34 / 42
第五章
33. 「人を好きになってはいけない」
しおりを挟む
両親の、ある意味とても純粋で幼い恋がもたらした顛末を聞いた時から、クロード・グランハイムは誰に強いられたわけでもなく、ただ考えていた。
自分は誰かを好きになってはいけないのだと。
公爵家の三男であるクロードは、家を継ぐこともまずなかった。
このまま結婚せずとも、二人の兄たち同様に愛情を注いでくれている両親は悲しむだろうが無理を強いることもきっとない。
――だけど。
人を好きになってはいけない。
そう分かっていたのに。
一人の少女を好きになってしまった。
□■□■□■
「ああ、ごめんねロゼ、騒がしかったかい?」
少し前にふとしたことから意気投合し、親しくなったレオニール・カルヴァネスの家へと初めて遊びに行った時のことだ。
彼が、ドアの影に入る小さな人影に向かって声をかけた。
三歳年下の妹がいるとは聞いている。だからその妹なのだろうとクロードも特に何を思うこともなかった。――なかった、はずだった。
「お兄様のお友達?」
レオニールに促され、少女がおずおずと近寄って来る。正確な名はロゼリエッタだと一度だけ聞いた覚えがあった。名前を聞いたのはその一度限りではあったが、可愛い妹だという自慢話はよく聞いている。けれど、それは仲の良い兄妹であれば珍しくもない話だ。
別にひねくれて容姿を貶める理由もない。確かに自慢したくなるほど可愛らしい少女だと思う。
綿毛のようにふわふわとした柔らかそうな長い髪。瑞々しい若葉のような緑色の大きな目。積もりたての雪のように真っ白く透き通った肌。華奢な身体は、指先で触れただけでも壊れてしまうのではないかと思った。
そういえば病気がちだと聞いている。全体的に小さく見えるのは、だからなのだろうか。
今は初対面のクロードを警戒してわずかに表情を硬くしてはいるけれど、きっと大人になったら誰もが振り返る魅力的な女性になるだろう。打算や下心も何もなく自然に、目の前の少女が美しく成長した姿が脳裏に浮かんだ。
ぎこちない挨拶をした後、これでもう見知らぬ相手ではないと安心したのか。わずかに表情を和らげたロゼリエッタに、一緒に遊ぼうと声をかけた。
緑色の目がレオニールとクロードの間を何度も行き交う。気持ちも揺れているのが伝わって来た。あと少し押せば迷いもなくなるかもしれない。そう考え、さらに言葉を重ねる。
レオニールの援護もあってロゼリエッタが遠慮がちに隣に座ると、クロードは人知れず安堵の息を吐いていた。
「ロゼリエッタ嬢、このカードはね……」
手札の状況を教える度に小さな耳元に唇を寄せる。
さすがに短時間でルールも把握しきっていない彼女には何が何だか意味不明な話に違いない。
でもつまらないから聞きたくないと拒絶したりはしなかった。それが嬉しくて絵柄のモチーフや由来について、今はどうでもいいようなことさえ話したくなって来る。
家から持って来たカードゲームは、母マチルダと何度か遊んだことがあるものだ。
カードの一枚一枚を愛おしげに見つめ、彼女は言った。
『昔、大切な人と二人で遊んだの。クロードもいつか、そんな相手と一緒に遊べる日が来るといいわね』
それで、親しくなれそうなレオニールと遊ぼうと思い持って来た。
マチルダの"大切な人"が"恋人"だと気がついたのは、ずいぶんと後になってからのことだったけれど。
いつしかクロードはひどく落ち着かない気持ちになっていた。
気がついてしまったのだ。
クロードの世界が、当たり前のように色づいている。その中心にいるのは紛れもなく笑顔を浮かべたロゼリエッタだ。
仲の良い兄ではなく、クロードを応援してくれている。一緒に兄上を倒そうと持ちかけたから、行きがかり上そうしているだけなのかもしれない。それでも心の奥がひどく暖かくてくすぐったかった。
ずっとクロードの隣にいて欲しい。
そんな願いが初めて心の中に芽生えて来る。
同時に初めて知った。
恋をした父も母も、こんな想いを抱いていたのだと。
「やあ、いらっしゃいクロード。ロゼなら今は庭園にいるはずだよ」
それからはできる限りカルヴァネス家に足を運んだ。
クロードの魂胆を見抜いたのか、出迎えるレオニールはいつもにやにやとしている。それは面白くないことではあったけれど、ロゼリエッタの体調が良い時は理由をつけて呼んでくれていたし、彼女に会えばそんな気持ちは吹き飛んだ。
ただ、ロゼリエッタの体調が良くない時も少なくはなかった。もちろん無理を通して部屋に押しかけることもできず、会えない度に彼女を守りたい気持ちが強くなるばかりだ。
お守りだと言って小さな巾着袋を渡して来たその姿に、クロードは胸がいっぱいになった。
なんていじらしく、可愛いのだろう。
愛しくて上手く言葉が出て来ない。ありがとうとお礼をようやく絞り出しはした。だが、ひどくそっけなくてぶっきらぼうな態度に見えてしまったに違いない。
お返しに何をあげたら喜んでくれるだろうか。
高価なアクセサリーはロゼリエッタの性格を思えば、きっと受け取ってもらえない。ならば普段から気兼ねなく使ってくれるような、綺麗なリボンはどうだろうか。クロードは可愛いものが何か良く分からない。だが、ロゼリエッタに似合いそうなものを探すことは楽しかった。
初めて会った日に一緒に遊んだカードゲームも、ロゼリエッタが興味を持ってくれたから隣国から取り寄せたものを贈ったりもした。
自然と母の言葉を思い出す。
大切な人と、二人で。
一方で、自らが課した戒めも胸をよぎる。
人を好きになってはいけない。
だけど、彼女と二人、静かにひっそりと暮らして行くのも良いかもしれない。いや、そうして生きたいと願ってしまった。
隣国の王位継承権はグランハイム公爵によりとっくに放棄されている。
人を好きになってもいい。
本当に、いいのだろうか。
「ロゼ――突然の話で申し訳ないけど、僕との婚約を解消して欲しい」
ずっと二人で生きて行きたいと思った。
だが、やっぱりクロードは人を好きになってはいけなかったのだ。
せめてマーガスなり別の誰かなりが、正式に隣国の現国王から王位を譲渡されるまで待つべきだったのだろう。
王位継承権がクロードに行使されることもなく、そういう権利も過去にはあったのだと、ただの肩書きになるまでおとなしくしているべきだったのだ。
でも、いつになるとも知れない出来事を待てるような余裕などなかった。その間に彼女はきっとクロードではない誰かと婚約してしまう。年頃を迎え、どんどん綺麗な淑女になって行く彼女に、婚約はできないけれど待っていて欲しいなんて言えるはずもない。
その結果、さらにひどい仕打ちをした。
王位継承を巡る醜い権力争いに利用されるのはクロード本人ではなく、クロードがいちばん大切にする相手なのだと気がついていたら、こんなことにはならなかったのだろう。
悲しそうな表情を浮かべるロゼリエッタを優しく抱きしめ、泣かせてあげることもできない。それどころか傷つけるだけ傷つけて立ち去った。最低な行動だ。
だが本当は誰かに肯定して欲しかった。
「クロード、君は幸せになっていい。人を好きになってもいいんだ」
マーガスは気休めのつもりで言っただけなのかもしれない。
それでもクロードには彼の言葉がずっと耳に残っている。
彼女を幸せにできる人間が自分であればいいと、同じくらい願っていたのだ。
仕方ない。
初めて望んだのだ。
この手の中に何か一つだけ残すことが許されるのなら、ひっそりと可憐に花開く白詰草が良いと。
クロードではないシェイドに、ロゼリエッタは時折激しい感情を見せる。
今まで言いたいことを飲み込ませていたのか。申し訳なく思うと同時に知らなかった彼女の一面もまた、クロードの心を惹きつけた。
ここを出たら、ロゼリエッタはダヴィッドの手を取って幸せになる。
共に笑って、怒って、泣いて――全てを分かち合える相手が自分であれば、良かった。
「いか……な……で」
熱を出し、朦朧とする意識の中でもクロードの服を掴んだロゼリエッタの姿が脳裏を離れない。
クロードの声が届かなくても「もうどこにも行かないよ」と、手を握り返せたら良かった。
そうしたらきっと繋いだ手から、隠し続けていたクロードの気持ちが伝わっていた。
だけど。
「資格もないのに好きになって、ごめん」
いつも握り返せずにいた小さな手の代わりに自分の手を握り込む。
手の中には、何もなかった。
中庭に出れば、ロゼリエッタはすぐにここが王城内の一角だと気がついた。
そんなに顔を合わせていないマーガスもそう評していたように、彼女は愚かな少女でも、子供でもない。
本音を言えばずっと気がつかずにいて欲しかった。だが王城の一角である尖塔を見たら気がつくと予感はしていた。
元より、マーガスに無理を通してはじめた不安定な日々だ。長くは続けられず、遅かれ早かれ二人だけの歪な生活が終わることも承知していた。
守りたいのなら、レミリアに預けてしまったらいい。
そうしたらすぐに聴取の終わる侍女とも会わせてあげられた。
なのにそうしなかったのは、永遠に会えなくなってしまう前に誰にも邪魔されることなく二人だけでいたい。クロードがそう望んだからだ。
外とは隔絶された世界で、たった一人の大切な少女を守っているのだという偽りに塗れた幸せな日々を過ごすうち、この世界こそが現実なのだと錯覚してしまいそうになる。
だがタイミングを見計らっていたかのようにマーガスから手紙が届いた。
よほど急ぎの連絡があったことは察したものの、そこには吉報と凶報の二つが書き記されてあった。
まず吉報は王弟フランツの身柄が拘束されたということだ。隣国で起きたクーデターに関与していた証拠も掴んでおり、この国の協力者の名が割れるも時間の問題らしい。
事実ならそれは喜ばしいことだ。ひいき目を差し引いてもマーガスは良い国王になる。レミリアと共に国をさらに発展させ、豊かにして行くことだろう。
だが一方で、凶報はシェイドの血の気を失わせた。
やはり彼の元にもまた、王弟フランツ逮捕の報せがもたらされたようだ。
一週間以内にクロードが王弟派の人間だと名乗り出なければ、ロゼリエッタがマーガス暗殺の実行犯である証拠を提出してその罪をあかるみにする。
スタンレー公爵からそう申し出があったと書かれていた。
アレックス・スタンレー。
かつて、彼は母の婚約者だった。
自分は誰かを好きになってはいけないのだと。
公爵家の三男であるクロードは、家を継ぐこともまずなかった。
このまま結婚せずとも、二人の兄たち同様に愛情を注いでくれている両親は悲しむだろうが無理を強いることもきっとない。
――だけど。
人を好きになってはいけない。
そう分かっていたのに。
一人の少女を好きになってしまった。
□■□■□■
「ああ、ごめんねロゼ、騒がしかったかい?」
少し前にふとしたことから意気投合し、親しくなったレオニール・カルヴァネスの家へと初めて遊びに行った時のことだ。
彼が、ドアの影に入る小さな人影に向かって声をかけた。
三歳年下の妹がいるとは聞いている。だからその妹なのだろうとクロードも特に何を思うこともなかった。――なかった、はずだった。
「お兄様のお友達?」
レオニールに促され、少女がおずおずと近寄って来る。正確な名はロゼリエッタだと一度だけ聞いた覚えがあった。名前を聞いたのはその一度限りではあったが、可愛い妹だという自慢話はよく聞いている。けれど、それは仲の良い兄妹であれば珍しくもない話だ。
別にひねくれて容姿を貶める理由もない。確かに自慢したくなるほど可愛らしい少女だと思う。
綿毛のようにふわふわとした柔らかそうな長い髪。瑞々しい若葉のような緑色の大きな目。積もりたての雪のように真っ白く透き通った肌。華奢な身体は、指先で触れただけでも壊れてしまうのではないかと思った。
そういえば病気がちだと聞いている。全体的に小さく見えるのは、だからなのだろうか。
今は初対面のクロードを警戒してわずかに表情を硬くしてはいるけれど、きっと大人になったら誰もが振り返る魅力的な女性になるだろう。打算や下心も何もなく自然に、目の前の少女が美しく成長した姿が脳裏に浮かんだ。
ぎこちない挨拶をした後、これでもう見知らぬ相手ではないと安心したのか。わずかに表情を和らげたロゼリエッタに、一緒に遊ぼうと声をかけた。
緑色の目がレオニールとクロードの間を何度も行き交う。気持ちも揺れているのが伝わって来た。あと少し押せば迷いもなくなるかもしれない。そう考え、さらに言葉を重ねる。
レオニールの援護もあってロゼリエッタが遠慮がちに隣に座ると、クロードは人知れず安堵の息を吐いていた。
「ロゼリエッタ嬢、このカードはね……」
手札の状況を教える度に小さな耳元に唇を寄せる。
さすがに短時間でルールも把握しきっていない彼女には何が何だか意味不明な話に違いない。
でもつまらないから聞きたくないと拒絶したりはしなかった。それが嬉しくて絵柄のモチーフや由来について、今はどうでもいいようなことさえ話したくなって来る。
家から持って来たカードゲームは、母マチルダと何度か遊んだことがあるものだ。
カードの一枚一枚を愛おしげに見つめ、彼女は言った。
『昔、大切な人と二人で遊んだの。クロードもいつか、そんな相手と一緒に遊べる日が来るといいわね』
それで、親しくなれそうなレオニールと遊ぼうと思い持って来た。
マチルダの"大切な人"が"恋人"だと気がついたのは、ずいぶんと後になってからのことだったけれど。
いつしかクロードはひどく落ち着かない気持ちになっていた。
気がついてしまったのだ。
クロードの世界が、当たり前のように色づいている。その中心にいるのは紛れもなく笑顔を浮かべたロゼリエッタだ。
仲の良い兄ではなく、クロードを応援してくれている。一緒に兄上を倒そうと持ちかけたから、行きがかり上そうしているだけなのかもしれない。それでも心の奥がひどく暖かくてくすぐったかった。
ずっとクロードの隣にいて欲しい。
そんな願いが初めて心の中に芽生えて来る。
同時に初めて知った。
恋をした父も母も、こんな想いを抱いていたのだと。
「やあ、いらっしゃいクロード。ロゼなら今は庭園にいるはずだよ」
それからはできる限りカルヴァネス家に足を運んだ。
クロードの魂胆を見抜いたのか、出迎えるレオニールはいつもにやにやとしている。それは面白くないことではあったけれど、ロゼリエッタの体調が良い時は理由をつけて呼んでくれていたし、彼女に会えばそんな気持ちは吹き飛んだ。
ただ、ロゼリエッタの体調が良くない時も少なくはなかった。もちろん無理を通して部屋に押しかけることもできず、会えない度に彼女を守りたい気持ちが強くなるばかりだ。
お守りだと言って小さな巾着袋を渡して来たその姿に、クロードは胸がいっぱいになった。
なんていじらしく、可愛いのだろう。
愛しくて上手く言葉が出て来ない。ありがとうとお礼をようやく絞り出しはした。だが、ひどくそっけなくてぶっきらぼうな態度に見えてしまったに違いない。
お返しに何をあげたら喜んでくれるだろうか。
高価なアクセサリーはロゼリエッタの性格を思えば、きっと受け取ってもらえない。ならば普段から気兼ねなく使ってくれるような、綺麗なリボンはどうだろうか。クロードは可愛いものが何か良く分からない。だが、ロゼリエッタに似合いそうなものを探すことは楽しかった。
初めて会った日に一緒に遊んだカードゲームも、ロゼリエッタが興味を持ってくれたから隣国から取り寄せたものを贈ったりもした。
自然と母の言葉を思い出す。
大切な人と、二人で。
一方で、自らが課した戒めも胸をよぎる。
人を好きになってはいけない。
だけど、彼女と二人、静かにひっそりと暮らして行くのも良いかもしれない。いや、そうして生きたいと願ってしまった。
隣国の王位継承権はグランハイム公爵によりとっくに放棄されている。
人を好きになってもいい。
本当に、いいのだろうか。
「ロゼ――突然の話で申し訳ないけど、僕との婚約を解消して欲しい」
ずっと二人で生きて行きたいと思った。
だが、やっぱりクロードは人を好きになってはいけなかったのだ。
せめてマーガスなり別の誰かなりが、正式に隣国の現国王から王位を譲渡されるまで待つべきだったのだろう。
王位継承権がクロードに行使されることもなく、そういう権利も過去にはあったのだと、ただの肩書きになるまでおとなしくしているべきだったのだ。
でも、いつになるとも知れない出来事を待てるような余裕などなかった。その間に彼女はきっとクロードではない誰かと婚約してしまう。年頃を迎え、どんどん綺麗な淑女になって行く彼女に、婚約はできないけれど待っていて欲しいなんて言えるはずもない。
その結果、さらにひどい仕打ちをした。
王位継承を巡る醜い権力争いに利用されるのはクロード本人ではなく、クロードがいちばん大切にする相手なのだと気がついていたら、こんなことにはならなかったのだろう。
悲しそうな表情を浮かべるロゼリエッタを優しく抱きしめ、泣かせてあげることもできない。それどころか傷つけるだけ傷つけて立ち去った。最低な行動だ。
だが本当は誰かに肯定して欲しかった。
「クロード、君は幸せになっていい。人を好きになってもいいんだ」
マーガスは気休めのつもりで言っただけなのかもしれない。
それでもクロードには彼の言葉がずっと耳に残っている。
彼女を幸せにできる人間が自分であればいいと、同じくらい願っていたのだ。
仕方ない。
初めて望んだのだ。
この手の中に何か一つだけ残すことが許されるのなら、ひっそりと可憐に花開く白詰草が良いと。
クロードではないシェイドに、ロゼリエッタは時折激しい感情を見せる。
今まで言いたいことを飲み込ませていたのか。申し訳なく思うと同時に知らなかった彼女の一面もまた、クロードの心を惹きつけた。
ここを出たら、ロゼリエッタはダヴィッドの手を取って幸せになる。
共に笑って、怒って、泣いて――全てを分かち合える相手が自分であれば、良かった。
「いか……な……で」
熱を出し、朦朧とする意識の中でもクロードの服を掴んだロゼリエッタの姿が脳裏を離れない。
クロードの声が届かなくても「もうどこにも行かないよ」と、手を握り返せたら良かった。
そうしたらきっと繋いだ手から、隠し続けていたクロードの気持ちが伝わっていた。
だけど。
「資格もないのに好きになって、ごめん」
いつも握り返せずにいた小さな手の代わりに自分の手を握り込む。
手の中には、何もなかった。
中庭に出れば、ロゼリエッタはすぐにここが王城内の一角だと気がついた。
そんなに顔を合わせていないマーガスもそう評していたように、彼女は愚かな少女でも、子供でもない。
本音を言えばずっと気がつかずにいて欲しかった。だが王城の一角である尖塔を見たら気がつくと予感はしていた。
元より、マーガスに無理を通してはじめた不安定な日々だ。長くは続けられず、遅かれ早かれ二人だけの歪な生活が終わることも承知していた。
守りたいのなら、レミリアに預けてしまったらいい。
そうしたらすぐに聴取の終わる侍女とも会わせてあげられた。
なのにそうしなかったのは、永遠に会えなくなってしまう前に誰にも邪魔されることなく二人だけでいたい。クロードがそう望んだからだ。
外とは隔絶された世界で、たった一人の大切な少女を守っているのだという偽りに塗れた幸せな日々を過ごすうち、この世界こそが現実なのだと錯覚してしまいそうになる。
だがタイミングを見計らっていたかのようにマーガスから手紙が届いた。
よほど急ぎの連絡があったことは察したものの、そこには吉報と凶報の二つが書き記されてあった。
まず吉報は王弟フランツの身柄が拘束されたということだ。隣国で起きたクーデターに関与していた証拠も掴んでおり、この国の協力者の名が割れるも時間の問題らしい。
事実ならそれは喜ばしいことだ。ひいき目を差し引いてもマーガスは良い国王になる。レミリアと共に国をさらに発展させ、豊かにして行くことだろう。
だが一方で、凶報はシェイドの血の気を失わせた。
やはり彼の元にもまた、王弟フランツ逮捕の報せがもたらされたようだ。
一週間以内にクロードが王弟派の人間だと名乗り出なければ、ロゼリエッタがマーガス暗殺の実行犯である証拠を提出してその罪をあかるみにする。
スタンレー公爵からそう申し出があったと書かれていた。
アレックス・スタンレー。
かつて、彼は母の婚約者だった。
2
お気に入りに追加
403
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる