薬師はひそやかに

涙希

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 午前11時24分。

 つい20分前。
 トラーリ地方とシルメア国の国境近く、シズル要砦の目の前に広がる平原に集団の魔物が発生した。

 事前に集団襲撃の観測がされ、隊編成は迅速に行われ、怪我人も軽傷者のみの討伐結果となった。
 最後の魔物、枯れた木を模したソレを平原近くの茂みに隠れているのを発見したサルアが、炎で焼き払った様を確認するとそれ以降の魔物出現はなかった。
 誰もがふぅ、と一息ついて範囲を広げていたその編成を、縮小するように要砦側に集合し始めた時だ。

 __ドッゴォォオオオ……ン

 微かに地面が揺れ、高さのある木が弛んだ。

「__地震?」
「珍しいですね」

 マルティカが空を見上げて怪訝そうに言うと、静かに目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。
 彼女の体内で練られた魔力の動きを見ながら、馴染みないその方法に目を見張る。
 ユノはそれを横目で見ながら、そういえば彼女は……と思い出し、好奇心が滲んだが、集中した彼女を邪魔しては悪いと思い、慎んだ。彼女が、自身の出身を明言していなかったことを思い出したのも大きい。

「…………違いますね。地震じゃないです」
「は? 何でそんなことわk」
「そうか。じゃあ念のため様子見に行くか」
「え、ちょ……先生っ!?」

 見た目の割に口が悪いサルアの口を後ろから無理やり押さえて、ユノはマルティカに一つ頷く。そのままサルアを連れて、話し込んでいるターウェとこのシズル要砦を取り締まる団長、レヴィンに近付いていく。
 口元を覆おうことをやめて首に腕を回せば、歩きにくそうにユノを制止する声がすぐ近くから聞こえるが、ユノはまるっと無視してサルアを見ずに一言申した。
 文句を言う、とも言う。

「サルア、うるせぇ」
「仕方なくないっすかっ!?」

 体勢の悪さからかジタバタと器用に暴れるサルアの首をきつく締めながら二人に近づけば、騒々しさに気付いた二人がユノとサルアを見てそれぞれ苦笑を漏らしていた。

「討伐完了だ。さっきの地響きが気になるから少し様子を見てくる」
「それは構いませんが……カイラル、首絞まってますよ?」
「あ? ……お、まじだ。すまん」

 ターウェが苦笑しながらユノの抱えていたサルアを見て指差すと、若干顔色が青くなっているサルアがそこにいた。
 パッと手を離して、咳き込むサルアを見ながら垂れる緑の髪を軽く撫でて、ついでに回復の魔力を流し込む。呼吸が楽になったところで膝に手をついて咳き込んでたサルアがその体を起こし、目尻に滲む涙を拭う。

「何でそう俺に対して容赦ないんっすか、先生は!」
「………………何でだろうな?」

 キョトンと、叫ぶサルアに首を傾げるユノ。
 本気でサルアに言われるまで、その行動の差を考えたこともなかった証左だ。ちなみに問われた今、記憶を掘り起こしてもそんな記憶も自覚もないユノだ。サルアが肩を落として、負ける未来が見える。

「……あぁ、お前変に鋭いからな。だけどあまり拘らないから、変に拘り始める前に話題逸らそうとしてんのかも」
「どういう意味っすかっ!?」

 気分が向いて、ふと真面目に考えてみたら、自然とそう言葉が出た。
 感覚が優れているからか、人が隠しているようなことを知っているはずがないのに、ぽろりと冗談で言ってしまうのがサルアだ。しかし彼自身も冗談で、思いついたことを口に出しているので、基本そこまでそのことに興味はない。
 が。興味を持ってしまうと、持ち前の明るさと懐っこさから情報を引き出そうと試みるので、油断ならないのだ。

 特にユノは植物や薬の話をされると、合間にされた話もつい口が軽くなってしまいがちだ。
 ついこの間も趣味でしていた調合のことを合間に聞かれて、素直に配合素材やら効能やらを答えたら、すごいスピードでターウェを呼ばれて、にこやかな笑顔で調合の停止と、説教をされた。

 …………え、神経麻痺毒と皮膚腐食毒のどっちが毒性強いか気にならんか?

 ほら、あの。毒+毒で治癒にもなったりする例もあるからな。異なる反応の毒合わせたらどう化学反応おこすか、気になるだろう?

 脳裏に浮かんだターウェの目の笑っていない笑顔を思い出して、それ以上の思考を自然停止させるユノ。
 これ以上は……いけない。

 アハハ、と機械じみた笑いが出てきて、不審げにサルアに見られたが気にせずターウェに行って来る、と告げるとマルティカに声をかけて、発生源の探索に集中し始めた。

「先生、こっちです」
「おう」

 既に場所を特定したのか顔を向けずに森へと視線を固定しているマルティカについていくように、走り出すユノ。
 なにやら好奇心でサルアとユーミール、ティグがついてきたような気配があるが、まぁ……平気だろう。ターウェの制止の声もかかっていないから、よしとされた、筈だ。…………ヘリオンの声が聞こえた気がする。

(あいつ、クソがつくほど真面目だからなぁ……まぁいいや。ターウェ頼んだ)

 強気な朱の瞳に、紫紺の髪をもつ精悍で、性格の滲み出る容姿をした同年代の青年を思い浮かべる。
 今の声もどうせ眉と眉の間に立派な渓谷を作って、怒鳴ってんだろうな、と想像に笑って、帰ったらどう落ち着かせるかなと思案する。まぁ効きはしないだろう。
 ターウェが思考の9割を占めるやつだ。副団長のこと好きすぎだろう、あいつ。

 笑いながら途中、残党であろう蜂が魔物化したものが近付いてきたため、勢いをつけてこちらに向けている針を下から蹴り上げる。グシャッ、とやつの体がひしゃげる音がして、予想以上の戦果に自分で驚くユノ。ついで息の根を止めるために炎でそれを包むと、灰になるまでその業火を燃やし続けた。背後で気配が完全に消えたことを確認し、炎を具現化した魔法を解除する。

「え、こわ」

 サルアが何か呟いていたが、まぁ無視しておこう。面倒だ。

「先生! あそこです!!」

 いつの間にか案内のマルティカを抜かしていたようで、追いつくのを待つために近場の木の枝に跳躍して登ると、そこからマルティカの言う場所を遠目に確認する。幸い小さな木々の隙間から、白と紫に染められたちょっとした広場が見えた。

「あそこか……あー、抉れてんなぁあそこ」

 木の幹に手を置きながらしゃがみ込んで、見やすい場所を模索する。
 すると白と紫の他に、茶が覗き見えてそれが地面だと気づく。基本白に染まっているその中で、一際目立つその色は戦闘があったことを予想させた。

「え、この距離から見えるって先生視力良すぎませんか?」
「視力強化してみろー、誰でも出来るぞー」

 ユーミールが純粋な驚きの声をあげて、つい仕組みを説明した。ユーミールは可愛いなぁ、と人を化け物みたいに見るサルアを把握しながら、どうしてやろうかと考える。ユーミールの純粋さを見習え。……いや見習えないよな。
 思考していたら、憐れみが滲み出てしまったようでサルアが察したように叫んだ。ほんと鋭いなこいつ。

 ここまで走ってきたことで息が上がった他四人の息が整うまで、木の上で該当の場所を様子見していたユノが、静かに降りるとマルティカが警戒したように周囲に視線を走らせた。木の根元から離れてマルティカに近づきながら問うと、数秒の沈黙ののちマルティカが口を開いた。

「…………森が、変です」

 慎重に周囲に視線をくれながら、ユノにしか聞こえないように声量制限したその言葉に、片眉をあげてユノが答えると、マルティカがそう感じた根拠を述べようと言葉を探す。

「なんだこれ……森が、いや……土地が……? ……嫌に、好戦的な気がします。含まれる魔力が……ピリついている」
「好戦的……面白いなそれ」

 つい、言葉のセレクトに笑いが漏れると、焦ったように顔を上げたマルティカ。口元を隠しながら、マルティカならではのその感覚にユノ自身も一度、森全体を探知にかける。
 木々も花も、鳥も、ウサギも、鹿も、数体の魔物も。
 なんら変わらないように感じた。

「うーん……? 俺じゃぁ分からねぇな……」
「……意外」
「何だよ、俺だってできねぇことくらいあるぞ?」

 目を見張ったマルティカに笑いながらユノがマルティカの肩を叩きつつ、好奇心に疼いて仕様がなさそうなサルアとティグを引き止めるためにその襟足を引っ掴んだ。

「どこ行く気だお前ら」
「あっ、いやっ……その……」
「あっちの方で声が聞こえたんで気になって」
「あっち?」

 ティグが首を竦めてびくつきながら口を吃らせている隣で、サルアが慣れた様子で見えた広場から少し外れた茂みを指差す。
 目を凝らして見ていると、遠くに草木を掠めた音と、呻く様な人の声が聞こえた。

「俺、先行くわ」

 マルティカに一言告げ、踏み込む足に魔力を纏わせるとその場から低く跳躍した。
 途中、一度足を地面につけたが跳躍でその場に着いたユノは、声の場所を探そうと周囲を見回した。
 広場が近いからか、視界の明暗がはっきりと分かれているその間に、蠢く影があった。

 かさ、と足が落ちた葉や枝を踏み抜く音が聞こえて、その影もピクリと背後を振り返る様に反応した。その気配の固さから警戒されているとユノは思い、咄嗟に跳躍しながら取り出したダガーを仕舞い、両手を上げながらその影に声をかけた。

「__すまない、驚かせたか。騎士団所属の薬師だ。不自然な地響きに気付いて、様子見にきた」

 木影の隠れないように極力枝を避けて姿が見えるように、その影の近くに寄っていく。
 どこ所属の騎士団か分からなくとも、この制服を見ればひとまず虚偽ではないと判断されるだろうと思った。

 ユノの姿を確認しようと最小限の動きで顔を出したその人を見た時、ユノはただただ驚きにその顔を染める。
 それは向こうも同じだった。

「__師兄?」
「ユーリ、か?」

 紅い瞳が見開かれ、翡翠と暗緑の瞳は驚きと懐かしさに目を細める。
 実に3年ぶりの再会であった。
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