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第五章

32. 許されざる恋路の果てに

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「しかし相手が家格の同等な公爵家でね。一筋縄では行かなかった。彼らとて公爵家としての矜持がある以上は当然のことだろう。とは言え、私やマチルダの父に当たる当時のグランハイム公爵に深く頭を下げられては、どこかで手打ちにする必要があることも理解はしていた。最終的には王家に仲裁に入ってもらうという異例の事態でようやく、収拾を迎えるに至った」

 だが、と父は声をさらに低くする。
 それで終わったと言い切れない事態があったのだろう。

 十歳のクロードとて、だんだんと状況を察して来る。
 数刻前まで父親だと信じて疑わなかった目の前の人物が伯父である以上、マチルダと恋に落ちた人物が実の父親であることは間違いない。
 ところがクロードはマチルダの子ではなく、グランハイム公爵夫妻の三男として育てられている。つまり、公には出来ない相手なのだ。

「マチルダが隣国に留学していた時期があることも知っているね?」

 父の言葉にクロードは頷き返す。
 マチルダの元を訪ねた際、留学時の出来事を何度か聞いたことがあった。
 それらは時が経っても彼女の心に深く刻み込まれているのだろう。いつだって楽しそうに話し、最後にクロードの目をのぞきこんで寂しげな笑みを浮かべていた。

 今ならマチルダの行動と表情の意味も分かる気がする。
 きっと、家族の誰とも微妙に違うクロードの瞳の色は実の父親譲りの色なのだ。
 だから彼女はクロードの目の中に、添い遂げられなかった恋人の面影を見ていたのだろう。

「隣国の第三王子アーネスト殿下……かの御方が、君の本当の父君だ」

 クロードは目を見開く。
 頭を強く殴られでもしたかのような強い衝撃に、心ごと激しく揺さぶられた。

 まさか隣国の王家の血が流れているなど、一度だって考えたこともない。考える理由がないからだ。
 だが父がこんな嘘をつく必要はもっとなかった。
 クロードがいくら否定したところで覆ることのない事実を、ほとんど無理やりに飲み込んで父を見やる。

 父はクロードの様子を窺いつつ、慎重に言葉を選びながら続けた。

「アーネスト殿下にも婚約者がいたが第三王子殿下という立場上、政略的な思惑が絡みすぎている。不貞を働き、子供まで出来たことは決して些末な問題ではないが、マチルダは他国の貴族の娘だ。自国の有力貴族の令嬢との婚約を解消してまで娶るわけにはいかなかった」

 淡々と事実だけが伝えられる。
 それ故に逆に、事態の大きさを連想させた。

「しかし我がグランハイム家の判断だけで、マチルダの腹の子の処遇は決められない。マチルダは産むことを強く望んだのだからなおさらだ。我々にも、せめてその願いくらいは叶えてやりたいという思いもあった」

 クロードの組んだ指に知らず知らずのうちに力がこもった。
 気遣わしげな表情を浮かべた父と目が合う。
 大丈夫だと答える代わりに首を振った。
 隣国の王家が関わっているのなら、確かにできる限り早めに真実を打ち明けたいと思うのは当然だろう。父は間違っていない。

 そして、しっかりしているように見えて子供のクロードがそれを受けて心を揺らすことも普通の反応だった。

「隣国の国王陛下も交えた話し合いの末に、アーネスト殿下とマチルダとの間にあったことは全て伏せられる方向に取り決められた。王族の血を引くことにより発生する王位継承権も当然、放棄することと相成った。それが互いに出来る最大限の譲歩であり、陛下の恩赦でもある」

 おそらく、隣国の王家側としてはマチルダの出産は避けたいものだったに違いない。
 アーネストにはすでに政略で定められた婚約者がいる。マチルダの実家が隣国の大貴族であろうと、正式な婚約者にすげ替えることは体裁の問題もあってできなかった。そして隣国の大貴族だからこそ、側室に召し上げるというわけにもいかない。

 どうあっても伴侶になれない二人の間に生まれる子供は男児であれ女児であれ、存在があかるみになれば継承を巡った火種となるのは目に見えている。
 それでも恩赦の余地を与えられたのはアーネストの立場が第三王子で、なおかつ王位を全く望んではいないからだ。もしも彼が王太子だったなら隣国の王家は冷酷な措置を下していただろう。
 そして父いわく、王太子夫妻に男児が生まれたばかりという状況も良い方向に作用した。

「アーネスト殿下と添い遂げさせることも叶わず、別れた後にマチルダは身重のままグランハイム家に戻った。そうして生まれたのがクロード、君だ。予定通り私の妻が身籠ったように偽装し、グランハイム公爵家の三男として育てられることになった」

 幸いなことにクロードの目元はマチルダに、グランハイム公爵に少し似ている。公爵家の血が入っていること自体は事実なのだから、当然と言えば当然だ。
 それでも両親のどちらとも違う目の色ばかりは誤魔化しようがないが、公爵夫人が母方の祖父と同じ色だと公言すれば、誰も異論を唱えることは出来なかった。

「大事件が起きたのは、その矢先だ」
「大事件とは?」
「アーネスト殿下が馬車の事故で亡くなったとの報せがもたらされたのだよ」

 ほんの一瞬、クロードの呼吸が詰まった。
 彼の置かれている立場を思えば、その疑いが出るのは当然だろう。父も苦々しい色を目に宿して先を続ける。

「本当に事故だったのか。それは誰も知らない。グスタフ王太子殿下やアーネスト殿下と対立していた第二王子フランツ殿下が疑われはしたものの、彼が働きかけたという証拠も何一つ挙がらなかった。それっきり――殿下の葬儀に参列を許されることもなく、隣国の王家と我がグランハイム公爵家は一切の繋がりを持たずにいる」

 真実を知っても、クロードはやはりグランハイム公爵家の三男だということに変わりない。もちろん隣国との接点も持ってはいなかった。

 そして大人になるにつれ思うのだ。マチルダは誰にも悟られることなくゆっくりと、けれども着実にアーネストの後追いをしたのではないかと。
 もちろんそれは結ばれないままに儚くなった実の両親に対し、クロードが感じているだけに過ぎない。だが祖父や父もそう思っているような節はところどころ窺えたのも事実だった。

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