
おずおずと視線を下げれば、本の間に真っ黒い塊が目に入った。
我が家の愛犬ではなく、触れれば固そうなーー。
「あ……。おはようございます、今日も艶のある鱗ですね!」
昨日会った邪神様である。そもそも愛犬は前世に残して来た。
すっっっっっかり忘れていた。
置いた足はスレスレで、踏まなくて良かったと内心ヒヤヒヤとする。
けれどほぼ真下にいるドラゴンさんに気づかれないはずがない。
「まさかとは思うがお前、我のことを忘れて……」
「ヤだな~そんなわけないじゃないですか~」
「じゃあこの足はなんだ。我が避けねば思い切り踏んでいたと思うのだが」
「……すみません」
忘れていたわけじゃないのだ。
ただ空腹により、諸々の優先順位と思考速度がものすごく下がっていただけで。
完全に頭の中はご飯食べよう! しかなかった。
空腹というのは恐ろしいものである。そんなことを考えていると、ゴゴゴゴゴと腹の虫も共感してくれた。
「まったく……。邪神を忘れるのなんてお前くらいだぞ。こんなんじゃ先が思いやられる」
「先って?」
「闇落ちとやらを回避するのだろう? 具体的に何をするのかは知らんが」
「普通に暮らしながら、闇落ちに繋がりそうな場所を回避したり、って感じですかね?」
「邪神に協力を仰ぎに来たわりには随分と消極的なんだな」
「邪神に復活の意思がないと分かったからには今からこれして~あれして~って急ぐ必要性があんまりないんですよ。とりあえず闇落ちに関わるドラゴンさんのことと自分のことを知っていくのだけはちゃんとしていきたいです」
なんといっても舞台は六年後。
何があったかよく分からないのに常にあれしてこれしてと動いていれば、心身ともに磨耗してしまう。
それに私は断罪とか王都追放されて路頭に迷うとかではないので、今から何か積み上げていく必要がない。
動くとすれば、それはヒロイン登場後。
本格的に動くのはヒロインの好きな人を見定めてから、かな?
それまでは邪神とウェスパルについてのんびりと知っていく。闇落ちフラグっぽいものを見つけたらひたすら折るくらいなものだ。
「お前に欲はないのか」
「闇落ち回避して実家でのんびり暮らしたい」
それが私の最大の願望。
学園卒業後は可能な限り王都へは行かない!
強い欲をぶつければ、ドラゴンさんは顔を皺くちゃにして怒る。
「その他に、だ!」
「お風呂にシャワーが欲しい」
「しゃわー……」
「複数ある小さい穴からお湯を出す装置? です。あると頭を流す時凄い便利で!」
「……他には」
「うーん、今のところこれといって不便は感じてないですね。シャワーも前世の記憶を取り戻したから、あると便利だよね! と思っただけで、今まで無くても大丈夫だったので、なければないで別に困りはしません」
食に偏りはあり、前世よりは生活レベルが少しだけ落ちる。だが衣食住に困ることはない。家族や友達、領民も良い人である。
婚約者のことはよく分からないけど、多分そのうち慣れるだろう。
学園登校義務だけはなんとかならないかとは思うが、貴族全員に適応されるものなので仕方ない。
それ以外となると、不満を漏らすようなところはない。現状に満足している。
「なぜ物欲に限定するのだ。お前はもっとこう、頭が良くなりたいとか美人になりたいとかないのか!」
「私、そこまで馬鹿じゃないですからね!? 顔だって今はまだ幼さがありますけど、六年後にはヒロインとイケメンを取り合う関係になるだけあって結構美人さんになるんですから!」
悪役令嬢とはいえ、ウェスパルには大量のスチルがある。
攻略対象達と並んで映っても画面が映えるように顔面がかなり優遇されているのだ。
性格は少し暗いが、その影すらも美しさへと変えていく。
攻略対象達と比べると少ないが、グッズだって出ていた。
ヒロインよりも絵師さんの本気が伝わるとさえ言われていたというのに、これ以上、どう良くなるというのか。
頭だって悪くない。
前世でも学校の成績は真ん中より上だったし、今世は家庭教師を呼べない分、大量の教本が与えられている。
ヴァレンチノ公爵家に隠居しているお祖父様が来た際には勉強を見てもらえるし、進みが遅いと判断されれば公爵家に送られてみっちり指導される。
一度、公爵家送りになったお兄様がげっそりとした顔をして帰って来て以来、勉強には時間を取るようにしている。
このペースでいけば学園入学前に卒業相当の知識を習得できることになる。
今でも十分ハイスペックなんです! と断言すれば、ドラゴンさんは「そういう話をしているのではない……」と呆れたようにため息を吐いた。
「そういう話じゃないならどういう話なんです?」
「もういい。お前はそういうやつなんだなと納得した。変わっているのは昨日の時点で分かっていたしな」
それ以上この話をする気はないようで、クローゼットをトントンと叩いた。
さっさと着替えろと言いたいようだ。
私が立ち上がると彼はこちらに背中を向ける。気を使ってくれているらしい。
適当な服を掴み、さっさと着替えてしまうことにした。
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