上 下
44 / 56
第二部 序章

第二部序章 ~聖女=痴女になりませんように~

しおりを挟む

 バスタオル一枚の姿で異世界に転移してしまった清澄聖羅は、ルィテ王国という国にその身を寄せていた。
 紆余曲折あった結果、聖羅は人々から「聖女」と呼ばれるようになっており、その身柄はルィテ王国の王族によって保護されている。
 死告龍という天災級の力を持つドラゴンを鎮めることのできる能力の持ち主で、死を届けるとされる死告龍のブレスにも耐えるという。
 その性格は慎ましく穏やかで、その姿は伝説に歌われる天使の如く清らかで美しく――

「……ちょっと待ってください。クラースさん」

 城勤めの侍女・クラースの言葉を遮った聖羅は、頭痛を堪えるようにその額を片手で押さえていた。
 聖羅の髪を整えながら、『聖女キヨズミセイラ』の噂を当の本人に聞かせていたクラースは、話すのをやめて小首を傾げる。

「いかがなさいました? キヨズミ様」

 彼女は聖羅付きの侍女として、聖羅がこの城に滞在することが決まってからずっと彼女の世話を担当していた。
 日本語に対応した翻訳魔法を用いることで、意思疎通に問題はなくなっている。
 そのため、翻訳間違いや解釈違いがないことは聖羅も承知していたが、このときばかりはその可能性であって欲しいと願っていた。

「いえ……なんというか……それはどこの聖女様のお話ですか……?」

 聖羅はいまだこの世界の一般常識には疎い。
 クラースは城勤めとはいえ、世界の一般常識について聖羅に教えられないほど世間離れはしていないため、聖羅は彼女からこの世界の一般常識を学んでいた。
 聖女なる者の話は聞いたことがなかったため、きっとこの世界には一般的に聖女という存在がいて、その話をしているのだろうと聖羅は現実逃避気味に考えたのだ。
 しかしもちろん、クラースは首を横に振って、聖羅の疑問に答える。

「キヨズミ様のことでございますよ? 私の知る限り、ルィテ王国やその周辺国家にはキヨズミ様の他に『聖女』と呼ばれている者はおりません」

「……別人のお話のような気がするのですが?」

 聖羅がそう感じるのも無理はないほど、『聖女キヨズミセイラ』の噂は美辞麗句で飾られ、聖羅に覚えのないエピソードが山ほど盛られていた。
 曰く、凶暴な死告龍をひと撫でで大人しくさせただとか、大妖精を惹き付けて離さないだとか、降臨した際の輝きは人々の苦悩を浄化しただとか。
 噂とは大げさになるものなのだと、改めて聖羅は実感したものだ。

「その噂を信じると……私は天使か女神になってしまうのですけど」

 特に聖羅が自分のことではないと思ったのは、その容姿に対する表現だ。
 聖羅は自分の容姿が凡庸なものであると理解している。別に強いて醜いわけでもないが、間違っても『天使のようだ』と言われるほどのものではない。
 この世界でも美的感覚はほぼ変わらないはずで、自分がそう呼ばれることに違和感しか覚えないというのが聖羅の正直な気持ちだった。
 だが、クラースは別の捉え方をしているようだ。

「キヨズミ様は私どもからすると見慣れない容姿をされておりますし、身に纏っている衣類も私どもが見たことのないものですから……」

 かつて、初めて欧米人を見た日本人は、欧米人の顔立ちを見て、天狗と勘違いしたという話がある。
 この世界の人間は西洋寄りの顔立ちをしており、聖羅のような純日本人の顔立ちはまったく見られない。
 つまり、この世界の人間にしてみると、聖羅の顔立ちは未知であり、美醜以前の問題で判断のしようがないということだった。
 その結果、聖女という肩書きも相成って、得体は知れないがとりあえず美しい存在・天使と称されうることになっているのだ。

(うーん……私もよっぽどの場合はともかく、外国の方というだけで顔立ちが整っているように見えてしまうところはありますしね……)

 聖羅はそういう風に納得はしたものの、さりとて自分が天使や女神と形容されることに納得がいくわけではない。
 ただでさえ聖羅には抱えている問題が多いのに、これ以上気を病むことを増やさないで欲しいというのが本音だった。
 だがクラースは気を回したつもりなのか、衣装のことについて話を変えた。

「キヨズミ様が普段お召しになっている衣装に関しても、貴族の方の間でアレンジが加えられて舞踏会の衣装になりそうだとか」

「絶対に止めてください……」

 聖羅にしてみれば、彼女がしているバスタオルを腰に巻いて胸を布を隠している今の格好は、苦渋の決断である。
 魔力を持たず、それに対する抵抗力を持たない聖羅は『すべての魔力の影響を遮断する』という加護を持つバスタオルを身に着けていないと気分が悪くなってしまう。
 本来なら、バスタオルの上から普通の服を着たいところだ。
 だが、バスタオルに宿った加護には『定められた着方以外をしようとするとそれを拒絶する』という厄介極まりない性質がある。
 そのため、聖羅はバスタオル以外の物をその上に身に着けることができず、バスタオルをスカートのように扱い、胸に別の布がバスタオルに被らないように巻きつけることで、なんとかまだマシな格好を保っているにすぎないのだ。

(私のせいでこんな痴女みたいな恰好が流行ったら、この世界の人たちに申し訳がありません……)

 最悪、ルィテ王国の国王であるイージェルドに命令してもらってでも止めるべきかと聖羅は思考する。
 禁止するうまい言い訳を考えなければならないが、それに関しては彼らと相談しても構わないだろう。
 しかし、聖羅はなんとなくそれが結果としてまた『聖女』としての噂を悪化させるような気がしてならないのだった。

(この格好は聖女しかしてはいけない格好だとか……なんだかまた大げさな方向に噂が広がる気がするんですよね……)

 いっそ自分は『神々の加護』持ちのバスタオルを身に着けているだけの、魔法も使えないどころか魔力も持たないただの一般人である、と公言してしまおうかと思ってしまうが、それは身の安全を考えるとできないことだった。
 死告龍という危険な存在を止められるのは事実であり、それは加護のことを差し引いても、彼女を特別な存在足らしめる事実である。
 それになによりも、彼女にとっては不本意なことだが、聖女という噂が一人歩きするのは都合がいいことでもあった。

 死告龍に求愛されている、などという事実は絶対に伏せなければならないことだからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...