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ひらえす

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序章 それぞれの次の道の始まり

2.元冒険者トーヤ・ルフトの場合

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2.元冒険者トーヤ・ルフトの場合

 元冒険者トーヤ。
 現在ルフト子爵令息、トーヤ・ルフト。1年後にはランカスタ伯爵家に婿入りして、トーヤ・ルフト・ランカスタとなることが決まった。隣国メルローの西地区孤児院出身の孤児としては、それはとてつもない大出世だ。
 しかし、慣れない生活に、貴族として振る舞うための教育に、だんだんと疲れが溜まっていた。衣食住に不自由はなくとも、一挙手一投足まで管理される生活は苦痛だった。そんな苦労をしているのだから、愚痴ぐらい言っていいだろう、そんな風にしか思わなかった。愛し合う婚約者も、自分を認めずに小言ばかり。養父母も使用人も最近は自分を見た途端顔を顰める。
(なんなんだよ!もう!こんなに頑張ってんだから、文句言うなよ!)
 だから、アレンに文句を言うくらいは……許されているんだと思い込んでいたのだ。

 アレンダンと別れた後、どう家に帰ったか覚えていない。それでも、次の日も、次の日も決められた通りに日程をこなしていく。こんな時は無駄に丈夫な身体が役に立った。
 子爵家に養子に入り、同日付で騎士団に入隊させられた。言葉の端々を注意されるので、子爵家でも騎士団でもあまり話をしなくなっていた。その鬱憤を晴らすようにアレンダンと飲んで一方的に口汚く愚痴を言っていたのだと気がついた。
(俺って、いつもこうだな)
 剣だけの馬鹿。腕力だけの糞ガキ。昔はそう言われる度に歯を食いしばって拳を突き出せば何とかなった。
(それを変えてくれたのは、アレンだったのに)
 今日もまた、騎士団の訓練の終わり際に、通りすがりに「泥臭い剣だ」と何処からか声が聞こえてくる。今までは『これでもランク3の冒険者だったんだぞ』と言い返しては団長に叱られていたのだとぼんやりと思い出す。ランク2も目前だったと自負していた剣を貶されると、我慢ができなかったものだったが…もう3日もほぼ寝ていないせいか、思考がまとまらなかった。

『倒せ!倒さないとみんな死ぬぞ!』

 ふいに鋭い男の声がした気がした。

(思い出した)

『後ろに逃すなよ。みんな仕留めろ』

(そうだ)

『1人でも逃したら、アーニャも死ぬぞ』

(俺の剣は———)

 あれは、護衛依頼の際、山奥で賊に襲われた時だった。風向きの関係で、アレンは道を変えるように商人を説得していたが聞き入れられなかった。そして、最悪な予想は当たり、しびれ薬の混じった煙を流されて他の護衛はバタバタと倒れていく。事前に薬を飲めたのは自分達だけ。アーニャも善戦していたが、やはり体力の問題なのか離脱してしまう。アレンは動ける者をまとめて先に逃すと宣言して、トーヤとアレンが残りの賊と対峙した。
 そんな時にかけられた言葉だったか。他にも何度もあった気がする。

(俺は、敵を必ず倒す)

 騎士団にいる、騎士学校出身者たちの儀礼的な美しい剣さばき。それはそれでどうでもいいじゃないか。

「……おい」
 団長に声をかけられ、向き直って姿勢を正した。
「いいのか?」
 団長はトーヤの顔を見て軽く目を瞠った。濃い隈が張り付いた顔の中で、目は獰猛な獣のように光っている。
「はい。おれ…いえ、私の剣は、敵全てを完全に足止めし、守る者を傷つけないためにありますので」
 身長も横幅も、団長よりもふた回りほど大きい男が、低い声でそう返す様は圧巻だったと言って良いだろう。
「……そうか」
 団長は、そんなトーヤの肩のあたりをポンポンと叩いて、通り過ぎる時に小さく言った。
「何があったか知らんが…今日はきちんと休めよ。後、明日から大剣を許可する」
「……ありがとうございます」

 その後、片付けをしていると、伯爵家の次男だという男が手伝ってくれた。線の細いその男は、トーヤが来るまではトーヤと同じように皆に陰口を叩かれていたらしい。何故か済まないと謝られたが、それは違うだろうと思う。彼はどうやらアレンのように鍛えても大きな筋肉はつかない体質のようで、それが悩みだと言っていたので、ついアレンの言っていたことや、食事内容のこと、剣での戦略の1つを教えてしまった。その男は名をジークハルトと改めて名乗り、トーヤを尊敬の眼差しで見つめるので、止めて欲しいと言ったら笑われた。
「じゃあ、そのうち今日のお礼をさせてくれよ」
「……礼をされるような事はしていない…と思うんだが」
 トーヤをとしては細々した片付けを手伝ってもらったのでむしろ礼を言うのは自分だろうと思ったが、ジークハルトは爽やかに笑って去って行った。
(ああいうのが貴族なんだろうな)
 立ち姿、歩く姿もスッとしていると思う。
(あれ…)
 自分は剣を振り上げる時、体幹でもって体と剣を引き上げているのではなかったか。年を重ねた者たちが、ヨタヨタと左右に振れるように歩くのは、筋力の低下やバランス、それまでの生活習慣にも理由があると言ったのは……
(アレン……)
 明後日は、アーニャとのダンスレッスンとお茶会が組まれている。先月愚痴を言った時に、ダンスの足さばきは体術の摺り足と似てるってな、なんて言ったのは……
(アレン……)

 喉の奥に込み上げてくる者を、食いしばって飲み込んだ。自分で言いだしてパーティを組んでもらったこと、直感的にしか動かない自分に、根気強くいろいろなことを教えてくれたこと、本当はアレンもアーニャに惹かれているのを知っていて知らないふりをしたこと…つまらない事で愚痴を言い、その気持ちの中に、アーニャに選んでもらった優越感が全く無かったかと言えば嘘になる……全てを腹の底に落とした。
(すまん、アレン)
 殴ってくれても良かったのにというのは、トーヤの勝手な思いだが、それでも飄々と旅立った相棒に、今は心の中で謝ることしかできない。

 この道を…愛する女の望みを叶えながらその隣に立つこと。アーニャの心を手に入れること。それを選んだのだから。
(俺は、馬鹿だなぁ)
 だからきっと、また今の決意を忘れたりするだろう。でも、甘えていた相棒はもういないのだ。
(立て。歩け。止まるな)
 目の端の水滴を拳でぐいと拭って、トーヤは、前を向いた。
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