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第二章

第二章3 ~巻き込む方々には申し訳ありません~

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 聖羅がテーナルクと出会った翌日。
 今日も聖羅に与えられた部屋にきたテーナルクは、大妖精・ヨウの前に立っていた。
 当初、聖羅を気遣ってテーナルクがしていた目隠しはすでに外されている。
 テーナルクの人となりを信じ、目を見て話すために聖羅が許可していた。気遣いをしてくれたという点で、聖羅の中でテーナルクの印象は非情に良くなっている。それが円滑な交流に繋がっているのだから、彼女の目論見通りの展開であった。
 そんなテーナルクだが、大妖精のヨウに至近距離から観察され、冷や汗を搔いていた。

「ヨウさん、こちらがこの国の王女様で、テーナルクさんです。今後、彼女もリューさんに挨拶をしいくことがあると思いますので、中庭の他の妖精さんたちに周知をお願いできますか?」

『いいわよ。みんなに伝えておくわね』

 聖羅の要求を快く受けたヨウは、空中にふわりと浮かび、そしてその身体を光る粒子に変えて去って行った。
 聖羅にしてみればヨウはもっとも信頼のおける相手であり、慣れ親しんだ相手だが、テーナルクにとってはそうではない。
 大妖精というのは魔法の扱いに長けた種族で、攻撃的な魔族ではないとわかってはいても、緊張する相手であった。
 ヨウが去っていったあと、テーナルクは深く息を吐く。

「……いまの御方がセイラさんの守護妖精というわけですのね」

「守護妖精、ですか?」

「稀な話ですが、妖精は気に入った人間や魔族と行動を共にすることがありますの。お父様から聞いた覚えはありませんの?」

「イージェルドさんからは、妖精はどこにでもいるものだとは教えられましたけど、守護妖精のお話は伺っていませんね」

「そうですわね……その説明でも間違ってはおりませんわ。守護妖精自体、稀な存在ですし……そもそも、大妖精の守護妖精なんて。わたくしは聞いたことがありませんわ」

「基本的に人間と魔族は敵対関係、なんですよね」

「ですわ。とはいえ、人間と魔族が手を組むということ自体は珍しいことではありませんが……最も有名なところだと、北の国であるログアンですわね。国そのものが守護亀グランドジーグ様との共生関係にありますわ」

「ログアンについては、なんとなくは聞いてますけど……具体的には、どういう関係なんですか?」

「守護亀グランドジーグ様は山のように巨大な亀ですの。なので、身体に寄生してくる魔族に弱いのですわ。ログアンの民はその寄生型の魔族を駆逐する代わりに、背に住まわせてもらっているとか。人間となら契約でほどよい関係を築けるので、グランドジーグ様としてもありがたいですし、グランドジーグ様と戦おうという大型魔族はいませんので、人間にとってもありがたいわけですわね」

「大型魔族……それこそ、ドラゴンとかですか?」

「ですわ。もっとも、死告龍様は能力的にグランドジーグ様の天敵ですので、ログアンがもっとも恐れる相手ですわね。式典と会合にも参加するという連絡が真っ先にありましたわ。死告龍様がグランドジーグ様を攻撃しないよう、何らかの交渉をしてくることでしょう」

 わかっていたことではあるが、様々な思惑が渦巻く戦場になるであろうことを感じ、聖羅は深くため息を吐いた。
 それを近くで聞いていたテーナルクが、聖羅に声をかける。

「不安ですの?」

「それは……まあ、そうですね。国単位の謀略や策略に関わったことなんてないもので」

「あまり気負わずとも大丈夫ですわ。最低限の挨拶さえしていただければ、あとはわたくしがすべて対応いたしますし……それに、あまり乱用していただきたくはないですが、死告龍様に庇護されているセイラさんに何かを強制できる者など、少なくとも人間の中にはいませんわ」

「……そうなんですか? そんなに、リューさん……死告龍という存在は、そこまでどうしようもない存在なんですか?」

 リューのことを強いとは感じている聖羅だが、全く手がつけられないほどの存在ということが、いまいち実感出来ていないというのが本心だった。
 その聖羅のある意味呑気な発現に対し、テーナルクは深く頷く。

「ええ。どうやらセイラさんは死告龍様が『物凄く強いドラゴン』という認識のようですが……それでは不足ですわ。人間の強さというのは、基本的には集団の力なのですの。確かに『勇者』と呼ばれるような、個の極地ともいえる存在が生まれることはありますが、それでも、装備や状況を整えて初めて強力な魔族に対抗できるものなのです」

「なるほど……」

「即死のブレスという範囲攻撃能力を持つ死告龍様は、いわば人類の天敵なのですの。幸いなのは死告龍様が魔界を生み出さないことですわね。もしも死告龍様が魔界を生んで、そこから眷属が発生するようなことがあれば、人類は一環の終わりですの」

「その、即死耐性って、どうやってもあげられないものなんですか?」

「神々の加護じゃないと無理ですわね。……仮にセイラさんの持つバスタオルなる布を用いたとしても……他の装備が一切着けられないというのは、痛すぎる弱点ですわ。自動的に魔法を弾く手甲、動きの素早くなる靴、精神効果を無効化する兜など……有用な装備が身に付けられないということですから」

 聖羅は身に付けているバスタオルが『神々の加護を持つ品』であることを、イージェルドやオルフィルドに伝えていた。
 バスタオルがヨウに奪取される騒動があって、隠しきれないと悟ったからだ。
 そもそも、そのふたりはバスタオルを身に付けていない時の聖羅と会っているので、隠す意味がないと言える。
 限られた者にしかその情報は伝えられていないが、王族であるテーナルクは当然その情報を得られる立場である。

「それなんですけど……見目はともかく、このバスタオルが一枚あれば絶対防御は実現できるんですが、それでもダメですか?」

「そういう戦術に類することは、当然オルフィルド叔父様の方が正確かと思いますが……恐らくダメだと思われますわ。ヨウ様曰く、それを身に付けている間は、自分自身で自分に放った支援魔法すらも弾いてしまうのでしょう? 元々の肉体的能力に劣る人間が、魔法の助け無しに魔族とやり合うのは無理ですわ。支援魔法を完全にしてから身に付けて、その上で絶対防御を発動させると考えても……柔軟に変化出来ないのは厳しいですわね」

「……そうですか」

 聖羅は本当の最後の最終手段として、死告龍たるリューを斃すという方針を取らなければならなくなったときのことも考えていた。
 リューの性格上、可能性は低いと思ってはいたが、もしもリューが暴走して無理矢理子を成そうと迫ってくるかもしれない。
 その時には、そういう対応もしなければならないからだ。
 慕って懐いてくれているリューに対し、そういったことまで考えてしまうあたり、聖羅は自分の性の悪さを自己嫌悪していたが、考えずにはいられないのだから仕方ない。

 ヨウと和解し、リューの本質を理解し、強大な魔族である二体の庇護を得た。
 それでも――聖羅は自分がこの世でもっとも無力な存在であると自覚しているのだから。




 ルィテ王国王城の中庭にて。
 死告龍・リューは身体を丸め、のんびりと休んでいた。
 その傍では大妖精・ヨウが小さな妖精たちを集め、なにやら魔法で映像を見せている。
 映像を見せることが目的だったのか、集まっていた小さな妖精たちはすぐに散らばっていってしまった。

『なにそれ?』

 少し気になったリューが、ヨウに向かって尋ねる。
 ヨウは小さな妖精たちに見せていたものと同じ映像をリューにも見せた。
 そこにはこの国の王女であるテーナルクの姿が映し出されている。

『この国の王女らしいわよ。セイラにこの国の人の規則なんかを色々教えてるみたいね。たぶん近いうちにあなたにも挨拶しに来ると思うわよ?』

『ふぅん……』

 気のない様子でリューはあくびをして再び身体を休める姿勢に戻った。
 そんなリューに対し、ヨウはやれやれとあきれ顔を浮かべる。

『わかってはいたけど、あなたはセイラ以外に全然興味ないのね』

『それはヨウも、じゃないの?』

『わたしはあなたとは違うもの。セイラには恩があるから守るし、できる限り助けになる。けど、あなたにはセイラに固執する理由はないんじゃないの?』

『理由ならあるよ? セイラはリューを怖がらないし、暖かいからすきー』

 早く遊びに来ないかなぁ、と呟くリューは尻尾を振る。尻尾を地面を打つと、十分踏み固められた中庭の地面に亀裂が走る。
 戯れに振るわれた尻尾でさえ、並の人間が喰らえば即死しかねない一撃だった。
 ヨウはリューの尻尾の範囲からさりげなく逃れつつ、再度口を開く。

『例えばの話だけど、セイラみたいにあなたを怖がらずに触れあってくれる人間が、もし他にもいたらどうするの?』

『いたら考えるー』

 あっさりとしたリューに対し、さらに口を開き書けたヨウだが、思い直したように質問するのをやめた。
 いるかいないかもわからない者について考えるのは不毛だからだ。
 ただ、ヨウとしてはリューが聖羅に価値を見いださなくなった時のことを考えずにはいられない。

(むしろ、その方がわたしにとっては都合がいいのだけど……)

 ヨウにしてみれば、リューと森に対する攻撃をしないという約束は交わしているし、絶対防御の加護があった上で負けた自分にリューが執着するとは考えにくい。
 リューが聖羅に対する執着を失ったとしても、ヨウの聖羅への恩義は変わらずある。
 妖精には寿命がないため、聖羅が死ぬまでの間、守ることに何の問題もない。
 死告龍という規格外の化け物と一緒にいるよりは、いっそ聖羅への執着を失って去ってくれた方がヨウとしては都合が良いのだ。

(まあ、強いて誘導するほどのこともないから、流れに身を任せるしかないわね……)

 今後聖羅は様々な交流を広げていくことになるだろう。
 その結果、聖羅とリューの関係がどうなるのかは、ヨウにはあずかり知らぬことだった。




 ヨウがそんなことを考えているとは露知らず、聖羅はテーナルクとの対話を続けていた。
 聖羅はもっとも危惧していることを最初に相談することにした。

「式典や会合での話なんですが……服装、どうしましょう。人前に立たないわけにはいきませんよね……?」

 彼女の本音をいえば、正直それ以外の手順や仕来りなどはどうでもいいとさえ思っている。服装さえまともにどうにか出来るのであれば、それ以外のことはどうにでもなる。
 バスタオルを腰に巻いて胸だけを別の布で隠した、その姿を衆目に晒すことさえなければ、式典であろうと会合であろうとなんでもこなせる。
 聖羅の切実な話し口に対し、テーナルクはなんとも言いがたい表情を浮かべる。

「そう、ですわね……式典では行進を予定していますわ。どちらかといえば死告龍様が大人しく、ある程度わたくしたちの言うことを聞いてくださっていることを示すためのものですから、セイラさんは表に出る必要はないのですが……セイラさんも一緒に行動してくださった方が、聖女の御力によるものだと認識されるので、今後のことを考えれば良いかと思います」

「……ですよねぇ」

 聖羅はわかっていた、とばかりに深くため息を吐く。
 それでもなにかできないかと、足掻き始めた。

「幻術、みたいな手段は取れないんでしょうか。例えば……こう、服を着ているような幻を被せるとか……」

「やりようによっては、出来なくはないと思いますわ。セイラさん本人ではなく、周囲にかけるという形で。……ですが、それをしても魔法抵抗力の高い者たちには見破られてしまいます。それに、何かの拍子に解けてしまう可能性も高く……その、言いにくいのですけど、強力な無効化能力を持つそのバスタオルが触れると幻術は解けてしまいますから」

「……かえって、恥ずかしい思いをすることになりそうですね」

 完全に予定通り進めば問題はないだろう。だが何か不足の事態が起きた時、突然幻術が解けてしまうことを考えると、下手に隠す方が恥ずかしい思いをする可能性がある。
 それならばいっそ、最初からその姿であると示していた方がいいのかもしれない。

「気休めになるかはわかりませんが、行進の際にはセイラさんの格好を真似た儀仗兵を配置する予定ですわ。『そういう様式である』と認識されれば、セイラさん自身の格好もさほど目立たなくなるかと」

「それ、儀仗兵さんに物凄く申し訳がないんですけど……大丈夫ですか?」

「ご安心くださいまし。どうしても少々露出の多い格好にはなりますが、セイラさんの事情とは異なるので、問題ないようにアレンジは加えられますの」

「それなら、まあ……でも、その方々が恥ずかしい思いをしないようにくれぐれもお願いします」

 本当は恥ずかしい思いをするのは自分一人だけで十分だという考えで、聖羅はそうテーナルクに求めた。
 テーナルクはその聖羅の求めに応じ、力強く請け負いつつも、どこか見定めるような視線を聖羅に向けていた。
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