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淫らな熱  ☆

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 バスルームで湯浴みを済ませ、ガウンを纏って戻って来ると、先に湯浴みをしたレオナルドは神妙な顔でソファーに腰を下ろしていた。
 おそらくはまだ、どうにかして別に寝る方法がないか模索しているのだろう。一緒の部屋に寝泊まりすると決まった以上、非常に往生際が悪く、理性的なものだ。

 眠る準備は終えてもレオナルドが何か別の案を思いついてしまうかもしれない。
 そうでなくても夜は短く、フランチェスカは小さく折り畳んだ油紙の包みをカバンから取り出した。
 訝しげなレオナルドの視線を受けながら、何食わぬ顔でテーブルに用意された二つのティーカップに分けるふりをして水を注ぐと丁寧にかき混ぜた。一見、疑う余地のない透明な液体が入ったカップの一つをレオナルドに差し出す。

「今日は本当にお疲れ様です。こちらはいつも私が飲んでいる薬湯ですの。疲れが取れて、朝までよくお休みになれますわ」
「ありがとう、聖女殿」
「お礼などとんでもございません。一週間ほどではありますが、巡礼ははじまったばかりですものね」

 本当にただの薬湯だと信用させる為、フランチェスカはカップに口をつけてみせた。自分が持つカップの中身は何も混じってない単なる水だ。それでも乾いた身体に染み渡っておいしく感じる。一心地ついて笑みを浮かべればレオナルドも穏やかな笑みで応えてくれた。
 少なくとも今夜はアルコールなり薬なりでさっさと寝てしまうのが得策だと考えたのだろう。一息に飲み干し、カップをテーブルに戻そうとして倒してしまった。

「早速、薬湯が効いて参りましたのね。さあ殿下、ベッドへ」
「――すまない。これでも鍛えているつもりだったのに……情けないな」

 苦笑いを浮かべるレオナルドに肩を貸してベッドに辿り着くと、力尽きたように倒れ込んだ。
 何とか仰向けの体勢にさせると眠るように目を伏せる。毒物は一切使ってないと聞いてはいるけれど効果が効果なだけに不安になった。もしも異変が起きたらすぐに治癒魔法をかけられるよう、口の中で小さく詠唱の言葉を紡ぐ。

 ほんの一瞬、レオナルドの身体が跳ねた。

「殿下……」

 聖女にあるまじき不埒なことを願ったから神罰が下ろうとしているのか。
 でもそうだとしてもレオナルドは被害者だ。その結果フランチェスカがいちばん傷つくことになるからと、彼が害されることなどあってはならない。
 神罰を下される聖女の癒しにもはやどれだけの効果があるのかは分からないけれど、レオナルドへかざそうとした手が止まった。

 白い光に包まれたかと思えば少しずつ引いて行く。
 手足がわずかに縮み、目を閉じていても分かるほどに顔つきが青年から幼さを帯びた少年のそれへと変化しはじめている。受け取った時に説明を受けてはいても、効果を目の当たりにしてフランチェスカは驚きに目を見開いた。

 二十歳のレオナルドは女性の肌をすでに知っているかもしれない。
 そう思うだけで気が狂いそうなほどの強い嫉妬が沸き上がり、抑えられなかった。
 たとえ一方的な想いからの繋がりでも、フランチェスカの知るレオナルドの面影を残しながら、女性を知らないレオナルドがいい。
 だからこのくらいの年齢を選び、愚かな振る舞いだと分かっていても使用を禁じられた薬に縋ろうと思った。

「ごめんなさい、殿下」

 形ばかりの謝罪を口にし、起こしてしまわないよう気を配りながらもサイズの合わなくなったレオナルドのガウンから腰紐を引き抜く。
 両手首を取ると頭上へと掲げ、腰紐で一纏めに結んでヘッドボードにくくりつけた。ふとした弾みで解けてしまわないよう、結び目に魔力をくわえて強化することも忘れない。

 不自然な体勢に、レオナルドはじきに目を覚ますはずだ。
 その時、どれだけ軽蔑のこもった目を向けられるのだろう。

 初めてレオナルドと引き合わされたのは四年前、彼が視察に訪れた時だ。視察自体はそれまでにも何回か行われていたようだけれど、フランチェスカとの対面は果たされずにいた。
 まさに絵に描いたような王子様であるレオナルドに、フランチェスカは簡単に恋に落ちてしまった。そして決して報われない初恋であることも瞬時に悟っていた。
 特別親しい間柄だったわけでもない。でもレオナルドはフランチェスカを女性として、聖女として敬い、誠実に接してくれていた。

 少なくともフランチェスカには特別な思い出であるそれらを全て失うと思うと胸が軋む。
 けれど、何もしないでいたらレオナルドはいずれ美しい令嬢を正妃に娶り、永遠に手の届かない存在になる。

 もう引き返せはしなかった。



  □■□■□■□■



 素肌を曝したフランチェスカはベッドに上がり、レオナルドの全身を眺める。

「――まあ」

 思わず感嘆の声がこぼれた。彼のガウンの腰の辺りが不自然に大きく盛り上がっている。

 疲労を癒やす薬湯と偽って飲ませたのは、特殊な効用を持つ薬草が材料になっているという意味では薬湯と言っていいのかもしれない。ただし存在をほとんど知られていない、身体の年齢を一時的に退行させる働きを持つ尋常ならざるものだ。

 もちろんそんな危険極まりない効果を持つ薬など一般には流通していない。
 それどころか実年齢よりも身体が幼くなると魔力のバランスが取れず、魔術がまともに使えなくなることから使用を禁止されている違法の薬だ。
 それでも調合できる人間はわずかながら存在している。神殿お抱えの薬師もそのうちの一人だ。王太子に使うつもりだとは言わず、旅の途中で万が一の護衛用に持っておきたいと秘密裏に調合してもらった。

 口から服用するタイプの薬物が、咄嗟の危機にどんな護衛の役割を果たすのか。
 疑わしい言い訳にも薬師は何も言わず薬を調合してくれた。もっとも、場合が場合だ。フランチェスカが神殿から命じられた"もう一つの役割"を知っていたと考えれば納得が行く。

「殿下も、殿方だったのですね」

 口にすると勝手なものでフランチェスカに欲情してくれているのが嬉しい反面、レオナルドが女性に欲情したことにがっかりしてしまう。
 清廉な王太子には清らかなままでいて欲しかった。
 がっかりしているのはきっと、フランチェスカの身体でなくてもレオナルドは欲情していたに違いないからだ。そして、他の女性と肌を重ねた経験の否定もできなくなった。

 自分の中でとても綺麗なものに包まれていた遠い存在も結局はただの男だったのだ。
 汚すことを望んでいたのに、汚せてしまう存在であったことが苦しい。

 フランチェスカにも、誰にも、情欲を抱かないでほしかったのに。

「聖女殿……僕に一体何を飲ませた?」
「薬湯と偽ったことは深く謝罪致します。殿下のお身体の年齢を、五歳ほど若返らせていただきました」

 薬物の正体を知ったレオナルドは複雑な表情を浮かべた。口にさせられたものが安全な薬か危険な毒かを計りかねている、そんな顔だ。フランチェスカが何を思って実行したのか分からない以上、当然の反応だろう。レオナルドはフランチェスカを信用していて、もしかしたら命を奪われていた可能性もあったのだから。

 飲ませたのは催淫効果をもたらす媚薬でも何でもない。
 媚薬も考えたけれどフランチェスカはレオナルドの肉体年齢を戻す薬と媚薬とを天秤にかけ、前者を選んだ。
 愛してもいない相手を抱きたくないと拒まれるのであればそれでもいい。それはある意味、フランチェスカが恋するレオナルドの姿だったからだ。

 神殿からの命令にしたって、こうして一部屋で過ごすと決まった時点で果たせている。身体を使って篭絡させるよう命じられてはいない。部屋で起きた出来事は全てフランチェスカの意志によるものだ。
 そしてレオナルドはフランチェスカの肢体に興奮を覚え、硬く屹立させている。

「何故僕にそのような薬を」
「お答えできません」
「神殿の差し金?」
「いいえ。私個人の判断です」

 問われると思っていた疑問に予定通りの言葉を返す。何の実もない応答に話にならないと思ったのだろう。レオナルドは冷静さを取り戻そうと大きく息を吐いた。

「放っておけば、じきに収まるから」
「そう仰られても殿下は苦しそうにしていらっしゃいますわ」
「僕を……見ないで、くれ」

 自らの身体だ。何が起きたのか、他でもないレオナルドがいちばんよく分かっているだろう。
 一体、どちらが貞操を重んじているのか。
 もっとも王太子の子種など、そうおいそれと軽々しく振り撒いては後継者争いに発展するのが目に見えている。
 だからレオナルドの反応はこれ以上なく正しい。

 苦々しげに振り絞る声に、フランチェスカ自身も気がついていなかった嗜虐心がくすぐられる。
 場に不似合いな、涼やかな笑い声がこぼれてしまった。

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