【R18】破滅の王子は無垢な天使に跪く

瀬月 ゆな

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異母弟

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「レ……あなたは、ベッドで寝ないの?」

 いつも通り抱くだけ抱いて身体を離すと、表情や呼吸に絶頂の余韻を残す天使の女が躊躇ためらいがちにそう尋ねた。

「あれだけ何度もイッたのに、まだ物足りなくて誘っているのか」
「そうじゃなくって……!」

 羞恥と怒りで女は頬を染め、ほんのわずかに唇を尖らせた。
 こんな表情もするのか。
 今は羽をしまっているせいもあり、すねたような顔は人間の少女にしか見えなかった。

 女は裸体を曝してベッドに横たわったまま、目の前の広いスペースを叩く。

「大きなベッドだもの。一緒に眠ったって落ちたりしないわ。――あなたも、ずっとソファーで眠っていたら体調を悪くしてしまうでしょう?」

 行為の最中にレイジの名前を呼んで以来、女はそれ以外の時も名前を呼びたそうな様子を見せる。
 レイジという名前には何の思い入れもない。好きなように呼べばいいと思うが、面と向かって教わっていないことが気後れさせているのだろう。だが、いちいち言葉が途切れるのも鬱陶しい。

「名前なんか好きなように呼べばいい」
「え?」
「リュシフェルから俺の名前を聞いているんだろう」
「あ……。ごめんなさい。私、勝手に呼んでしまっていて」

 女は申し訳なさそうに視線を落とした。

 凌辱などという比較にならないほどひどい仕打ちをしたレイジは、女に謝罪していないし謝罪する気もない。
 それに、好きに呼べばいいと言っているのだ。謝罪をさせたいわけじゃない。

「好きにしろと言っている。同じことを何度も言わせるなら呼ぶんじゃねえ」

 女はレイジの機嫌を損ねることを最も恐れている。弾かれたように顔を上げ、何度もかぶりを振った。

「――レイジ」

 許可を得てもなお、躊躇った様子で口にする。
 そして。

「レイジ」

 何かが吹っ切れたのか、今度は柔らかな笑みを浮かべながら言った。

 途端にレイジの心がざわついた。
 名を呼んでいいなんて言わなければ良かった。
 淡く美しく花開き、心地良い鈴の音を鳴らす様を目の当たりにして後悔する。

「私、は……フィーナ、です。その、レイジが呼んでくれることはないと思うけれど」

 ごく小さな舌打ちは女の耳には届かなかったようだ。はにかみながら名乗り、再びシーツを軽く叩く。

「あの、私、寝相は悪くないと思うから、ここにどうぞ。そもそも、レイジのお部屋のベッドだし……ずっと占領していてごめんなさい」

 今まで、眠るという最も無防備になる瞬間に、誰も隣に置かなかった。
 置けばきっと、思い出したくない柔らかで、温かくて、優しいものを思い出す。
 思い出せばきっと、レイジは変わって行く。
 だから誰だろうと意図的に遠ざけていた。天使の女を部屋に連れ帰りはしても、レイジにとってはある意味最後の砦を守る為にソファーで夜を明かしていたのだ。

 だがレイジの精液をその薄い胎に満たした《夜の魔女リリス》が、貞淑な仮面を被り、誘っている。ここに、この気持ちの・・・・良い場所・・・・においでと、そのしなやかなかいなを広げてみせる。

 名前を呼ぶ呼ばないに続いて、ベッドで寝る寝ないの押し問答も面倒だ。
 色々な建前や言い訳をつけ、自分のベッドに仕方なしに上がった。
 その瞬間、何かが足に絡みついたような錯覚を覚える。

 しかし、正体不明の重くじっとりとした"何か"を振り払えない。

「――何故くっついて来る」

 ただ同じベッドで寝る程度かと思っていたが、フィーナはまるで腕枕をせがむように懐に入って来る。そのうえ、レイジの言葉こそがおかしいとでも言いたげに目を瞬かせた。

「だってその方がもっと暖かいもの。暑くなったらお互い勝手に離れて行くし、いいでしょう?」
「寒いなら何か着たらいい」

 それだけ眠いのか無頓着なのか、フィーナはすべらかな裸身を曝したままだ。白い肌のところどころにレイジが散らした小さな赤が、花弁のように鮮やかに映えている。
 素裸に袖のないワンピースを着たところで暖かく眠れるとは思えないが、何も着ないよりはマシだろう。
 まともな正論にも、太い黒皮の首輪がはめられたフィーナの首は縦には振られなかった。

「裸だからとか、そういう話じゃないの。――気持ちの、話?」

 レイジに何をされたか忘れたはずもないだろうに変な女だ。
 いや、許したふりをしてレイジに媚びを売れば、危害をくわえる者は誰もいない。身を守る為の最善で賢い選択だった。だがイライラと舌打ちをしたくなる。

「おやすみなさい、レイジ」

 苛立つレイジには構わず、存分に眠気を纏わせた声で言うとフィーナは目を閉じた。疲れていたらしく、すぐに穏やかな寝息を立てはじめる。
 天使という存在はこういうものなのか、それとも、フィーナがとりたてて愚かなのか。
 リュシフェルは神の呪いだと称していたが快楽に弱く、ベッドで乱れる様を思い出しながら後者だと結論づけ、レイジもまた目を閉じた。

 暑くなったら勝手に離れる。

 フィーナはそう言っていたが、翌朝になってもレイジにくっついて眠っていた。そして――レイジも離れることはなかった。




 初めて真っ当な意味で女と寝た日の午後、レイジは王家の招集を受けて王城に足を運んだ。
 どうせ自分たちの手に負えないか、手を汚したくはない問題が発生したのだろう。だが、そうした時に都合良く手を汚させる為の存在がレイジに他ならなかった。

「久し振りですね、兄上」

 目的のサロンに向かう途中、後ろから何者かが声をかけて来る。相手になどしたくもなく、レイジは舌打ちしたい気分を抑えながら振り向いた。

「久し振りだな、アレク」

 声をかけたのはやはり、レイジと一歳違いの異母弟アレクだった。卑しい生まれと口さがない連中に陰口をたたかれるレイジとは違い、正妃の胎から生まれた正統な王子である。

 アレクは父親譲りの精悍な顔を屈託なく綻ばせ、気さくな様子でさらに言葉を続けた。

「前回の招集以来ですから、おおよそ三か月振りでしょうか」
「ああ」
「お変わりはありませんでしたか?」
「ああ」

 母は違えど血を分けた兄弟としてそれなりに友好な関係を築こうとするアレクに、レイジはただ短い言葉を返す。

 今にはじまったやりとりでもない。
 ずっとそうだ。レイジが変わる・・・前から、兄弟だからと言ってアレクと親しくする理由はなかったし、親しくなりたいなどと思ってすらいなかった。
 だがアレクは熱心に話しかけて来る。傍から見れば"邪険に扱われようと腹違いの兄を気遣う清廉潔白な弟王子"のできあがりだ。それを狙っているのか知らないが、レイジの対応がどうであろうとアレクが損をすることはない。

「招集をかけられた理由を兄上はご存知ですか?」
「いや」
「では何でしょうね。良くない話でなければ良いのですが」

 中身のないやりとりはサロンに着くまで続いた。サロンには縦に長いテーブルと五脚の椅子が置かれ、レイジは部屋の奥のひときわ豪奢な椅子側から見て右奥の椅子に着席する。
 アレクはレイジと同じ列にして、より国王に近い左隣の椅子に腰を下ろし、それきり話しかけては来なかった。少しの時間を空け、宰相と近衛兵長とを従えた国王が姿を見せれば全員が出揃ったことになる。

「本日の招集に時間を割かせ、感謝する」
「滅相もございません、陛下」

 国王が玉座代わりの椅子に座れば、宰相と近衛兵長とがレイジやアレクと向かい合うように席につく。他の面々を見渡し、国王は本題を切り出した。

「本日貴公らに集まってもらったのは他でもない。昨日、《天界》より送られた密使から非公式の協力要請があったのだ」
「非公式の協力とは……? 一体どのようなことでしょうか?」

 この場で協力要請の内容を知らないのはおそらくレイジとアレクだけだ。故にアレクが質問を口にする。それに対し、アレクの正面に座る宰相が立ち上がった。

「《天界》からの要請に関しては陛下に代わり、わたくしからご説明致します。《天界》を統べる天使長の妹君が、数日前より行方知れずとなられているようです。その捜索を手伝って欲しい、と」

 そして密使に渡されたものだろう。一枚の紙をテーブルに広げてみせた。
 見ずともレイジには何が書かれているか察しがつく。アレクが鋭く息を飲み、宰相に新たな疑問を投げかけた。

「こちらの可憐な女性が、その妹君だと?」
「お察しの通りにございます。こちらが《天界》で探されている天使長ミハエル様の妹君、フィーナ様のお姿だそうです」

 やはりフィーナがそうであるらしい。
 店主の話が事実なら、一部の人間たちが天使を愛玩としていることも《天界》は突き止めたのだろう。
 フィーナもまた悪い人間に掴まり、愛玩とされている可能性を危惧したに違いない。レイジの元での扱いを見れば、その悪い予感も強ち外れているわけでもなかった。

 そしてフィーナは他ならぬ天使長の妹だ。騒ぎにならないよう秘密裏に捜索していたが手がかりは掴めず、手遅れになるよりはと止むを得ず王家の手を借りることにしたという次第だろうか。

 だが、あれ・・は《下界》にいる限りレイジのものだ。
 《天界》が血眼になって探そうと渡しはしない。

「事情は分かりました。何か情報が入ったら、すぐさま父上に知らせますよ」

 そう言ってレイジは立ち上がった。
 口調こそ穏やかなものを装ってはいるが、敬意の感じられない態度に国王は厳しい目でレイジを見やる。しかし父でもある国王を畏怖の対象として見ていたレイジは、とうの昔に母と共に死んだ。

「これにて今回の招集の目的は果たされたと思います。――では」

 サロンにいたのは登城にかかった時間の半分もない。
 かつての栄華もどこへやら、今や失墜しつつある国王の威厳を示す為には王子だろうと、命令一つで時間を割かせる必要もある。大抵の場合は招集などかけずとも、その書状に用件を記せば済む話だ。国王の面子などという、くだらないものを守る為の茶番に乗ってやっただけでも十分だろう。

「兄上」

 サロンを後にするレイジをアレクが呼び留める。

 今度は聞こえていないふりをした。

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