【R18】筐庭の夏

臂りき

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第7話 お下がり

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 朝。

 いつまで経っても目覚めないお姉さんのもとに、町の医者と神父がやってきた。

 小さく上下する胸と、仰向き微かな呼気のある唇。

 医者と話す里見さんの口調から察するに、お姉さんの容態は思わしくなかった。

 ――それでもお姉さんは懸命に生きている。

 今度こそ用済みを確信した僕は、扉越しに蚊帳の外から灼熱の世界へと足を踏み出した。

「お別れは済ませたかい?」

「うるさい、バカ」

 玄関先で出番を待つ神父に向かって僕は心の底から懺悔した。

 ――ザーメン。ザーメン。ザーメン。ハゲルヤ。

 どうかお姉さんの愛が届きますように。

     *

 いつになく空虚な気持ちで少し霧のかかった森を歩く。

 村までじかに行くのを嫌い、更に森を大きく迂回して馴染みの場所を目指す。

 小さな沼の見えるそこは僕らが知った初めての楽園。
 大きな樫の木を中心にした僕とミナお姉ちゃん、加奈美ちゃんの秘密基地だ。

 周辺の雑木林は背が低い割に丈夫な木々が豊富で、枯れた枝を薪に求めて今でもたまに来ることがある。

 木の上に並べた材木を屋根とし、手頃な枝にロープを掛けたブランコが垂れただけの粗末なもの。
 基地というにも物足りない。

「……お姉ちゃん」

 それでも僕らは楽しかった。

 何より、みんなに会えて嬉しかった。

 樫の木を背にした、沼に近い背の低い木。
 加奈美ちゃんと背比べをした跡のある木だ。
 この木を横によく背伸びやジャンプをして張り合い、時に加奈美ちゃんには嫌われた。

 そんな僕らを実苗お姉ちゃんはお腹を抱えて笑った。

『どんぐりの背比べ!』

 足元には僕が五年前まで使っていた踏み台が転がっている。
 不安定な転げ方をしたようで、脚部が天を向いている。

 静謐な朝陽が木々の葉から漏れる。

 約束された暑い夏の陽差し。

 手頃な高さの木の枝に細いロープが張っている。

 可哀想に。ロープをくくった枝の表皮がめちゃくちゃに擦り剥けている。
 こんな細い枝、折れればよかったのに。

 ロープにたわんだ枝は残酷にも重みに耐え、その身を守る生命力に健在だった。

 そっぽを向いたお姉ちゃんは、ちょっとだけ舌を出しおどけて見せた。
 少し眠そうに薄目を開けて地を見詰めている。

 疲れ切った手足は垂れ下がり、どこか不満気に森を吹く風に揺れた。

 余りにも儚いお姉ちゃんの生。

 それでもお姉ちゃんは頑張った。
 最後まで生きようと懸命にもがいたのだ。

「頑張ったね、ミナお姉ちゃん」

 だから僕はお姉ちゃんに敬意を表する。

 労いもする。感謝もする。

 震える足を引き摺って、僕は風に揺られるお姉ちゃんの下に寄った。

 ――本当にありがとう。

 僕に生きる悦びを教えてくれて。


 だから僕は未だ雫の滴るお姉ちゃんの右太腿を抱き、熱いキスをした。




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