【R18】破滅の王子は無垢な天使に跪く

瀬月 ゆな

文字の大きさ
上 下
8 / 21

裏側に潜むもの

しおりを挟む
 太陽が出ている昼間でも薄暗い裏路地を一人で歩く。
 この国は物乞いがいるほど貧しい国ではないが、だからと言って治安が良いわけでもない。大通りを少し外れたら、そこにはあきらかに光の当たる表側とはまるで違う光景が広がっている。

 柄の悪い男たちが我が物顔で闊歩し、夜になれば安っぽい娼婦が客を求めて媚びを売ることも珍しくない。頑丈故に年月を感じさせる石造りの建物のほとんどは窓がなく、あったとしても鎧戸が固く閉まっているのが大半だった。民家なのか、あるいは何らかの店なのか、外装を見ただけでは判別できない。

 だが王族のレイジが足を踏み入れるように、いわば必要悪とも言うべき場所だった。王家の監査が入るにしても形式上のものでしかない。全貌を把握したうえで、あえて見逃しているということだ。

 裏を返せばそれは、把握はできても掌握できるだけの力が王家にはないことを意味している。この辺りを牛耳る者たちの力があまりにも大きくなったせいもあるし、王家の威光が弱くなったのもそうだ。
 表面上の平穏は保たれている。だが、いつ崩れるともしれない砂上の楼閣に等しい。この国自体が、そうであるように。

 レイジは苔むした暗灰色の建物の前に立ち、ノックもせずドアを開けた。
 光が差し込まない狭い空間は、魔力で作られた淡い光が地下への階段をぼんやりと照らしているだけだ。何の迷いも躊躇いもなく階段を下り、さらに現れたドアを開ければ広々と明るい部屋に出る。

「これはこれは。いらっしゃいませ、殿下」

 剣や銃と言った、地下にしまい込むには相応しい物騒な品々を背に、痩せぎすの中年男が木製のカウンターの向こうに座っていた。
 この店の主である。男は売り物であろう銃の手入れをしながら、剣呑に光る吊り上がった目をレイジに向けた。

「そろそろおいでになられる頃合いだと思っておりました」

 細長い木箱を二つ取り出し、カウンターの上に置く。
 レイジは無言で歩み寄ると箱の中身を確認した。いつも通り上の箱には漆黒の、下の箱には純銀の弾丸が、二列に並んで計三十六本ずつ収められている。

 弾丸に込められているのはレイジの魔力でも、弾丸そのものは作れない。だからこうして買う必要があった。
 特殊な弾丸は扱える人間が少なく、決して安い品ではない。だが支払うのは王家だ。常に死と隣り合わせの狩りをしてやっている以上、必要経費である弾丸程度で渋い顔をされる覚えもない。

「――待て」
「こちらのご用意した品に何か不都合が?」
「いや、そうじゃねえ」

 確認を終えた店主が紙に包んで渡そうとするのをレイジは制止した。

「漆黒の弾丸をもう一箱くれ」
「純銀の弾丸はよろしいのですか」
「漆黒だけでいい」
「では新しくご用意致しますから、少しお待ちを」

 店主は探るような目を向けた。
 弾丸が二種類あるのは威力を発揮する相手が違うからだ。純銀の弾丸は悪魔や大抵の人間を貫き、対して漆黒の弾丸は天使を射抜く。

 つまりレイジが漆黒の弾丸だけを多く欲しがるということは、天使たちと事を構える状況が起こりうるかもしれないということだ。
 弾丸を買うことで情報を吐いてしまうが、自分で用意できない以上は仕方ない。あの天使の女がレイジの手元にいると《天界》側に知られた後では遅いのだ。

 そして勘繰るのは勝手でも、売り物状態になっていない情報を得ようとするのはこうした商売ではマナーに反する。
 店主も当然心得ており、何も聞かずに後ろのドアから倉庫として使っている奥の部屋に行った。

 待っている間、店を見渡す。

 この店に初めて来たのは十八歳の時だった。
 父である国王から悪魔や天使を狩ることを命じられ、途方に暮れながらも力を得るための手段を探し回り、辿り着いたのがここだ。

 様々な武器や薬品には見向きもせず、主にレイジが買うものは弾丸だが、それだけじゃない。真っ当な手段では手に入らない情報も、ここには色々と集まっていた。高い金を払って得ようと、その真偽は自らで確認する必要はあるが。

 ふと、レイジの視界を見慣れないものがよぎった。
 首輪だろうか。
 太い黒皮の中央にはめこまれた大きな水晶が、不思議なきらめきを放っている。まるでレイジに買えと訴えているようだ。

「最近、一部のお貴族様や豪商たちの間で、悪魔や天使を飼うことが流行りはじめていましてね。その水晶がお互いの言葉を変換してくれる仕組みになってるんですよ」

 レイジの目線を追ったのか。弾丸の詰まった箱を手に戻って来た店主は、下卑た笑みを浮かべながら言った。
 対天使用の弾丸を多く欲しいと頼んだことと併せ、長年務める商売人の勘はレイジが天使を相手に何らかの諍いを起こすと見抜いたに違いない。
 だが、今の時点ではただの情報だ。誰かが高額を支払ってまで得たいと思わなければ何の価値もない。

「殿下も天魔狩りの際に生け捕りにされてみてはいかがです。今なら需要もピークに達しつつありますからね、高値で買い取らせていただきますよ。――特に美しく貴重な天使の女なら、さらに弾みましょう」

 金になる情報の嗅ぎつけることはやはり上手い。新しい取り引きを素早く提示して来た。

 レイジの元にはまさに、美しく無垢な天使の女がいる。
 だがもう少し貪って、飽きたら売り飛ばす――そんな気にはならなかった。

『お前が中に吐精したのも、同じ女を続けて二度抱くのも初めて見た』

 天使の女に烙印を施そうと思いつき、代わりとなるものを探しに文机に向かう途中でリュシフェルに言われた。
 どちらも自分の意思でしたのは確かに初めてだった。

「――おや。殿下は女遊びに関しては淡泊な方だと思っておりましたが」

 首輪をカウンターの上に置き、購入の意思を示すと店主は驚いたような顔をした。
 いかに顔が広く、あらゆる情報を手にする店主と言えど、昨夜のことは誰も知らないし知りようがないはずだ。だからレイジも店主の情報でさも興味を持った体で会話を断ち切る。

「余計な詮索はするな」
「これは失礼。ですが――殿下のお目に適わなかった天使がおりましたら、どうぞよしなに」

 店主はわざとらしく揉み手をし、ふと何かを思いついたかのようにカウンターの引き出しからビンを取り出した。
 頼んだ覚えもないものにレイジは顔をしかめる。拳大の大きさのビンには赤黒い液体が上の方まで詰められており、ろくでもない代物の雰囲気を漂わせていた。

「ほんのサービスですよ。殿下がもし天使の女を捕らえて楽しむ・・・際に、きっとお役に立てるでしょう」

 そして軽くビンの中身の説明をする店主には何も言わず、言い値の倍近い金を払ってレイジは店を後にした。




 歩いて離宮に戻るとリュシフェルの姿はなく、女はベッドで眠っていた。
 あれからずっと眠り続けているのかと思ったが、羽が消えているし乱れていた髪も綺麗になっている。そして、レイジの黒いシャツを勝手に着ていた。

 まるで胎児のように丸まって眠る身体を仰向けにさせると、女の目が少しずつ開いて行く。
 抵抗されたとしても簡単に屈服させられる自信はあるが、レイジは買って来たばかりの首輪を手早くはめた。
 太い皮は女の細い首の半分以上を占め、レイジの征服欲を満たす。同時に劣情が鎌首をもたげ、無意識のうちに唇を舐めていた。

 何も知らない女の目が完全に開き、視線が交わる。その瞬間、首輪にはめ込まれた水晶がまばゆい光を放った。

「きゃ……!」

 驚いた女が悲鳴をあげる。鈴の音に似た高い音が、悲鳴として認識できた。レイジの反応に女も異変に気がついたのか、大きな青い目を丸くしている。

「私……。声、が……?」

 細い指が、違和感を与えているであろう自らの首筋をなぞった。おそるおそると言った様子で首輪と、通常の輝きに戻った水晶に触れる。
 その指の白さと黒い皮のコントラストがひどくなまめかしい。レイジは強く掴んだら折れてしまいそうな両手首を掴み、ベッドに強く抑えつけて唇を重ねた。

「ん……っ」

 戸惑いの色をにじませた甘い声が耳をくすぐる。
 もっと声をあげさせたくて、その吐息すら奪いたくて、小さな舌を絡め取って吸った。逃げる舌を執拗なまでに追い回せば、女の身体から力が失せて行くのが伝わって来る。

「いや……。やめ、て……っ」

 吐息の合間に漏れる、そんな弱い言葉でやめさせられるはずがない。
 女にできることは諦めて受け入れるか、自分から望んでいるかのように心を偽ることだけだ。レイジは右手で女の後頭部を支え、逃げられはしないと教え込む。

「ぁ、ふ……」

 何度も何度も、女なんか飽きるほど抱いて来た。
 レイジが望めば、望まずとも女はいつだって自ら足を開いて腰を振った。だから不自由を覚えたことも、堕として服従させてやろうなんて欲情を抱いたこともない。

 なのに目の前にいる女は、レイジの雄としての本能をひどく煽った。本当は天使の皮を被った《夜の魔女リリス》なのではないかと錯覚さえする。
 その無垢な肢体に大蛇を絡ませ、男を食い者にする淫らな魔女を外側に引きずり出すよう、性急な仕草でボタンを外す。

「おとなしく、しているから……痛くは、しないで」

『――、僕は、傍にいますから――』

 弱々しい懇願に十二歳の自分の諦念に満ちた声が重なった気がして、レイジは幻影を振り払うように女の胸に顔を埋めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...