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 ほどほどに屋敷によって遮られた陽は、薔薇で囲まれた庭をちょうどいい暖かさに保っている。
 そんな場所で食べるサンドイッチは格別だ。
 どんなに次から次へと乗せられようとも、ふんわりと具材を包み込む食パンは食めばもっちりとその持ち前の低反発で唇を押し返す。
 今食べているのはお義母様が勧めてくれたタマゴサンド。半熟の黄身とマヨネーズが絡み合って口の中で優雅なワルツを踊っているようだ。
「……おいしい」
 一口サイズのサンドイッチは一度にその全てを味わえるからいい。それに元より一口で食べることを目的としているならば誰からも咎められることはないのだから二度嬉しいものだ。
 ……とはいえきっと目の前の彼らは私がどんなに行儀悪く食べ物を頬張ったところで咎めることはないのだろうが……。
 むしろ彼らならもっと食べろとばかりに私の前に食事を持ってくることだろう。――ちょうど今、私の目の前で繰り広げられているように。
「お母様! 今度、義姉さんが食べるのはこっちだろ!」
「あらそうだったかしら?」
「何、自分のオススメだけ食べさせようとしてるんだよ!」
「それよりお義姉様、カップが空になっていますわ! シェード、そのポット、私に貸しなさい!」
「いけません、アンジェリカ様。これは私の、使用人の役目でございます」
「なら私の手でも支えていなさい」
「……それならまぁ……」
 私がサンドイッチを味わっている間、私の世話を焼こうとする彼らが繰り返す光景は画面を通して見ている別世界の光景のようだ。
 そう考えてなければ気疲れしてしまう。
 それに何より私を気遣っていながらも、私の意見に耳を傾ける気などなさそうで、そうそうに彼らの行動を気にするのをやめた。
 ああ、美味しい。
 朝がっつり食べているせいかこれくらいがちょうどいい。
 少しとはいえ筋力トレーニングをして身体を動かして出来たお腹の空きスペースを徐々に埋めていく。
 この問答、いつまで続くんだろう? なんて考えてはいけない。
 終わりなんて私が考えたところで導き出せるわけもない。終わる時にはピタリと終わるし、終わらなければ延々と続くだけだ。

 それにしても今日はいい天気だなぁ……。
 こちらに来ると思われた雨雲は反対方向へと進み、空はすっかりと晴れ渡っている。サンドレアの基準で考えてしまったが、王都と実家とでは空の動きが違うらしい。
 実家にいた頃はよく山に木の実を取りに行ったりしたっけ。帰ってきたらお母様やお姉様達と一緒にその木の実を入れたケーキを焼いたり、一緒に採ってきた果実はジャムにして。
 お兄様達は『モリアは料理が得意だな』なんて褒めてくれたっけ。
『いいお嫁さんになるな』とは一度も言ってくれたことはなかったけれど……。
 あの頃は楽しかったな……。
 洋服をボロボロにして帰ってきてお兄様に叱られたこともあったっけ。
 あれからひと月くらい外にも出してもらえなくて大変だったな……。
 そうそうあの時はずっと引きこもっていたけど暇じゃなかったんだよね。
 ちょうど今みたいにお姉様やお兄様がひっきりなしにやってきては世話を焼いてくれた。今思えば上から三番目のお兄様は寮生活していて長期休暇でもなければ屋敷に帰ってくることは出来ないはずなのになぜかずっとサンドレア家に居たし、隣国に嫁いでいったはずのお姉様もまだ幼い娘と一緒にその一月の間ずっと居たという謎の現象も起きていた。
 あの時、久しぶりに家族全員揃ったのが嬉しくて、寮や家に戻ろうとしたお兄様やお姉様に行かないでと泣いてすがったのは今でも忘れられない。鼻水と涙を垂れ流して汚くなった私をお兄様とお姉様は代わる代わる抱きしめてくれた。
「私たちの大事なモリア」
 そう囁いて泣き止むまでそばに居てくれた。
 それから10年近くが経った今、家族と離れたからといってもう泣くことはない。……暇することはあるけれど。
「お義姉様、そろそろケーキはいかがでしょう?」
「あ、いただきます」
 隣から新たなお皿を突き出されてありがたく受け取り、その上に綺麗に並べられた三種類のケーキを順番に食べていく。やはりどれも期待を裏切らない、ほっぺが溶けて無くなっちゃいそうな美味しさだ。
「義姉さん、美味しい?」
「美味しいです」
「よかった……」
 なぜか私だけがフォークを手にしてケーキを突いている状況で、三人は満足そうに微笑んだ。
 少し離れた場所で立っている、アンジェリカ付きらしい使用人のシェードさんも胸に手を当ててほっと一息ついている。
 それにしても私はどこにいっても世話を焼かれてばかりのような気がする。
 7人兄弟の末っ子で、すぐ上のお兄様でも5つほど歳が離れているせいかお兄様もお姉様もいつも私の世話を焼いてばかりで、それが当たり前のようになっていた。けれど私よりもいくつか歳下のサキヌやアンジェリカにも世話を焼かれるとなるとそれはそれでどうなんだろうと思ってしまう。
「サキヌは食べないのですか?」
 すっと差し出される皿の上へと視線を動かし、サキヌに尋ねると彼は一層顔を緩ませてその前で手をヒラヒラと横に振った。
「え? 俺はいいよ。義姉さん、存分に食べなよ」
 どうやら私が遠慮し出したと思っているらしい。サキヌが思っているほど私は謙虚ではない。というかもし私が謙虚だったら今の今までひたすらにサンドイッチやケーキを食してなどいないだろう。
「……アンジェリカは?」
 次に右隣に座るアンジェリカへと視線を逸らすと、彼女はサキヌよりも大袈裟なジェスチャーで身体の前で両手を振った。
「お義姉様の食べ物をとるなんてとんでもない!」
 残すところはただ一人なのだが……先の二人の反応を見ていれば予想はつくというものだ。それでも一筋の光を捨てずに、半ばやけになって尋ねてみる。
「…………お義母様は?」
「モリアちゃん、遠慮しないでたっくさん食べていいのよ」
 やはりそこはさすがのお義母様、予想は裏切らない。期待はあっけなく裏切られたが……。
「…………ご飯はみんなで食べた方が美味しいですよ」
 私の世話ばかり焼いていないで彼らにも楽しんでほしいと思うのは、居心地が悪くなったからも少しはあるもののそれだけではない。今のペースでいくとスタンドに乗っているもの全てを私が食さなければいけなくなるような気がしたからである。
 事実、スタンドの半分ほどはすでに私のお腹の中である。
「モリアちゃん……」「お義姉様……」「義姉さん……」
「そうね! じゃあ、いただきましょうか」
「私はこれを」
「俺はこれにしようかな」
 どうやら彼らは私の言葉に少しでも心を動かしてくれたらしく、各々が好きな物を手に取っていく。
 これで私のお腹の破裂も免れたということだ。
 ……夕食は夕食でまた別に食べさせられることになるだろうが、目の前のサンドイッチとケーキによる私のお腹責めは回避されたので良しとしよう。
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