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第二部 序章
第二部序章 ~聖女=痴女になりませんように~
しおりを挟むバスタオル一枚の姿で異世界に転移してしまった清澄聖羅は、ルィテ王国という国にその身を寄せていた。
紆余曲折あった結果、聖羅は人々から「聖女」と呼ばれるようになっており、その身柄はルィテ王国の王族によって保護されている。
死告龍という天災級の力を持つドラゴンを鎮めることのできる能力の持ち主で、死を届けるとされる死告龍のブレスにも耐えるという。
その性格は慎ましく穏やかで、その姿は伝説に歌われる天使の如く清らかで美しく――
「……ちょっと待ってください。クラースさん」
城勤めの侍女・クラースの言葉を遮った聖羅は、頭痛を堪えるようにその額を片手で押さえていた。
聖羅の髪を整えながら、『聖女キヨズミセイラ』の噂を当の本人に聞かせていたクラースは、話すのをやめて小首を傾げる。
「いかがなさいました? キヨズミ様」
彼女は聖羅付きの侍女として、聖羅がこの城に滞在することが決まってからずっと彼女の世話を担当していた。
日本語に対応した翻訳魔法を用いることで、意思疎通に問題はなくなっている。
そのため、翻訳間違いや解釈違いがないことは聖羅も承知していたが、このときばかりはその可能性であって欲しいと願っていた。
「いえ……なんというか……それはどこの聖女様のお話ですか……?」
聖羅はいまだこの世界の一般常識には疎い。
クラースは城勤めとはいえ、世界の一般常識について聖羅に教えられないほど世間離れはしていないため、聖羅は彼女からこの世界の一般常識を学んでいた。
聖女なる者の話は聞いたことがなかったため、きっとこの世界には一般的に聖女という存在がいて、その話をしているのだろうと聖羅は現実逃避気味に考えたのだ。
しかしもちろん、クラースは首を横に振って、聖羅の疑問に答える。
「キヨズミ様のことでございますよ? 私の知る限り、ルィテ王国やその周辺国家にはキヨズミ様の他に『聖女』と呼ばれている者はおりません」
「……別人のお話のような気がするのですが?」
聖羅がそう感じるのも無理はないほど、『聖女キヨズミセイラ』の噂は美辞麗句で飾られ、聖羅に覚えのないエピソードが山ほど盛られていた。
曰く、凶暴な死告龍をひと撫でで大人しくさせただとか、大妖精を惹き付けて離さないだとか、降臨した際の輝きは人々の苦悩を浄化しただとか。
噂とは大げさになるものなのだと、改めて聖羅は実感したものだ。
「その噂を信じると……私は天使か女神になってしまうのですけど」
特に聖羅が自分のことではないと思ったのは、その容姿に対する表現だ。
聖羅は自分の容姿が凡庸なものであると理解している。別に強いて醜いわけでもないが、間違っても『天使のようだ』と言われるほどのものではない。
この世界でも美的感覚はほぼ変わらないはずで、自分がそう呼ばれることに違和感しか覚えないというのが聖羅の正直な気持ちだった。
だが、クラースは別の捉え方をしているようだ。
「キヨズミ様は私どもからすると見慣れない容姿をされておりますし、身に纏っている衣類も私どもが見たことのないものですから……」
かつて、初めて欧米人を見た日本人は、欧米人の顔立ちを見て、天狗と勘違いしたという話がある。
この世界の人間は西洋寄りの顔立ちをしており、聖羅のような純日本人の顔立ちはまったく見られない。
つまり、この世界の人間にしてみると、聖羅の顔立ちは未知であり、美醜以前の問題で判断のしようがないということだった。
その結果、聖女という肩書きも相成って、得体は知れないがとりあえず美しい存在・天使と称されうることになっているのだ。
(うーん……私もよっぽどの場合はともかく、外国の方というだけで顔立ちが整っているように見えてしまうところはありますしね……)
聖羅はそういう風に納得はしたものの、さりとて自分が天使や女神と形容されることに納得がいくわけではない。
ただでさえ聖羅には抱えている問題が多いのに、これ以上気を病むことを増やさないで欲しいというのが本音だった。
だがクラースは気を回したつもりなのか、衣装のことについて話を変えた。
「キヨズミ様が普段お召しになっている衣装に関しても、貴族の方の間でアレンジが加えられて舞踏会の衣装になりそうだとか」
「絶対に止めてください……」
聖羅にしてみれば、彼女がしているバスタオルを腰に巻いて胸を布を隠している今の格好は、苦渋の決断である。
魔力を持たず、それに対する抵抗力を持たない聖羅は『すべての魔力の影響を遮断する』という加護を持つバスタオルを身に着けていないと気分が悪くなってしまう。
本来なら、バスタオルの上から普通の服を着たいところだ。
だが、バスタオルに宿った加護には『定められた着方以外をしようとするとそれを拒絶する』という厄介極まりない性質がある。
そのため、聖羅はバスタオル以外の物をその上に身に着けることができず、バスタオルをスカートのように扱い、胸に別の布がバスタオルに被らないように巻きつけることで、なんとかまだマシな格好を保っているにすぎないのだ。
(私のせいでこんな痴女みたいな恰好が流行ったら、この世界の人たちに申し訳がありません……)
最悪、ルィテ王国の国王であるイージェルドに命令してもらってでも止めるべきかと聖羅は思考する。
禁止するうまい言い訳を考えなければならないが、それに関しては彼らと相談しても構わないだろう。
しかし、聖羅はなんとなくそれが結果としてまた『聖女』としての噂を悪化させるような気がしてならないのだった。
(この格好は聖女しかしてはいけない格好だとか……なんだかまた大げさな方向に噂が広がる気がするんですよね……)
いっそ自分は『神々の加護』持ちのバスタオルを身に着けているだけの、魔法も使えないどころか魔力も持たないただの一般人である、と公言してしまおうかと思ってしまうが、それは身の安全を考えるとできないことだった。
死告龍という危険な存在を止められるのは事実であり、それは加護のことを差し引いても、彼女を特別な存在足らしめる事実である。
それになによりも、彼女にとっては不本意なことだが、聖女という噂が一人歩きするのは都合がいいことでもあった。
死告龍に求愛されている、などという事実は絶対に伏せなければならないことだからだ。
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