私とへーちゃんと子どもたち

斯波

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プロローグ

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 私――斎藤 春香さいとう はるか――は絶賛とある問題に衝突している。
 コンクリートジャングル『東京』で産まれてから20年間ほとんどそこから出たことのなかったTHE 都会っ子でニートな私は今、山の中にいる。


 見渡す限りにあるものは、畑と田んぼと木のみ。コンビニはおろか自動販売機すらない。
 遮るものがほとんどないので結構先の方まで見えるけれど、そこにあるのは立っている場所と何も変わらない風景。


 これはきっと夢に違いない。
 そう思ってゆっくりと瞬きをしてみたけれど、一向に私の目の前の景色は変わることはなかった。木に見えるものがオシャレな街頭だったり、畑に見えるのは更地または工事現場だったり。見慣れたものがあることを期待したが、いきなりどこからか湧いてくるはずもなく、そこにあるのはやはり木や田んぼなのだ。

 そうここはまさに山。
 それ以外の何物でもない。

「都会っ子の私にどうしろというの、おばあちゃん!」
 山に向かって叫んだところでこだまするだけ。
 状況が変わることがないのは分かりきっているけど叫ばずにはいられなかった。

 今でこそ山の中で一人虚しくおばあちゃんへの熱いメッセージを叫んでいる私だが、つい数ヶ月ほど前まで東京の短期大学に通っていた。

 幼児教育学部が有名な学校で、高校2年生で初めてオープンキャンパスに訪れた日からここに入学するぞ! と決めていた。

 子どもが好きだというごくありきたりな理由ではあるものの、立派な保育士になるために真面目に勉強していたら気付けば時間はあっという間に過ぎていた。

 資格の勉強もバッチリこなして、ピアノや工作などの実技も問題なし。
 このまま就活して地元の園に決まれば! なんて安易に考えていた時期もあった。

 けれど二年生の春から本格化した就職活動はいつまでも終わることはなく、気が付けば秋を迎えていた。

 ここまでの結果は惨敗。手紙で今後の活躍をお祈りするくらいなら採用して欲しいと嘆いたのは一度や二度のことではない。秋からは受ける企業の業種も増やして頑張り続けた。けれどいつの間にか羽織っていたコートは分厚いものに変わり、スカートから出た足は寒くてたまらなくなっていた。

 就活講座で『薄手のストッキング』なんて習ったからと厚手の黒タイツには手を出せずに、ずっと寒いまま何社も回って。

 けれど増えるのはお祈りの手紙にメール。そして合否さえも教えてくれない『サイレントお祈り』だけだった。

 そんなものが一年近くも続けば心は折れるというものだ。
 お母さんと一緒に吟味したクリーム色の生地に小さめのお花がプリントされた袴を着て、二年間共に過ごしてきた友人と卒業記念で写真撮影をすれば次また頑張ろうなんて気持ちはすっかり枯れてしまっていた。


『無理に就職しなくていい』
 家族からそう告げられた瞬間、家族公認の私のニート生活は幕を開けた。


 初めはお兄ちゃんやお母さんはちゃんと働いているのに……という罪悪感はあった。
 けれどそんなのは本当に初めのうちだけ。

 朝、時間がないと出勤していくお母さんの代わりにお皿を洗っておけばこれでもかと言うほどに褒められ。ソーシャルゲームのメンテナンス時間は暇だからとSNSで見つけたお店でお菓子を買ってくれば感謝される。

 ニート脱却の理由第一位と思われる『働いていないことに対する罪悪感・居心地の悪さ』は私には当てはまらなかったのだ。しかもそれだけには留まらなかった。

 なんと私のニート生活を認めるのは家族だけではなかった。
 年末年始に一挙に集まる親戚一同でさえも『いいんじゃない』と肯定するのだ。

 無職なのに。
 家事手伝いすらしないのに、だ。

 そうなればますますニート生活が加速していく……とはならなかった。


 さすがに誰にも期待されなかったことで、私にも危機意識が目覚めたのだ。
 せめて週に数回のバイトでもいいから始めよう。私が出たのは幼児教育学科。卒業するに当たって幼稚園教諭一種免許や保育士の資格も取得済みだ。
 それでも就活に連敗した訳だけど、それでもバイトならいけるんじゃないかな。昨今、保育士不足が問題になってるし、保育士の補助から正規雇用だって夢じゃない! 

 そんな夢を見て立ち上がってみたものの、結果は変わらなかった。
 受けた園から送られてきたのは全てがお断りのメッセージだった。

 ここまで来ると私って何かしらの問題を抱えているのではないだろうかとと思ってしまう。

 だって学校の先生は成績を褒めてくれたし、二年間で行った実習は保育園、幼稚園共に評価は良かったはずだった。それに就活講座の講師の先生と行った模擬面接だってこれならすぐに決まるはずと太鼓判を押してくれていた。何度も考え直した自己PRは他の就活生の子と比較しても特段劣っているとは思えなかった。

 振り返ってみると一般企業にシフトしてからは志望理由が雑になってしまった気もする。けれど来る者拒まずのブラック企業も落ちて、人手不足に悩むバイトすら拒まれるとなるとやっぱり……。

 10か所目の園に提出したもので手持ちの履歴書は底を尽きてしまった。
 次にまた受けるとしたら、100円ショップでもコンビニでも行って買い足さなければならない。けれどそんな元気はどこにもなかった。だから前を向く代わりに開き直ることにした。



 所詮、私は親のスネをかじって生活するニート。
 それも親戚一同公認のニートの中のニート。選ばれしニートマスターと言っても過言ではないだろう。


 ――こうして始まった私のニートマスター生活。
 家からは一歩も出ないで一日中、パソコンやテレビと向き合い続けては家族が用意してくれたご飯を食べるだけ。ひたすら消費するだけの、何の変化もない生活だった。


 けれどそれは案外簡単に終わりを告げた。


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