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疑問と得られない答え
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「魂というものは、その人間の本質だからね。後から何か細工が出来るようなものじゃないんだよ。前も言ったけど、お嬢さんはとても綺麗な魂を持っている。それは得難い立派な才能の一つだと誇っていい」
「そう、ですか……」
よほどエスメラルダにとってリリーナの魂は良いものらしい。また綺麗な魂だと褒められた。
でも何度褒められても正直な話、実感が沸かないことには変わりなかった。
とは言え、エスメラルダから見たリリーナはそれだけで好ましい存在ではあるらしい。
「それに紋章を誰かに肩代わりさせられるのなら王家がとうにやっているさね」
もっともな話だ。
キースのあの様子では紋章があることも、そのせいで決められた相手と結婚しなければならないことも快く思ってはいないのはあきらかだった。
簡単に消したり出来るのならキースが紋章を持つ必要はない。
どこにいるとも分からない、決められた相手としか結婚出来ないなんて、王太子が背負うにはデメリットが大きすぎるものだ。
けれど、と思う。
逆に言えばそれは、王太子に背負わせてもなお、王家にとって計り知れないメリットをもたらすものでもあるのではないか。
もしくは次の国王となる王太子が背負うからこそメリットが発生する可能性もある。
「キース殿下はいつからご自分が紋章を所持していることをご存知なのですか?」
「王子はね、たとえ誰の腹から生まれていても関係なしに皆が等しく、生まれた時に紋章を持っているかどうか調べ上げられるんだよ。だから王太子殿下が紋章を持っていることは生まれてすぐに分かったし、殿下本人にも物心がついてすぐにお伝えしてある」
「私のように、王家とは関わりのない家の令息が所持して生まれ出でることはないのですか」
「ないね」
きっぱりと断言し、エスメラルダは言葉を継ぎ足す。
「”光り輝く太陽の紋章”はいかなる場合でも王子にしか刻まれないのさ」
「それでは王子であれば、正統な血筋の第一子ではなくとも紋章を持っていることもあるということですか」
エスメラルダは目を眇め、ニヤリと笑った。
「ぼんやりしているお嬢さんなだけかと思ったら意外と鋭いじゃないか。まあ、そうさね。どれだけ王位継承権の低い地位に生まれたとして、紋章を持って生まれたらその王子が継承権一位に繰り上がる。――もっとも」
そこでエスメラルダは一旦言葉を切ると紅茶を飲み口を湿らせた。
リリーナも釣られたようにカップに口をつけ、これまでの話で得た情報を頭の中で整頓してみる。
と言っても、今後の役に立ちそうな情報など何もないに等しかった。
「表向きは平等にチャンスがあるように見えても実際は、王太子以外の王子が紋章を持って生まれた実例は過去に一度もない。その実例にしたって歴史上二回しか記録されてはいないから、今後もそうだとは断言出来ないけれどね」
「その過去の二回に何らかの因果関係は見受けられるのですか?」
「さあ。そこは王家に所蔵されている歴史書を見ないことには分からない。私に分かるのは、キース殿下とお嬢さんとで三組目という事実だけさね」
一気に重い空気がのしかかって来たようでリリーナはわずかに唇を噛んだ。
この国が建国されて八百年あまりの間にたったの二回しかないということは、それがいかに特殊な事例であるか良く分かる。
幸運な星の下に生まれて来たのかどうかと言えば否だ。
少なくともリリーナは困惑するばかりだし、キースにしても元より王太子の座を得られる地位にいる。それが突然現れた伯爵家の令嬢と結婚しなければいけないなんて、ケチがついたようなものだろう。
ふとリリーナはあることに思い至った。
「キース殿下や私が紋章を持っていることを、他の王族の方々はご存知なのでしょうか」
「紋章は王と王妃にしか知らされない、この国でも指折りの機密情報さね」
「え……」
リリーナから血の気が引く。
もちろんリリーナ本人は誰にも――仲の良いバーバラにさえ打ち明けてはいないし、家族だって気安く言い回るような性格ではない。
しかし、当事者とその家族とは言え、そんな重要なことを代理人の口から簡単に教えてしまっても良かったのだろうか。
「そこは国王陛下と王太子殿下の判断で決めたことだから、お嬢さんが気にする必要もない。とは言え、結婚の理由もそれっぽいものが公表されるだろうから、本当のことは黙っておいた方が良いね」
リリーナは胸を撫で下ろし、次に重要に思うことを問いかけた。
「キース殿下は私と結婚する以外の道はないのですか」
「王太子妃なんてこの国で最高の玉の輿に乗っかりたい令嬢はごまんといるのに、お嬢さんは乗りたくはないと」
わずかに顔を伏せ、小さく頷く。
「これでも貴族の娘ですから、いつか家の為に政略結婚のお話が来た時は謹んでお受けする心づもりではいました。ですが、それが王太子妃ともなると私の身にはあまりにも不釣り合いなお話です。ましてや選ばれた理由が、誰の目にも見えない紋章を持っているからなんてものでは、到底納得出来るものではありません」
誰の目にも見えない。
そう表現することは魂に紋章を持っていると教えてくれたエスメラルダへの侮辱と受け取られかねなかったが、彼女は何も言わなかった。
ただ静かに、リリーナの魂の叫びにも等しい言い分に耳を傾けている。
「私は生涯独身であれば良いだけですが、もし……もし私と婚姻関係を結ばなかった場合、キース殿下は一体どうなるのですか」
「今さっき、お嬢さんが自分自身で言っただろう。王太子殿下はお嬢さんと結婚する以外の道はないよ。正妻の座を開けたまま、側室を娶るわけにも行かないからね」
もしかしたらキースはリリーナとは全く同じ条件ではないかもしれない。
そんな淡い一縷の期待も、ひどく簡単に否定された。
「王妃は然るべき家柄の令嬢をお迎えして私が側室になると言うのは」
「然るべきと言うけどね、月の紋章を持っているという事実が然るべき王妃の資格なんだよ。これは家柄の問題じゃないのさ」
質問を重ねれば重ねるほど紋章の実体は分からずとも、外堀が着実に埋められて行っているのが分かる。
もっとも、理由が特殊なだけで政略結婚としてはごく普通のことなのだろう。
年頃になっても想いを寄せる相手もおらず、そんな相手が現れる予感も全くない。
そんな状況に舞い込んだ縁談の相手が王太子ということは喜ぶべきことだ。
先程のエスメラルダの言葉を借りずとも、この国最高の玉の輿でもある。その座を射止めたい、出来ることならリリーナに立場を変わって欲しいと心から願う令嬢はたくさんいることだろう。
リリーナだって、変わって欲しい。
けれどそれが不可能な相談であることは、これまでに散々言い含められてしまった。
結局のところ、受け入れることがいちばん楽な話で、何よりもそうする以外に道がない。
心の奥底では結婚相手は互いに愛し愛される相手が良いなんて願ってはいても、所詮は夢物語なのだ。
「最後にもう一つ、お聞きしたいことが」
「欲しい答えが得られなくても構わないのであれば何なりと」
尋ねることにしたのは良いが、まだ迷いもあった。
エスメラルダが答えを知っているのかどうかの話ではない。あの一件以来、そのことについて想いを巡らせる度に何故だか胸が痛むのだ。
リリーナは意を決して口を開く。
「先日……私は無意識の状態でキース殿下のことを、キース殿下ではないお名前でお呼びするということがありました。そしてキース殿下の反応からお察し致しますに、殿下ご自身はそのお名前に心当たりがあったようなのです」
「殿下じゃない名前とは?」
理由は分からないがエスメラルダの興味を引く話題だったらしい。その瞳が、輝きを帯びてリリーナを見つめる。
真実を見据えるような目で射抜かれ、リリーナはゆっくりと首を振った。
「ですが残念なことに私は殿下を何とお呼びしたのか、まるで記憶も心当たりもありません。それもまた紋章に関係していることなのでしょうか」
エスメラルダは初めて深く思案するような表情を見せた。
その裏で何を思っているのか、リリーナには探ることは出来ない。
「私も心当たりがないわけでもないけどね。でも、それはお嬢さんが自分の力で自然に思い出した方が良い」
「思い出す、ですか」
リリーナの脳裏にキースの言葉がよぎった。
あの時、キースも同じことを言っていた。
それはつまり……リリーナの魂は知っているけれど、今のリリーナは忘れてしまっていることなのだろう。
「分かりました。私のお聞きしたかったことは以上です。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「ほとんど何も答えてやれずにすまないね」
「いえ、良いんです」
答えを得られなかったことで逆に見えて来たことがないわけでもない。
一人で悩んでいるよりは前に進めたものもあった。
リリーナは会釈をして扉に向かいかけ、足を止める。
「……あ、すみません、あと一つだけよろしいでしょうか」
先程、これで最後の質問だと言った手前、若干申し訳なさそうにリリーナは切り出した。
エスメラルダは軽く頷き、リリーナを促す。
少しの躊躇いの後、恥ずかしがっていても余計な時間を取らせるだけだと腹を括り、リリーナは思い切って口を開いた。
顔が真っ赤に染まっているのが自分でも分かる。
やっぱり恥ずかしい。
でも、今日を逃したら聞く機会はしばらくないだろうし、気になるものはどうしようもなかった。
「手を触れてないのに扉が開くのはどういう仕組みなんでしょうか?」
「そう、ですか……」
よほどエスメラルダにとってリリーナの魂は良いものらしい。また綺麗な魂だと褒められた。
でも何度褒められても正直な話、実感が沸かないことには変わりなかった。
とは言え、エスメラルダから見たリリーナはそれだけで好ましい存在ではあるらしい。
「それに紋章を誰かに肩代わりさせられるのなら王家がとうにやっているさね」
もっともな話だ。
キースのあの様子では紋章があることも、そのせいで決められた相手と結婚しなければならないことも快く思ってはいないのはあきらかだった。
簡単に消したり出来るのならキースが紋章を持つ必要はない。
どこにいるとも分からない、決められた相手としか結婚出来ないなんて、王太子が背負うにはデメリットが大きすぎるものだ。
けれど、と思う。
逆に言えばそれは、王太子に背負わせてもなお、王家にとって計り知れないメリットをもたらすものでもあるのではないか。
もしくは次の国王となる王太子が背負うからこそメリットが発生する可能性もある。
「キース殿下はいつからご自分が紋章を所持していることをご存知なのですか?」
「王子はね、たとえ誰の腹から生まれていても関係なしに皆が等しく、生まれた時に紋章を持っているかどうか調べ上げられるんだよ。だから王太子殿下が紋章を持っていることは生まれてすぐに分かったし、殿下本人にも物心がついてすぐにお伝えしてある」
「私のように、王家とは関わりのない家の令息が所持して生まれ出でることはないのですか」
「ないね」
きっぱりと断言し、エスメラルダは言葉を継ぎ足す。
「”光り輝く太陽の紋章”はいかなる場合でも王子にしか刻まれないのさ」
「それでは王子であれば、正統な血筋の第一子ではなくとも紋章を持っていることもあるということですか」
エスメラルダは目を眇め、ニヤリと笑った。
「ぼんやりしているお嬢さんなだけかと思ったら意外と鋭いじゃないか。まあ、そうさね。どれだけ王位継承権の低い地位に生まれたとして、紋章を持って生まれたらその王子が継承権一位に繰り上がる。――もっとも」
そこでエスメラルダは一旦言葉を切ると紅茶を飲み口を湿らせた。
リリーナも釣られたようにカップに口をつけ、これまでの話で得た情報を頭の中で整頓してみる。
と言っても、今後の役に立ちそうな情報など何もないに等しかった。
「表向きは平等にチャンスがあるように見えても実際は、王太子以外の王子が紋章を持って生まれた実例は過去に一度もない。その実例にしたって歴史上二回しか記録されてはいないから、今後もそうだとは断言出来ないけれどね」
「その過去の二回に何らかの因果関係は見受けられるのですか?」
「さあ。そこは王家に所蔵されている歴史書を見ないことには分からない。私に分かるのは、キース殿下とお嬢さんとで三組目という事実だけさね」
一気に重い空気がのしかかって来たようでリリーナはわずかに唇を噛んだ。
この国が建国されて八百年あまりの間にたったの二回しかないということは、それがいかに特殊な事例であるか良く分かる。
幸運な星の下に生まれて来たのかどうかと言えば否だ。
少なくともリリーナは困惑するばかりだし、キースにしても元より王太子の座を得られる地位にいる。それが突然現れた伯爵家の令嬢と結婚しなければいけないなんて、ケチがついたようなものだろう。
ふとリリーナはあることに思い至った。
「キース殿下や私が紋章を持っていることを、他の王族の方々はご存知なのでしょうか」
「紋章は王と王妃にしか知らされない、この国でも指折りの機密情報さね」
「え……」
リリーナから血の気が引く。
もちろんリリーナ本人は誰にも――仲の良いバーバラにさえ打ち明けてはいないし、家族だって気安く言い回るような性格ではない。
しかし、当事者とその家族とは言え、そんな重要なことを代理人の口から簡単に教えてしまっても良かったのだろうか。
「そこは国王陛下と王太子殿下の判断で決めたことだから、お嬢さんが気にする必要もない。とは言え、結婚の理由もそれっぽいものが公表されるだろうから、本当のことは黙っておいた方が良いね」
リリーナは胸を撫で下ろし、次に重要に思うことを問いかけた。
「キース殿下は私と結婚する以外の道はないのですか」
「王太子妃なんてこの国で最高の玉の輿に乗っかりたい令嬢はごまんといるのに、お嬢さんは乗りたくはないと」
わずかに顔を伏せ、小さく頷く。
「これでも貴族の娘ですから、いつか家の為に政略結婚のお話が来た時は謹んでお受けする心づもりではいました。ですが、それが王太子妃ともなると私の身にはあまりにも不釣り合いなお話です。ましてや選ばれた理由が、誰の目にも見えない紋章を持っているからなんてものでは、到底納得出来るものではありません」
誰の目にも見えない。
そう表現することは魂に紋章を持っていると教えてくれたエスメラルダへの侮辱と受け取られかねなかったが、彼女は何も言わなかった。
ただ静かに、リリーナの魂の叫びにも等しい言い分に耳を傾けている。
「私は生涯独身であれば良いだけですが、もし……もし私と婚姻関係を結ばなかった場合、キース殿下は一体どうなるのですか」
「今さっき、お嬢さんが自分自身で言っただろう。王太子殿下はお嬢さんと結婚する以外の道はないよ。正妻の座を開けたまま、側室を娶るわけにも行かないからね」
もしかしたらキースはリリーナとは全く同じ条件ではないかもしれない。
そんな淡い一縷の期待も、ひどく簡単に否定された。
「王妃は然るべき家柄の令嬢をお迎えして私が側室になると言うのは」
「然るべきと言うけどね、月の紋章を持っているという事実が然るべき王妃の資格なんだよ。これは家柄の問題じゃないのさ」
質問を重ねれば重ねるほど紋章の実体は分からずとも、外堀が着実に埋められて行っているのが分かる。
もっとも、理由が特殊なだけで政略結婚としてはごく普通のことなのだろう。
年頃になっても想いを寄せる相手もおらず、そんな相手が現れる予感も全くない。
そんな状況に舞い込んだ縁談の相手が王太子ということは喜ぶべきことだ。
先程のエスメラルダの言葉を借りずとも、この国最高の玉の輿でもある。その座を射止めたい、出来ることならリリーナに立場を変わって欲しいと心から願う令嬢はたくさんいることだろう。
リリーナだって、変わって欲しい。
けれどそれが不可能な相談であることは、これまでに散々言い含められてしまった。
結局のところ、受け入れることがいちばん楽な話で、何よりもそうする以外に道がない。
心の奥底では結婚相手は互いに愛し愛される相手が良いなんて願ってはいても、所詮は夢物語なのだ。
「最後にもう一つ、お聞きしたいことが」
「欲しい答えが得られなくても構わないのであれば何なりと」
尋ねることにしたのは良いが、まだ迷いもあった。
エスメラルダが答えを知っているのかどうかの話ではない。あの一件以来、そのことについて想いを巡らせる度に何故だか胸が痛むのだ。
リリーナは意を決して口を開く。
「先日……私は無意識の状態でキース殿下のことを、キース殿下ではないお名前でお呼びするということがありました。そしてキース殿下の反応からお察し致しますに、殿下ご自身はそのお名前に心当たりがあったようなのです」
「殿下じゃない名前とは?」
理由は分からないがエスメラルダの興味を引く話題だったらしい。その瞳が、輝きを帯びてリリーナを見つめる。
真実を見据えるような目で射抜かれ、リリーナはゆっくりと首を振った。
「ですが残念なことに私は殿下を何とお呼びしたのか、まるで記憶も心当たりもありません。それもまた紋章に関係していることなのでしょうか」
エスメラルダは初めて深く思案するような表情を見せた。
その裏で何を思っているのか、リリーナには探ることは出来ない。
「私も心当たりがないわけでもないけどね。でも、それはお嬢さんが自分の力で自然に思い出した方が良い」
「思い出す、ですか」
リリーナの脳裏にキースの言葉がよぎった。
あの時、キースも同じことを言っていた。
それはつまり……リリーナの魂は知っているけれど、今のリリーナは忘れてしまっていることなのだろう。
「分かりました。私のお聞きしたかったことは以上です。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「ほとんど何も答えてやれずにすまないね」
「いえ、良いんです」
答えを得られなかったことで逆に見えて来たことがないわけでもない。
一人で悩んでいるよりは前に進めたものもあった。
リリーナは会釈をして扉に向かいかけ、足を止める。
「……あ、すみません、あと一つだけよろしいでしょうか」
先程、これで最後の質問だと言った手前、若干申し訳なさそうにリリーナは切り出した。
エスメラルダは軽く頷き、リリーナを促す。
少しの躊躇いの後、恥ずかしがっていても余計な時間を取らせるだけだと腹を括り、リリーナは思い切って口を開いた。
顔が真っ赤に染まっているのが自分でも分かる。
やっぱり恥ずかしい。
でも、今日を逃したら聞く機会はしばらくないだろうし、気になるものはどうしようもなかった。
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