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第7話 お下がり
しおりを挟む朝。
いつまで経っても目覚めないお姉さんのもとに、町の医者と神父がやってきた。
小さく上下する胸と、仰向き微かな呼気のある唇。
医者と話す里見さんの口調から察するに、お姉さんの容態は思わしくなかった。
――それでもお姉さんは懸命に生きている。
今度こそ用済みを確信した僕は、扉越しに蚊帳の外から灼熱の世界へと足を踏み出した。
「お別れは済ませたかい?」
「うるさい、バカ」
玄関先で出番を待つ神父に向かって僕は心の底から懺悔した。
――ザーメン。ザーメン。ザーメン。ハゲルヤ。
どうかお姉さんの愛が届きますように。
*
いつになく空虚な気持ちで少し霧のかかった森を歩く。
村まで直に行くのを嫌い、更に森を大きく迂回して馴染みの場所を目指す。
小さな沼の見えるそこは僕らが知った初めての楽園。
大きな樫の木を中心にした僕とミナお姉ちゃん、加奈美ちゃんの秘密基地だ。
周辺の雑木林は背が低い割に丈夫な木々が豊富で、枯れた枝を薪に求めて今でもたまに来ることがある。
木の上に並べた材木を屋根とし、手頃な枝にロープを掛けたブランコが垂れただけの粗末なもの。
基地というにも物足りない。
「……お姉ちゃん」
それでも僕らは楽しかった。
何より、みんなに会えて嬉しかった。
樫の木を背にした、沼に近い背の低い木。
加奈美ちゃんと背比べをした跡のある木だ。
この木を横によく背伸びやジャンプをして張り合い、時に加奈美ちゃんには嫌われた。
そんな僕らを実苗お姉ちゃんはお腹を抱えて笑った。
『どんぐりの背比べ!』
足元には僕が五年前まで使っていた踏み台が転がっている。
不安定な転げ方をしたようで、脚部が天を向いている。
静謐な朝陽が木々の葉から漏れる。
約束された暑い夏の陽差し。
手頃な高さの木の枝に細いロープが張っている。
可哀想に。ロープを括った枝の表皮がめちゃくちゃに擦り剥けている。
こんな細い枝、折れればよかったのに。
ロープに撓んだ枝は残酷にも重みに耐え、その身を守る生命力に健在だった。
そっぽを向いたお姉ちゃんは、ちょっとだけ舌を出し戯けて見せた。
少し眠そうに薄目を開けて地を見詰めている。
疲れ切った手足は垂れ下がり、どこか不満気に森を吹く風に揺れた。
余りにも儚いお姉ちゃんの生。
それでもお姉ちゃんは頑張った。
最後まで生きようと懸命にもがいたのだ。
「頑張ったね、ミナお姉ちゃん」
だから僕はお姉ちゃんに敬意を表する。
労いもする。感謝もする。
震える足を引き摺って、僕は風に揺られるお姉ちゃんの下に寄った。
――本当にありがとう。
僕に生きる悦びを教えてくれて。
だから僕は未だ雫の滴るお姉ちゃんの右太腿を抱き、熱いキスをした。
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