上 下
17 / 42
第三章

16. 不安定な立場

しおりを挟む
 機動力を優先としているのか。先程まで乗っていた馬車と比べると、かなり小型で内部も狭い。素っ気ないと表現してもいいほどに内装は簡素なもので、窓もなかった。
 そのせいだろうか。四方から押し潰すような圧迫感があるような気がする。

(まるで、小さな監獄みたい)

 でもその認識は強ち間違いではないのだろう。
 少なくとも彼らにとってのロゼリエッタは重罪人に他ならない。それでも馬車を用意してくれただけ、丁重な扱いを受けているのかもしれなかった。

 どこをどう移動したのかは分からないまま、目的地らしい場所へ到着したのは明るい陽の光がまだ差し込む昼間のことだ。
 もっとも、太陽は天頂より西側に移動しているのを見るに数時間が経過しているらしい。

「ここは……?」

 馬車から降ろされ、自然と疑問がロゼリエッタの口をついた。

 やってもいない罪ではあるけれど、あの衛兵の言い分によればロゼリエッタはマーガス暗殺を企てた重罪人のはずだ。てっきり牢に入れられるものだと覚悟を決めかけていたのに、連れて行かれた場所は小さな屋敷の前だった。

 小さいと言っても、外装はかなり手が込んでいるのが一目で見て取れる。
 馬車が通って来たと思しき石畳の先にある門扉は頑丈そうなものだったし、レンガ塀も侵入者を防ぐ為だろう。ロゼリエッタの背丈より遥か高く積み上げられている。それなりに身分の高い人物が所有する屋敷なのだと一目で分かる造りだった。

「母が、生前住んでいた屋敷です。あなたにはしばらくここでおとなしくしてもらいます」

 クロードの母であるグランハイム公爵夫人は、もちろん今もまだ健在している。ならばクロードと騎士はやはり別人だということだ。――その言葉が真実であるのだとしたら、の話ではあるけれど。

「クロード様、なのでしょう……?」

 馬車の中で何度も口にしかけては飲み込んだ言葉をようやく口にする。
 夜会でのスタンレー公爵の言及には明確な答えは示されなかった。けれど今なら、二人しかいない今なら答えてくれるかもしれない。

「あなたの婚約者だったクロード・グランハイムは隣国で亡くなっています。もう二度と帰ることはありません」

 その淡い希望もたやすく裏切られた。
 クロードの瞳と声で、騎士はクロードではないと否定する。

 夜会ではよほど目の色を見せたくなかったのか。
 不自然なまでに長かった前髪も、今は目が見える程度に切り揃えられている。
 ロゼリエッタは勇気を出してその目をのぞきこんだ。仮面越しに見つめる緑色の目は良く知るものと同じはずなのに見たことがない色に見えた。

 他人に向けるような視線は仮面を隔てているせいだと思いたい。硬質な印象はあくまでも仮面から受ける印象なだけでクロードの、目の前にいる騎士がロゼリエッタに抱いている感情ではないと、信じたい。

 だけど結局、耐えきれずに顔を背ける。

「どうして、そんな嘘を仰るのですか。だって」

 今、私の目の前には。

 ロゼリエッタが真偽を知る術はない。だからどうとでも説明できた。
 そう考えて、何らかの事情で姿を変えたクロードだと思っている人物の言葉を疑っている自分に気づく。
 結局のところ、自分にとって都合の良い事実が欲しいだけなのだ。この場所を彼がグランハイム家の所有物だと説明していたら、彼がクロードと同一人物だと何の疑いも持たずに確信を持ったに違いない。

「もし逃げ出したいのなら実行に移したとて止めはしません。お嬢様育ちのあなたが誰の手も借りず、知らない場所から無事に家まで戻れると思うのならご自由になされば良いでしょう」

 ロゼリエッタは俯いた。
 逃げ出すなんてことはまだ考えてもみなかった。
 だけど、逃走を試みたところでどうなるのか。世間知らずなロゼリエッタ一人では騎士の言う通り――あるいはもっとひどい現状になるのだろう。それこそ、あの衛兵が並べ立てた"筋書き"のようなことだって普通に起こり得るかもしれない。

 貴族のお嬢様が見くびって甘い考えを抱かないよう、先に現実を突きつけたのはきっと、正しいのだろう。
 アイリもいない現状、ロゼリエッタ一人で何ができるというのか。

「――こちらへ」

 さすがにきつく言いすぎたと思ったのか、騎士は一瞬だけロゼリエッタを見やった。
 すぐさまきびすを返し、門から玄関に至る小径を先立って歩きはじめる。このまま一人で立ち尽くしているわけにも行かない。ロゼリエッタはその背を追った。

 手を伸ばせば簡単に届く距離なのに、けれど騎士は触れることを拒んでいる。
 泣いたら、また手を差し伸べてくれるのだろうか。

 ただ触れて欲しいが為だけの未熟な考えが脳裏をよぎった。
 本当のロゼリエッタはまだ子供だ。
 それが精一杯背伸びしても、手を伸ばしても、クロードに届かなかった。だけど子供であることを隠さずにいたら、逆にクロードが手の届く高さにしゃがんでくれていただろうか。

「代わりに、この屋敷の敷地内なら自由に振る舞って下さって結構です。ただし庭の散策はお一人ではなさいませんよう」
「お庭を見たい時は、どうしたら良いのですか」

 小径の両側には綺麗に手入れされた庭が広がっている。遠目にも色とりどりの花々が咲いているのが見えた。おそらく白詰草は植えられていないだろうけれど、それでも綺麗な花を鑑賞したら少しは気分も明るくなる気がした。

「僕に言って下されば時間のある時にお付き合いします」

 ロゼリエッタは目を瞠った。
 これではまるで、客人のような扱いではないか。もちろん咎人と決められて手酷い扱いを受けたいわけではない。けれど連れて来られた経緯からは信じられないほどの好待遇だった。

「よろしいのですか?」
「週に一度くらいなら構いません」

 さらなる願いが湧き出て来る。
 言ったら嫌われるかもしれない。
 でも、そんなことは今さらだと思い直して躊躇ためらいがちに口を開いた。

「それは、あの、一日だけなら毎週でも?」
「ロゼリエッタ嬢がそのように望まれるのでしたら」

 望むことが叶えられる。
 ささやかな事実は、けれどロゼリエッタの心に大きな光をもたらした。もっと満たされたくて、当然のように次の願いも叶えて欲しくなる。そんな自分が浅ましいと恥じる気持ちはあったけれど止められなかった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...