ブラフマン~疑似転生~

臂りき

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32話 夜戦③

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 眩い二灯が縦横無尽に暗闇を切り裂く。

 武骨な鉄の塊は、土砂降りの雨、洪水すらも物ともせずに突き進む。

「おい、なんだあれ!?」
 運転席の背もたれにしがみ付き、後部座席から身を乗り出すように前方を指した角折が驚きの声を上げた。

 ハマナス会の一行を乗せた高機動車の前方、鬱蒼とした森の前に突如として異様な光景が現れた。

 ある一点を囲うようにして数十体の外殻が集まり、中心に向かっては飛び回ることを繰り返している。

「カズっ、どういうことか説明しろ!」
「なんで僕なんすか!? まったく分からないっすよ!」
「じゃあ津賀!」
「っしゃぁあああっおらぁあ! 死にたいやつだけ前に出ろぉっ!」
「ダメだ、ハイになってやがる! つーかこいつ、このまま突っ込もうとしてないか!?」

 津賀を除いた一行は、グングンと差し迫る謎の危険に恐怖した。
 当の津賀は高機動車のスペックを活かせる環境に置かれ高揚していることもあり、自制心を欠いている。
 今はただ、国防軍に対する日頃の恨みを晴らすための鬼と化していた。

「なぁ、カズ。あそこに女が見える気がするんだが、気のせいじゃないよな?」

 助手席の沼尾は目前に迫る信じ難い光景によって停止した思考を志崎に投げた。

「はい……」

 雨が叩きつけるフロントガラス越しに、その全容が明らかになって行く。

 複数の外殻が作る壁の間から一人の華奢な女性の姿が見える。
 美しい銀髪を振り乱し、もはや着ているかも疑わしいほどにボロボロになった布を張り付けた女がそこにある。
 端正な顔立ちを一切崩すこともなく、両手にした外殻の手足を振り回しては投げ、滝のように降りしきる雨空に飛沫しぶきを上げ続けた。

「――各員、衝撃に備えろ!」

 ブォオオオオッ、ガッ、ガッ――――グシャァアッ!

「ぐぁああああっ!」

 外殻の群れに突っ込んだ車は地面に転がる外殻を数体跳ね飛ばし、中心に佇む女性を前に停止した。

 勢い余った車体は女性が伸ばした片腕によって見事にバンパーを潰している。

「……生きてるか?」
「……」
「ああ、なんとかな……いや、若干一名、心に深い傷を負ったようだ」

 ――津賀、高機動車あいぼうの大破による心的外傷が著しく、戦線離脱。

 やむなく津賀を車内に残したハマナス会の一行は即座に折り畳み式の防弾盾を広げ、車体を背に渦中へと飛び出した。

「おいっ、あんた大丈夫なのか?」

「はい。少々衣服が綻んだ程度ですので。どうかこの先にいるカイムさ――いえ、和希さんを追ってください」

 ほとんど裸同然に全身を濡らした銀髪女性を庇うように寄った角折は小さな背を更に低くしたまま、見えそうで見えない大事な部分を自身の上着で覆った。

 三〇〇キロはある外殻を二つ放り投げた銀髪は丁重に礼と断りを入れ、彼らが行くべき方を指し示した。

「あのバカもいるのかよ……」
「すぐに道を開きますので」

「なら、俺も手伝おう」

 沼尾は車の上部にあるベースキャリアに括りつけた二メートル近くの大剣を取り出し、一行を新手と判断した外殻に向けて構えた。

「カズ、角折、恭司のせがれを頼んだ!」

 大剣を前方に突き出した沼尾は雄叫びを上げながら外殻の群れへと突進を始めた。

 タタッ、タタタッ!

 暗闇の中、マズルフラッシュに複数の外殻が浮かび上がる。
 しかし、突っ走る沼尾に向けて発砲された弾はその巨体に当たることはなく、先を行く銀髪の柔肌にはたき落とされる。

「助かるぜ! 避けるのも億劫でな!」

「『治す身にもなってみろ』と私もよく言われていました」

 正面の一体を突き飛ばした大剣は、そのまま大きく旋回し更に横にいた数体を巻き込む。

 吹き飛んだ外殻をキャッチした銀髪は片手で胴体を掴み、道に残った外殻に向けて投擲した。

「死ぬなよ、おっさん!」
「誰に向かって言ってんだ!」

 あっという間に開けた道を志崎と角折が進む。
 二人の行く手を阻もうとする外殻はことごとく宙を舞った。

 ――あれが敵じゃなくて本当によかった。

 沼尾の怪力はともかく、軽々と外殻を投げ飛ばす銀髪の女性を背に二人は心底安堵した。
 おまけに銃弾も効かないときている。

「カズ、何か見えたか!?」

 疎らに見える外灯の先に、うっすらと人影が見えてくる。

「はい! 恐らく厨さんと情報にあった男です!」

 呼吸すらままならないほどの豪雨。
 そんな中を出歩く酔狂な者など滅多にいるものではない。事故や災害に遭った者とそれを救助する者、そうでなければ十中八九で変質者に違いないだろう。

 志崎は道に並行するように茂る草むらを選び、角折がその後に続く。

 すると、手探りで進む志崎の前に突然見知った顔の女が現れる。

 ただでさえ分厚く重い道着から水を滴らせ肌に張り付ける女は、道の先を窺うようにじっと佇んでいた。


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