ブラフマン~疑似転生~

臂りき

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39話 登校日和

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 うっすらともやの掛かった空気に燦然たる灼熱の予兆を感じさせる朝日が差し込む。

「いってきまーす」

 いつもの光景、いつも通りの朝の儀式。
 爽やかな潮風に薄手のスカートをなびかせた少女は玄関先の主に手を振り軽快に家を後にした。

「いってらっしゃい加来ちゃん。お兄ちゃんも忘れずにね」

「――それは要らない!」

 門の敷居を前にして立ち尽くした男は突然浴びせられた妹の罵声に肩をビクつかせる。

「カズくん、忘れ物は大丈夫そ?」
「う、うん。それはいいんだけどさ、母さん。本当に行かなきゃダメかな?」

「? おかしなカズくん。いつも元気に行ってるじゃない? もしかして具合でも悪いの?」

 心底心配そうに顔を覗き込む母の姿に胸が締め付けられる。

「あ、あー……ちょっとお腹が痛いかも――」

「おいバカ兄ぃ! 早くしろ!」
 数件離れた先から眉間にしわを寄せた妹が大声で催促している。

「や、やっぱり行こうかなぁ……はは」

 恐怖に顔をひきつらせながら、恐る恐る爪先を敷居の外へと着ける。すると、そっとその背を何かが押した。

「――いってらっしゃい、カズくん」

 勢いよく閉められる門に満面の笑みを浮かべ手を振る母の姿が消えていく。

 行き場を失った和希は仕方なく、今は唯一の心の支えとなった妹の背を追った。
 学院までの道程が分からない以上そうするより他はなかった。

「おはよー」
「おはよー麻由里」

 前方で見知らぬ顔が妹と合流する。和希は彼女らに見つからないように更に距離を取り、見失わない程度の間を保つよう努めた。

「はぁー……今日もお兄さんかっこいいねぇ。なんだかいつもより遠い気がするけど」

「いいからっ、あんなやつ放ってさっさと行こう!」

「まったく、ツンデレさんだなぁ」
「そんなんじゃないから! 麻由里も、気が多すぎ。この間まで『先生が好き』とか言ってたじゃん」

 できるだけ他人の振りを装いながら尾行する和希は二人の後を追うのに必死だった。
 しかしその挙動を傍から見れば「初登校」の時と同様に不審者と見られてもおかしくはなかった。

「『先生』ってなに? それよりさ、お兄さんって今彼女さんとかいるの?」

「知らないっ! 麻由里はあんなやつと関わっちゃダメ!」

 足早になる妹から次第に和希の姿が遠くなった。

「あれ? なんかお兄さん迷ってない?」
 和希の異変に逸早く気付いた同級生の麻由里は加来の袖を引いて状況を知らせた。

「……ったく」

 踵を返した加来はズカズカと和希との距離を縮め、眉間にしわを寄せたままやや乱暴にまくし立てた。

「そこの交差点を曲がってすぐの校舎が中等部、その奥が高等部だから! どう、思い出した!?」

「あ、ああ」

 何をされるかと身構えた和希は腕を下ろし、再び足早に去って行く妹の背を見送った。

 妹は妹なりに兄との距離に戸惑いながらも「記憶喪失」の状態にあるらしい兄のことを気遣っているのかもしれない。

「ありがとう……」

「――厨くん、おはよう。どうしたの?」

 立ち尽くす和希の横に朝日に映える美少女が現れた。
 否、石屋が、不思議そうな顔で固まったままの和希の前に手を翳す。

「石屋ぁああっ!」

「え、なにっ、急にどうしたの!?」

 突然石屋に抱きついた和希はその胸に顔を埋めてわめき出した。
 ある意味錯乱状態にある和希は無意識の内に石屋の華奢な体を持ち上げ、稀に見る体勢のままその場に佇んだ。

 これには衆目が集まり、生徒たちは一様に新たな噂の伝播でんぱを確信した。

「ほほう。見せ付けてくれるじゃないか――私というものがありながらねっ!」

 偶然居合わせた白衣にツインテール姿の女生徒が観衆と伴に黄色い声を上げた。

「和希さん……さすがにそれは、ないです」

 すかさず銀髪メイドがその後に追随する。

「ねぇ、厨くん、恥ずかしいってば! もう下ろしてよ!」
「いやだぁっ! 俺はもうここに住むんだぁ!」

「……そうかい……――じゃあ私も住む!」

 新たな変態の誕生を許容した神野は空いた石屋の下半身に顔をうずめる。
 その手に光る物は和希の腹部を狙い、音もなく射出された。

「私というものがありながら……!」

 神野の背後に回ったウーちゃんはその体を抱き、二人と同様に顔を背にする。

 ――こうしてここに、四人を一緒くたにしたキメラが誕生した。

「ふぅ……いい朝だった」
「では、いってらっしゃいミカちゃん」

 二人は何事もなかったかのように厨らと別れ各々の行先へと向かった。

「……石屋、競争だ!」

「ちょっと厨くん! 今のはなんだったの!」

 取り繕うように走り出した和希の心は驚くほどに軽くなっていた。

 辺りの木々から聞こえる蝉の音、吹き抜ける潮風、照り付ける夏の日差し。
 そのどれもが清々しく、己の門出を祝福しているかのように感じられた。

「くっ……私も混ざりたかった……!」

 木々に鳴く蝉よろしく、武徳院は交差点の角から走り去っていく二人の姿を目で追った。
 そしてあの場に居合わせていながら、厨の背に寄り添うことができなかった自身の不甲斐なさに心底うんざりしていた。

 ――あの流れであればきっと、ごく自然に……

「って、朝から何を考えているんだ私は!」

「ひっ!」

 ブツブツと呟きながら交差点の角を行ったり来たりしていた「剣聖」が突如叫んだかと思えば、学院までの直線を疾走し始め、遠巻きに見ていた生徒たちが一斉に悲鳴を上げた。

「……」

「あっ、カズさんっ、待ってくださいよ!」

 バス停のベンチから一部始終を観察していた志崎は立ち上がり、いつもの取り巻き連中を引き連れて徐に学院へと歩みを進めた。



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