私を忘れたはずの王子様に身分差溺愛されています

瀬月 ゆな

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おまけ話色々

苺の馬車とお姫様(本編終了後カイル視点)

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 約三か月振りに足を踏み入れた自分の部屋の机には、書類の束が山のように積み上げられている。
 今後の為に今どうしても片付けておかなければならないそれらを、カイルは眉間にらしくもない深いしわを刻みながら次々と処理していた。

「そういえば、カイル様はご存知ですか」

 承諾のサインが記された書類をカイルから受け取っては椅子の上に積み重ね、ディアスが声をかけて来る。

 実際にそうなるのはまだ先の話ではあるが、第三王子の地位を返上すると明確にして以来、ディアスはカイルを「王子」ではなく「カイル様」と呼ぶようになった。そのことが大きな変化をカイルに及ぼすことはなくとも、自分の選んだ道が何であるかを常に意識づけているような気はする。

 秋以降は王族の一員ではなく公爵家の主として妻となるアリシアや、いずれ彼女との間に生まれるであろう子供たちを守って行かなくてはいけない。そこで自分が果たすべき義務や責任が何たるか。それは自分の前に山と置かれた紙の一枚一枚にもこと細かに記されている。

 つまり、カイルが手をつけているのは公爵位や領地の取得や譲渡、それから結婚後の生活の諸々に関連する重要な書類だ。

 カイルは書類に目を通す作業を中断させることもなく「なにを」とだけ答えた。

 明後日にはアリシアを迎えにハプスグラネダ領に戻る必要があった。
 その後また王都に来るとは言え、今度はアリシアも一緒だ。もう二週間も顔を合わせずにいる彼女とのんびり過ごす為に、ここにある書類は全て今のうちに片付けなければいけない。だから正直、今は相手がディアスであろうと会話をすることも億劫だった。

 ディアスはカイルの反応に、にこやかに笑って告げる。

「最近、一部の貴族の間でとても流行っていることがあるそうですよ」




 アリシアと結婚して、一週間が過ぎた。

 朝起きた時、夜眠る時、今までは一人だったその時間にアリシアがいる。
 最初の数日は顔を合わせることに、お互いが何とも言えない照れくささを感じていた。それでも新しい生活に慣れはじめ、少しずつ夫婦の形になって来ていると思う。

 落ち着いたら旅行に出掛けようというのは以前から決めてあった。
 王都から西に、結婚祝いと少し早い成人祝いを兼ねて、正式に譲り受けた小さな領地がある。普段の運用は信用のおける人物に任せきりだが静かで、ハプスグラネダ領と雰囲気の似た場所だ。だからきっとアリシアも気に入ってくれるだろう。

 そうして領地への移動に使う新しい馬車を用意して、カイルはアリシアの反応を窺った。

 全体に丸みを帯びたシルエットはミルキーカラーのピンクをしており、蔦模様のラインが等間隔に、やはり淡い緑色で上から下へと計四本描かれている。扉の中心には中央の大きなルビーを引き立てるように小さなルビーがはめ込まれ、縁取りの金との相乗効果で眩いくらい輝いていた。

「何だか苺の馬車みたい」
「みたい、じゃなくて苺の馬車だよ、苺のお姫様」

 楽しそうに全体を眺めるアリシアに「ほら」と車輪を指し示す。胴体と同じ色の車輪の中央を、葉と花をつけた苺のレリーフが飾っていた。よく見ると種の窪みにもごく小さなルビーが埋め込まれている。

 数か月前、王都に行っていた時にディアスが言っていたのはこのことだった。
 一部の貴族令嬢の間で、馬車をクッキーやケーキのアイシングのように可愛らしくデコレーションすることが流行っていると。

 それを聞いてカイルは、アリシアの為に用意する馬車を可愛らしいものにしようと決め、準備を裏で進めていたのだ。

「でもカイルってば、私もいつか、苺のお姫様なんて言ってられない年になってしまうのよ」

 アリシアは、馬車自体はとても喜んでくれている。いや、だからこそ年を重ねた自分が大人になり、可愛らしい見た目の馬車に乗れなくなる日が来ることを今から残念に思っているのだろう。どこか寂しそうな表情でカイルを見上げる。

 だが、カイルにとってアリシアは、彼女が何歳になろうとずっと可愛いお姫様だ。もちろん、いつかは人前でお姫様扱いできなくなる日も来るだろう。ただそれはあくまでも人前での話に過ぎない。人目がなければ、カイルが最愛の妻をお姫様扱いし続けることに変わりはなかった。

 二人で年を重ねて行くことの何が悪いのか。カイルは笑顔を浮かべてみせる。

「君が苺のお姫様から苺の王妃様になったとしても、その頃には可愛い苺のお姫様が俺たちの間に誕生してるだろうから何の問題もないと思うよ」
「えっ」

 アリシアは目を見開いた。それから、カイルの言葉の意味を理解したに違いない。頬を染めて恥ずかしそうに俯いてしまう。

 子供は最低でも四人は欲しいと思っていることはすでに伝えてある。だからアリシアが貴婦人となった十年後でも二十年後でも、子供と乗ればいいだけの話だ。もしずっと気に入ってくれるのなら、孫と一緒に乗ったっていいだろう。

「だからほらおいで。俺の可愛い苺のお姫様」

 カイルはアリシアの手を取って馬車の中へと促した。

 数秒後に見られるであろう、内装も白と淡いピンクでまとめ、苺型のクッションまで置いてあることに喜んでくれる可愛い姿を想像しながら。

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