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1章
5.そうだ、邪神を仲間に引き入れよう
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「そうだ、今から邪神を仲間に引き入れよう」
よく分からないから怖いのであって、私の知らないウェスパルのことや闇落ちについてのことをもっと知れば怖くなくなるのではないか。
幽霊が怖いのはよくわからないからだって前世のお父さんが言っていた。
何事も知ろうとする努力が大事なのだ。
邪神と闇落ちは必ずセットであることから、闇落ちの謎を解く鍵はおそらく邪神が握っている。
邪神を知ることが闇落ち、ひいてはウェスパルを知ることへと繋がるはず!
善は急げと右手に食べかけの芋を持ったまま、邪神の眠る洞窟を目指して駆け出した。
後から冷静になって思い出すと、この時の私は正気ではなかったのだと思う。
やはり十数年分の記憶が一気に流れ込んで脳が何かしらの不具合を引き起こさないはずがなかったのだ。
そんなことに気づくはずもなく、冷静さが欠けたままで森を走り抜け、立ち入り禁止区画へズカズカと入っていく。
幼い頃から絶対に入ってはいけないときつく言いつけられていたので来るのは初めて。前世の記憶なんて蘇らなければどんなに早くとも二年の後期まで来ることはなかっただろう。
洞窟の前には太い縄が二重に張られていた。
そこの真ん前に立ち、出来るだけ大量の息を吸いこんだ。
「邪神さ~ん、ちょっとお話しいいですか~」
眠っている邪神に声が届くようにと意識した声は、想像以上によく響く。
前に立っているだけでもかなりの大きさだと分かるが、奥もかなり続いているのかもしれない。
「邪神さ~ん。まだ寝てますか」
「封印解くの手伝うので、力を貸して欲しいのですが」
「お話だけでも聞いてもらえませんか~」
続けて呼びかけるが、邪神が出てくる様子はない。
そもそも神格を剥奪されているので邪神呼びは正しくない。
だからといっていきなり名前呼びをするのは少しハードルが高すぎる。
でも伝わらなきゃ意味ないし……。
いや、名前云々の前に中に入ってまじめに説得するべきか。
この縄を飛び越えるのは無理そうだ。
潜って奥に入ろうと縄を持ち上げた時だった。
「あ」
左手の中から小さな音がした。
ブチっと、なんとも聞き覚えのある音である。
そう、髪ゴムが切れた時の音とよく似ている。
だが縄とゴムでは素材が違うし、切れた時に同じ音がするなんてことは……。
ゆっくりと手を開けば、見事に縄が切れているではないか。
「よし、一旦落ち着こう。まずは手を離して、持ってきた芋を食べる。なんで持ってきたのか忘れたけど、多分こういう時のためよね! うん、そうに決まってる」
落ち着けと自分に言い聞かせ、ゆっくりと縄を置く。
すると切れた部分からすうっと消えていくではないか。
芋を咀嚼しながらあれはただの縄ではなく、魔法道具だったのだと理解する。
だが理解したところでパニック状態の頭が冷静になることはない。
「芋、うまっ!」
芋を咀嚼し続ける私の口からなぜかそんな言葉が出る。
人はパニックになると勝手に口が動いてしまうらしい。狂ったように芋を食べながら、ひたすら同じ言葉を繰り返す。
「うるさいぞ!」
すると洞窟の奥から地を這うような声が聞こえた。
遅れて何かが羽ばたくような音も。
邪神を仲間に引き入れるどころか怒らせてしまったらしい。
だが私の手と口は止まらない。
「うまっ! うまっ! 芋うまっ!」
私の二度目の人生の最期の言葉が『芋うまっ』になるのではないかと覚悟を決めた。
けれど洞窟から出てきたのは想像よりもだいぶ小さなドラゴンで。
漆黒の鱗を持つ彼は開口一番こういった。
「それは、そんなに美味いのか」
黄金色の瞳は私の右手を一点に見つめている。どうやら芋に興味を持ったらしい。
少しは冷静になった私は手を止め、おずおずと右手をドラゴンの方へと伸ばした。
「……食べます?」
食べかけの上、もうほとんど残っていないけれど。
ガツガツといろんな方向から齧った甘藷はボコボコとしていて、とても綺麗なものではない。
けれどドラゴンさんに見た目など関係なかったらしい。
「うむ」
力強く頷くとふよふよとこちらに飛んでくる。
私の手に顔を近づけ、そのまま芋を食べた。食べ辛かろうと左手も添えて皿を作れば、手についた破片まで綺麗に舐めとってしまった。
相当気に入ったらしい。
舌は少しザラっとしているが、犬に餌付けしている気分だ。
見るからにファンタジーの生き物、ドラゴン様ではあるが、恐れるには大きさが足りない。それどころか可愛いとさえ思ってしまう。
「美味いな。もうないのか?」
クリッとした目で見つめられ、もっと餌付けしたい衝動に駆られる。
それをグッと堪え、とても大切な交渉を持ちかける。
「芋あげるので、代わりにこの縄は自然に切れたことにしてくれませんか?」
「……元邪神の封印を解いて真っ先にする願いがそれでいいのか」
「お父様は怒ると怖いんですよ!」
六年後の闇落ちより、今日のお父様の機嫌。
想像より小さな邪神? よりも消えた魔法道具である。
シナリオだのなんだのは芋でも食べながらゆっくり話せばいい。
よく分からないから怖いのであって、私の知らないウェスパルのことや闇落ちについてのことをもっと知れば怖くなくなるのではないか。
幽霊が怖いのはよくわからないからだって前世のお父さんが言っていた。
何事も知ろうとする努力が大事なのだ。
邪神と闇落ちは必ずセットであることから、闇落ちの謎を解く鍵はおそらく邪神が握っている。
邪神を知ることが闇落ち、ひいてはウェスパルを知ることへと繋がるはず!
善は急げと右手に食べかけの芋を持ったまま、邪神の眠る洞窟を目指して駆け出した。
後から冷静になって思い出すと、この時の私は正気ではなかったのだと思う。
やはり十数年分の記憶が一気に流れ込んで脳が何かしらの不具合を引き起こさないはずがなかったのだ。
そんなことに気づくはずもなく、冷静さが欠けたままで森を走り抜け、立ち入り禁止区画へズカズカと入っていく。
幼い頃から絶対に入ってはいけないときつく言いつけられていたので来るのは初めて。前世の記憶なんて蘇らなければどんなに早くとも二年の後期まで来ることはなかっただろう。
洞窟の前には太い縄が二重に張られていた。
そこの真ん前に立ち、出来るだけ大量の息を吸いこんだ。
「邪神さ~ん、ちょっとお話しいいですか~」
眠っている邪神に声が届くようにと意識した声は、想像以上によく響く。
前に立っているだけでもかなりの大きさだと分かるが、奥もかなり続いているのかもしれない。
「邪神さ~ん。まだ寝てますか」
「封印解くの手伝うので、力を貸して欲しいのですが」
「お話だけでも聞いてもらえませんか~」
続けて呼びかけるが、邪神が出てくる様子はない。
そもそも神格を剥奪されているので邪神呼びは正しくない。
だからといっていきなり名前呼びをするのは少しハードルが高すぎる。
でも伝わらなきゃ意味ないし……。
いや、名前云々の前に中に入ってまじめに説得するべきか。
この縄を飛び越えるのは無理そうだ。
潜って奥に入ろうと縄を持ち上げた時だった。
「あ」
左手の中から小さな音がした。
ブチっと、なんとも聞き覚えのある音である。
そう、髪ゴムが切れた時の音とよく似ている。
だが縄とゴムでは素材が違うし、切れた時に同じ音がするなんてことは……。
ゆっくりと手を開けば、見事に縄が切れているではないか。
「よし、一旦落ち着こう。まずは手を離して、持ってきた芋を食べる。なんで持ってきたのか忘れたけど、多分こういう時のためよね! うん、そうに決まってる」
落ち着けと自分に言い聞かせ、ゆっくりと縄を置く。
すると切れた部分からすうっと消えていくではないか。
芋を咀嚼しながらあれはただの縄ではなく、魔法道具だったのだと理解する。
だが理解したところでパニック状態の頭が冷静になることはない。
「芋、うまっ!」
芋を咀嚼し続ける私の口からなぜかそんな言葉が出る。
人はパニックになると勝手に口が動いてしまうらしい。狂ったように芋を食べながら、ひたすら同じ言葉を繰り返す。
「うるさいぞ!」
すると洞窟の奥から地を這うような声が聞こえた。
遅れて何かが羽ばたくような音も。
邪神を仲間に引き入れるどころか怒らせてしまったらしい。
だが私の手と口は止まらない。
「うまっ! うまっ! 芋うまっ!」
私の二度目の人生の最期の言葉が『芋うまっ』になるのではないかと覚悟を決めた。
けれど洞窟から出てきたのは想像よりもだいぶ小さなドラゴンで。
漆黒の鱗を持つ彼は開口一番こういった。
「それは、そんなに美味いのか」
黄金色の瞳は私の右手を一点に見つめている。どうやら芋に興味を持ったらしい。
少しは冷静になった私は手を止め、おずおずと右手をドラゴンの方へと伸ばした。
「……食べます?」
食べかけの上、もうほとんど残っていないけれど。
ガツガツといろんな方向から齧った甘藷はボコボコとしていて、とても綺麗なものではない。
けれどドラゴンさんに見た目など関係なかったらしい。
「うむ」
力強く頷くとふよふよとこちらに飛んでくる。
私の手に顔を近づけ、そのまま芋を食べた。食べ辛かろうと左手も添えて皿を作れば、手についた破片まで綺麗に舐めとってしまった。
相当気に入ったらしい。
舌は少しザラっとしているが、犬に餌付けしている気分だ。
見るからにファンタジーの生き物、ドラゴン様ではあるが、恐れるには大きさが足りない。それどころか可愛いとさえ思ってしまう。
「美味いな。もうないのか?」
クリッとした目で見つめられ、もっと餌付けしたい衝動に駆られる。
それをグッと堪え、とても大切な交渉を持ちかける。
「芋あげるので、代わりにこの縄は自然に切れたことにしてくれませんか?」
「……元邪神の封印を解いて真っ先にする願いがそれでいいのか」
「お父様は怒ると怖いんですよ!」
六年後の闇落ちより、今日のお父様の機嫌。
想像より小さな邪神? よりも消えた魔法道具である。
シナリオだのなんだのは芋でも食べながらゆっくり話せばいい。
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