6 / 175
1章
6.芋食べてる場合じゃない......かも
しおりを挟む
起きたばかりで力が出ないと言う彼を胸の前で抱えて屋敷に向かう。
その道中で『あれは風で切れたことにしましょう!』と告げれば、彼は可哀想なものを見るかのような目で私を見上げてくる。
けれど文句は言わず「芋のためだ」と口裏を合わせてくれることとなった。
「ただいま帰りました~」
屋敷に到着する頃には空はすっかりと暗くなっていた。
なにせ帰ってきて記憶を取り戻し、それからすぐに洞窟に向かったのだ。
思い返すとなかなか慌ただしい一日だったと思う。
感情の緩急も激しかったし。そう思うとドッと疲れが押し寄せる。
ドラゴンさんに芋あげたらご飯食べてお風呂入って早く寝ようと心に決める。
先にお風呂沸かしといてもらおうかな?
そんなことを考えるが、なぜかいつもはすぐ来てくれるはずの出迎えがない。
このまま玄関を通り過ぎてもいいのだが、出来れば先にドラゴンさんの手足だけでも拭いてしまいたい。
彼が具体的にどのくらい封印されていたのか分からないが、かなり汚れてしまっている。
当然、水浴びなんかも長い間してきていないのだろう。
黒いのであまり汚れが目立たないが、ウロコの間もブラシでこすれば結構汚れが取れそうだし……。
じいっとドラゴンさんを凝視すれば「芋はまだか?」と不満げな声を上げた。
「んー、仕方ない。芋と一緒に用意してもらうか」
「何を用意するのだ?」
「水桶とタオルです。手足ちゃんと拭かないと。後でお風呂も入りましょ。洗ってあげます」
「お前、やっぱり面白い奴だな」
「だって手洗いうがいは大事ですし。そういえばドラゴンってうがいするんですか?」
人間だと一回ガラガラするのにコップ半分から一杯くらい使うけど、ドラゴンはその何百倍の量を使用するのだろう。
ガラガラしたら大量の水がなくなり、ペッのタイミングで大量の水が降り注ぐ。
そんな姿を想像してクスッと笑いがこみ上げた。
実際遭遇したら笑い事じゃ済まないんだろうけど。
そもそもドラゴンって真上向けるのかな?
アニメやマンガだとたまに空に向かってブレスを発射するシーンとかあるけど、ある程度首がないと難しそうだ。
「しないな」
「ペッてする時大変そうですもんね~」
「そうだな」
ドラゴンさんは適当に返事をすると、首をひねってこちらを見上げた。どうやら真上を向くのは難しいようで、小首をかしげたような状態だ。非常に可愛らしい。
「ところでお前はなぜ先程から同じ場所をうろついているのだ? 早く芋を寄越さぬか」
「私もそうしたいのは山々なんですが、使用人がいないんですよ。大晦日の準備の時だってみんな出払うなんてことはないのに……」
そう、私も何も理由もなくウロウロとしている訳ではない。
手洗いだのうがいだのと考えている最中もちゃんと使用人を探していたのだ。
だが一階のどこにもいない。場所を変えながら耳をすませても、人の声どころか物音一つしない。
前世ならともかく、今の私はかなり耳がいい。
シルヴェスター領の人間は頻繁に狩りに行くので視力と聴力が優れているのである。
なのに、全く聞こえない。
これはかなりの異常事態なのではなかろうか。お風呂がどうのこうのと言っている暇はないかもしれない。
こんな時どんな対応を取るべきかは幼少期にしっかり叩き込まれている。
お母様の言葉を思い出しながら、一つ一つ可能性を模索していく。
「部屋に向かって書き置きを探すべき? いや侵入者に知能があった場合、真っ先に待ち伏せ場所に選ばれる。だからといって相手が魔物なら玄関にメッセージを残しておけばすむはず。ううん、そもそも魔物なら帰り道で誰とも遭遇していないのがおかしいんだ。火だって焚かれているはず……」
なぜ誰もいないのか。
ゲームシナリオ通りなら、ウェスパルの両親は生きているはず。だが使用人が一人もいないことを考えると……。
右手でボリボリと頭を掻きむしれば「手を離すな。危ないだろ」と冷静な声が届く。
「すみません。でも悠長に芋食べてる場合じゃないかもです」
「なんだと!?」
「先に人を探さないと……」
「誰でもいいならこの下に何人かいるぞ」
「へ?」
「先ほどから微弱ではあるが魔力を感じる。こちらの居場所も相手に知られてるだろうな」
なぜもっと早く言ってくれないのか、と文句が口元まで迫り上がる。
けれど彼に罪はない。なにせただ芋を食べに来ただけなのだから。
下にいるのが味方ならそれでいい。
だが敵なら……。
幼い頃から戦闘を仕込まれているとはいえ、それはあくまで対魔物戦でのこと。人間相手に戦ったことはない。
それもシルヴェスターの人間が手こずる相手ともなれば、戦う前から勝敗は見えている。
今日は厄日か。
悪いことというのは続くものである。
その道中で『あれは風で切れたことにしましょう!』と告げれば、彼は可哀想なものを見るかのような目で私を見上げてくる。
けれど文句は言わず「芋のためだ」と口裏を合わせてくれることとなった。
「ただいま帰りました~」
屋敷に到着する頃には空はすっかりと暗くなっていた。
なにせ帰ってきて記憶を取り戻し、それからすぐに洞窟に向かったのだ。
思い返すとなかなか慌ただしい一日だったと思う。
感情の緩急も激しかったし。そう思うとドッと疲れが押し寄せる。
ドラゴンさんに芋あげたらご飯食べてお風呂入って早く寝ようと心に決める。
先にお風呂沸かしといてもらおうかな?
そんなことを考えるが、なぜかいつもはすぐ来てくれるはずの出迎えがない。
このまま玄関を通り過ぎてもいいのだが、出来れば先にドラゴンさんの手足だけでも拭いてしまいたい。
彼が具体的にどのくらい封印されていたのか分からないが、かなり汚れてしまっている。
当然、水浴びなんかも長い間してきていないのだろう。
黒いのであまり汚れが目立たないが、ウロコの間もブラシでこすれば結構汚れが取れそうだし……。
じいっとドラゴンさんを凝視すれば「芋はまだか?」と不満げな声を上げた。
「んー、仕方ない。芋と一緒に用意してもらうか」
「何を用意するのだ?」
「水桶とタオルです。手足ちゃんと拭かないと。後でお風呂も入りましょ。洗ってあげます」
「お前、やっぱり面白い奴だな」
「だって手洗いうがいは大事ですし。そういえばドラゴンってうがいするんですか?」
人間だと一回ガラガラするのにコップ半分から一杯くらい使うけど、ドラゴンはその何百倍の量を使用するのだろう。
ガラガラしたら大量の水がなくなり、ペッのタイミングで大量の水が降り注ぐ。
そんな姿を想像してクスッと笑いがこみ上げた。
実際遭遇したら笑い事じゃ済まないんだろうけど。
そもそもドラゴンって真上向けるのかな?
アニメやマンガだとたまに空に向かってブレスを発射するシーンとかあるけど、ある程度首がないと難しそうだ。
「しないな」
「ペッてする時大変そうですもんね~」
「そうだな」
ドラゴンさんは適当に返事をすると、首をひねってこちらを見上げた。どうやら真上を向くのは難しいようで、小首をかしげたような状態だ。非常に可愛らしい。
「ところでお前はなぜ先程から同じ場所をうろついているのだ? 早く芋を寄越さぬか」
「私もそうしたいのは山々なんですが、使用人がいないんですよ。大晦日の準備の時だってみんな出払うなんてことはないのに……」
そう、私も何も理由もなくウロウロとしている訳ではない。
手洗いだのうがいだのと考えている最中もちゃんと使用人を探していたのだ。
だが一階のどこにもいない。場所を変えながら耳をすませても、人の声どころか物音一つしない。
前世ならともかく、今の私はかなり耳がいい。
シルヴェスター領の人間は頻繁に狩りに行くので視力と聴力が優れているのである。
なのに、全く聞こえない。
これはかなりの異常事態なのではなかろうか。お風呂がどうのこうのと言っている暇はないかもしれない。
こんな時どんな対応を取るべきかは幼少期にしっかり叩き込まれている。
お母様の言葉を思い出しながら、一つ一つ可能性を模索していく。
「部屋に向かって書き置きを探すべき? いや侵入者に知能があった場合、真っ先に待ち伏せ場所に選ばれる。だからといって相手が魔物なら玄関にメッセージを残しておけばすむはず。ううん、そもそも魔物なら帰り道で誰とも遭遇していないのがおかしいんだ。火だって焚かれているはず……」
なぜ誰もいないのか。
ゲームシナリオ通りなら、ウェスパルの両親は生きているはず。だが使用人が一人もいないことを考えると……。
右手でボリボリと頭を掻きむしれば「手を離すな。危ないだろ」と冷静な声が届く。
「すみません。でも悠長に芋食べてる場合じゃないかもです」
「なんだと!?」
「先に人を探さないと……」
「誰でもいいならこの下に何人かいるぞ」
「へ?」
「先ほどから微弱ではあるが魔力を感じる。こちらの居場所も相手に知られてるだろうな」
なぜもっと早く言ってくれないのか、と文句が口元まで迫り上がる。
けれど彼に罪はない。なにせただ芋を食べに来ただけなのだから。
下にいるのが味方ならそれでいい。
だが敵なら……。
幼い頃から戦闘を仕込まれているとはいえ、それはあくまで対魔物戦でのこと。人間相手に戦ったことはない。
それもシルヴェスターの人間が手こずる相手ともなれば、戦う前から勝敗は見えている。
今日は厄日か。
悪いことというのは続くものである。
4
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください
シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。
ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。
こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。
…何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。
子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー
ストーリーは完結していますので、毎日更新です。
表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる