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第1章
1.予想より暑い町でした
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(やべぇ……これはマジでやべぇ……)
暑さは語彙を奪うと言うのは本当だ。
あまりの暑さに脳が沸騰しているに違いない。きっとそうに決まっている。そうでないとおかしい。おかしいくらい暑い。
「暑い……」
「あー…お兄さんメルロー王国の出身だったよね? それじゃ慣れるまではちょっときついかもね~」
「にゃ~ぉう」
足元をふさふさした毛並みの猫が通り過ぎて行く。
「なんでこいつは涼しい顔してるんだ?この毛並みなら暑いだろ!なにか秘訣があるのか?」
「ううん。イコモチもよく涼しい場所探して寝転んでるよ?」
「うな~ぉ」
もふもふ茶トラの丸い猫の名は、イコモチと言うそうだ。ボルカノで作られる、炒った粉と水飴で作る甘い菓子の名からとったらしい。この辺りではさぞ生きにくいだろう、長毛の猫が、廊下の奥でぽってりと横になった。
「そこか!そこ涼しいのか!?」
「……お兄さん、今で暑いならまだ昼間は仕事しない方がいいよ。慣れてないなら、倒れちゃうかも」
フラフラと猫の跡を追いかけて涼しい場所を探すアレンダンに、カランと氷魔法で出した氷と蜂蜜漬けの柑橘、ひとつまみの塩を入れた水を差し出したのは、この宿屋の一人娘で看板娘を名乗るミクシという少女だ。18歳の割には小柄だが、それを言うならボルカノ地方の住民は皆王都の住民よりひとまわり小柄に見えなくもない。
「すまん……」
「ううん。観光に来た人とかも、たまにそうなるんだよね。あと、昼間ビーチで遊んで、背中に水膨れ作る人もいるしさ」
少しイントネーションが独特だが、ミクシの言葉はまだ聞き取りやすい。
「多分、10日もすれば身体も慣れてくるよ」
魔法の他に「整体」スキルを持っていると言うミクシは、廊下で項垂れるアレンダンの肩をポンポンと叩くと、宿の仕事に戻って行った。
「だった!」
……そのはずだったが、すぐに一枚の用紙を持って走ってきた。
「あのね、これがギルド支部の立て直しの見積もりだって。足りないなら分割でも良いらしいけど。大丈夫そうなら今月中に声かけてって言ってたよ!」
「うん……マジすまん……」
「あ、あと、これどうぞ。無いよりマシだよ」
差し出された手桶の中には、ゴロリとした大きな氷が入っていた。ミクシは氷魔法の使い手らしく、毎日宿の貯蔵庫に出せるだけの氷を出すのだと言うが、それでも魔力には限りがあるはずだ。それほど自分は酷い顔をしているらしい。
「ありがとよ……うん、動けるようになったら仕事で返す……」
◇◇◇
アレンダンがボルカノの町についたのは、3日ほど前のことだった。王都から馬車と船と徒歩と船と馬車で、なんと20日もかかってしまった。あまりの遠さに驚愕したのだが、それでも早い方だと言われて顔が引き攣った。この時期は時折嵐が通るために、途中で進めなくなることも多いらしい。
「いらっしゃい!」
町に一軒しかない宿屋の娘は、薄めた紅茶のような美しい色の肌と、琥珀色の瞳をした元気のいい少女だった。
「あ、お兄さんがアレンダンさん?道中お疲れ様~!ボルカノへようこそ!」
夕暮れ時、ボルカノの西日に照らされて暑くてフラフラで辿り着いたアレンダンは、その元気の良さにさらに圧倒されていた。
「えっと…うん、とりあえずウチに1週間宿泊の予約までは入ってるから、安心して休んでね。その間に、ギルドの状況を報告するよー」
「……なあ、ギルドは…もしかして」
食堂で冷たいお茶を出されたアレンダンは、宿の隣の土地を指さして口を開いた。
木材が山と積まれ、周りは杭とロープで囲われている。
「うん。あそこに小屋があったんだけど、先月のタイフーンで倒れたんだよね」
「……やっぱり?」
「そうなの。壊れたって連絡したんだけど…次の人をよこすから、それから決めるように言われててさ」
「……書類とか、資料とかは?」
「これ~。あと、これが買取表と支払い票。で、壊れてからの業務はうちのカウンターでさせてもらってたから、読み取り水晶は台ごとカウンターにあるよ」
「……まさかの兼業」
「王都みたいには行かないよ。田舎だし。ウチが引き受ける前は、駄菓子屋のおばあちゃんと冒険者してた息子さんがやってらしいんだけど、亡くなったからね。宿屋なら冒険者も訪ねてくるだろってことで、ウチが細々やってたわけ」
ミクシはパラパラと帳簿をめくって説明を始めた。細かい字が並んでいる。
「だから、正直お兄さんがやっと来てくれたから助かるよー。お金の管理とか、流石にちょっと不安だったし」
「そりゃ、そうだろうな」
「ウチは父さんがいるとはいえ、私だってずっとカウンターにいるわけじゃないしね」
もうそろそろ夜の営業の時間だから、とミクシは厨房に行ってしまった。
そして、この宿屋が、宿屋と地元の食堂とギルドのボルカノ支部を兼ねていたことを、アレンダンもすぐに実感する事になった。
「これは……早いとこ形にしないと(仕事量的に)まずいかもな」
アレンダンはテーブルに積まれた資料を横目に、その日は山盛りの宿の夕飯を平らげて次の日から働こうと気合を入れて……暑さにヤられることになったのだった。
暑さは語彙を奪うと言うのは本当だ。
あまりの暑さに脳が沸騰しているに違いない。きっとそうに決まっている。そうでないとおかしい。おかしいくらい暑い。
「暑い……」
「あー…お兄さんメルロー王国の出身だったよね? それじゃ慣れるまではちょっときついかもね~」
「にゃ~ぉう」
足元をふさふさした毛並みの猫が通り過ぎて行く。
「なんでこいつは涼しい顔してるんだ?この毛並みなら暑いだろ!なにか秘訣があるのか?」
「ううん。イコモチもよく涼しい場所探して寝転んでるよ?」
「うな~ぉ」
もふもふ茶トラの丸い猫の名は、イコモチと言うそうだ。ボルカノで作られる、炒った粉と水飴で作る甘い菓子の名からとったらしい。この辺りではさぞ生きにくいだろう、長毛の猫が、廊下の奥でぽってりと横になった。
「そこか!そこ涼しいのか!?」
「……お兄さん、今で暑いならまだ昼間は仕事しない方がいいよ。慣れてないなら、倒れちゃうかも」
フラフラと猫の跡を追いかけて涼しい場所を探すアレンダンに、カランと氷魔法で出した氷と蜂蜜漬けの柑橘、ひとつまみの塩を入れた水を差し出したのは、この宿屋の一人娘で看板娘を名乗るミクシという少女だ。18歳の割には小柄だが、それを言うならボルカノ地方の住民は皆王都の住民よりひとまわり小柄に見えなくもない。
「すまん……」
「ううん。観光に来た人とかも、たまにそうなるんだよね。あと、昼間ビーチで遊んで、背中に水膨れ作る人もいるしさ」
少しイントネーションが独特だが、ミクシの言葉はまだ聞き取りやすい。
「多分、10日もすれば身体も慣れてくるよ」
魔法の他に「整体」スキルを持っていると言うミクシは、廊下で項垂れるアレンダンの肩をポンポンと叩くと、宿の仕事に戻って行った。
「だった!」
……そのはずだったが、すぐに一枚の用紙を持って走ってきた。
「あのね、これがギルド支部の立て直しの見積もりだって。足りないなら分割でも良いらしいけど。大丈夫そうなら今月中に声かけてって言ってたよ!」
「うん……マジすまん……」
「あ、あと、これどうぞ。無いよりマシだよ」
差し出された手桶の中には、ゴロリとした大きな氷が入っていた。ミクシは氷魔法の使い手らしく、毎日宿の貯蔵庫に出せるだけの氷を出すのだと言うが、それでも魔力には限りがあるはずだ。それほど自分は酷い顔をしているらしい。
「ありがとよ……うん、動けるようになったら仕事で返す……」
◇◇◇
アレンダンがボルカノの町についたのは、3日ほど前のことだった。王都から馬車と船と徒歩と船と馬車で、なんと20日もかかってしまった。あまりの遠さに驚愕したのだが、それでも早い方だと言われて顔が引き攣った。この時期は時折嵐が通るために、途中で進めなくなることも多いらしい。
「いらっしゃい!」
町に一軒しかない宿屋の娘は、薄めた紅茶のような美しい色の肌と、琥珀色の瞳をした元気のいい少女だった。
「あ、お兄さんがアレンダンさん?道中お疲れ様~!ボルカノへようこそ!」
夕暮れ時、ボルカノの西日に照らされて暑くてフラフラで辿り着いたアレンダンは、その元気の良さにさらに圧倒されていた。
「えっと…うん、とりあえずウチに1週間宿泊の予約までは入ってるから、安心して休んでね。その間に、ギルドの状況を報告するよー」
「……なあ、ギルドは…もしかして」
食堂で冷たいお茶を出されたアレンダンは、宿の隣の土地を指さして口を開いた。
木材が山と積まれ、周りは杭とロープで囲われている。
「うん。あそこに小屋があったんだけど、先月のタイフーンで倒れたんだよね」
「……やっぱり?」
「そうなの。壊れたって連絡したんだけど…次の人をよこすから、それから決めるように言われててさ」
「……書類とか、資料とかは?」
「これ~。あと、これが買取表と支払い票。で、壊れてからの業務はうちのカウンターでさせてもらってたから、読み取り水晶は台ごとカウンターにあるよ」
「……まさかの兼業」
「王都みたいには行かないよ。田舎だし。ウチが引き受ける前は、駄菓子屋のおばあちゃんと冒険者してた息子さんがやってらしいんだけど、亡くなったからね。宿屋なら冒険者も訪ねてくるだろってことで、ウチが細々やってたわけ」
ミクシはパラパラと帳簿をめくって説明を始めた。細かい字が並んでいる。
「だから、正直お兄さんがやっと来てくれたから助かるよー。お金の管理とか、流石にちょっと不安だったし」
「そりゃ、そうだろうな」
「ウチは父さんがいるとはいえ、私だってずっとカウンターにいるわけじゃないしね」
もうそろそろ夜の営業の時間だから、とミクシは厨房に行ってしまった。
そして、この宿屋が、宿屋と地元の食堂とギルドのボルカノ支部を兼ねていたことを、アレンダンもすぐに実感する事になった。
「これは……早いとこ形にしないと(仕事量的に)まずいかもな」
アレンダンはテーブルに積まれた資料を横目に、その日は山盛りの宿の夕飯を平らげて次の日から働こうと気合を入れて……暑さにヤられることになったのだった。
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