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運命の人かもしれない人
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いつものようにおいしいお茶とお菓子が置かれたテーブルを四人で囲み、前回のお茶会の後にあったことを報告し合う。
そんな挨拶代わりの他愛もない話題がひとしきり済むとリリーナは、彼女にとっては本題にあたる話を躊躇いがちに切り出した。
「もし最近、社交界で人気のある方がいるなら教えて欲しいの」
けれど、これまで異性の話を一切しなかったリリーナが急に、しかも自分からその手の話題を振ったのだ。友人たちの興味を引くのはある意味当たり前の流れであり、話を聞き出す前に質問責めの憂き目に遭った。
魂に刻まれた紋章なんて非現実的なものの話をしても、彼女たちは誰一人としてリリーナを笑い飛ばしたりしないだろう。打ち明けること自体にはリリーナも抵抗があるわけでもない。
それでも自分自身ですら全容を掴めてないのだ。信用出来る友人たち相手でも、ありのままの事情を打ち明けるには時期尚早な気がした。
失敗が続いているから今後の参考になりそうな判断材料は一つでも欲しい。
そんな苦しい言い訳で何とかこの場は納得してもらった。
「そうねえ。心当たりがないでもないけど」
「公爵家ご令息のエドガー様でしょ?」
条件に該当するらしい令息の名前が挙がれば、どんどんと彼にまつわる情報が積み重ねられて行く。
結果から言うと、三人の貴族の令嬢がそれぞれに持つ情報網を合わせればそれなりに大きなものであり、リリーナが求めていた情報は得られた。
破談続きになっていたらさすがに噂になっていると言われ、なるほど確かにリリーナ自身もそうなのだと気がつく。とは言え一部の令嬢たちの間では、最近とみに浮き名を流す令息が話題になっているようだ。
エドガー・グラヴィット。
グラヴィット公爵家の次男に当たる彼の存在自体はリリーナも知っていた。
限りなく銀に近い淡い金髪と澄んだ湖面のような水色の瞳を持ち、天使と見紛うほどに整った容姿の為か、夜会では数人の令嬢に囲まれているところを何度か見かけた覚えがある。
他の令嬢と混ざって競争を繰り広げている場合ではないリリーナは彼と話したことはないのだが、令嬢たちが放っておかないだけかと思ったら彼自身も令嬢たちを放ってはおかないらしい。
そろそろ冬の訪れも近いとは言え、今年だけでも八人と破局したという。およそ一か月に一人と破局している計算であり、なかなか速いペースだ。
エドガーの破局速度を計算した際に、リリーナはふとした思いつきで自分の破談ペースも計算してみる。だが改めて突きつけられると悲しくなってくる数字が算出されたので、見なかった振りをした。
「あの、ね。来月の私の誕生パーティーなんだけど……」
「どうしたの?」
これまで控え目に話に加わっていたバーバラが、思い切った様子で口を開いた。
リリーナと同世代の令息令嬢で構成された社交界を騒がせる色男を、お茶会メンバーの一人であるバーバラが来月開く自分の誕生日パーティーに招待したらしい。
伯爵家令嬢のバーバラと、公爵家令息のエドガーに交流があること自体は特にめずらしくもなかったが、リリーナを含む面々は驚いた。
バーバラがエドガーの取り巻きに加わるような性格にはとても見えないし、接点がまるで見出せない。むしろおとなしいバーバラだからこそ、エドガーに誑かされているのでは……と失礼な憶測を飛ばしたりもした。
色恋沙汰に疎いとは言え、やはり年頃の少女たちである。もしかしたら恋の芽生えかとお茶会は非常に盛り上がったが、バーバラは父の伝手で知り合ったのだと、やはり控え目に笑うだけだった。
自分が友人たちに隠し事をしているからリリーナは気がついてしまう。
バーバラも隠し事をしている。
エドガーについて聞かれた時のバーバラの態度は普段とはどこか違っていた。
けれど裏を返せば、バーバラだってリリーナが隠し事をしていることに気がついて、あえて目をつぶっていてくれた可能性があった。
「ソニアとケイティの方は最近どうなの?」
さりげなく話題を振ると、二人は示し合わせたように肩をすくめた。
「どうなのも何も、相変わらずね」
「私の方も似たようなものよ」
二人には社交デビューするより前から婚約者がいる。
互いの両親の間で決められた縁談らしいが、何だかんだ言いつつもそれなりに上手くやってはいるようだった。
彼女たちは、自分からは婚約者の話をしない。したとしても今さら目新しい刺激は全くないと笑う。
それは彼女たちなりの優しさでリリーナに気を遣っている部分もあるのだろうし、付き合いの長い婚約者との間に穏やかで満たされた信頼関係を築けている証でもあるに違いない。
幸せそうな友人を見るのは嬉しかった。
と同時に、自分も彼女たちのように笑いながら婚約者の話をすることの出来る日は来るのだろうかと、不安になるのだ。
家に戻るなり自室の机に向かい、早速リリーナは友人たちから聞いた情報を紙に書き連ねた。
そんなわけで、エドガーが魂に”太陽の紋章”を持っている可能性は十二分にある。
リリーナとしては正直、ただでさえ自分自身がすでに悪目立ちをしている自覚がある以上、出来るだけ目立つことはしたくない。
けれど相手が公爵家次男のエドガーともなれば、取り巻きの令嬢たちとの間に余計ないざこざが起きることも十分考えられた。
形式上はいつも婚約者を略奪されたことになっているリリーナだが、実際のところ相手の令嬢には誰一人として会ったことがない。だから男女間のトラブルから発生する、俗に言う修羅場なんてものには恋愛小説の中でしか見たことがなかった。
だが、もし本当にエドガーが”太陽の紋章”を持った運命の相手だと言うのなら、彼と結ばれることがなければリリーナはこの先一生、誰とも結婚出来ない。
そういえば、と占い師の言葉を思い出す。
占い師はリリーナは「”太陽の紋章”を持つ相手としか結ばれない運命」だと言っていた。
けれど「”太陽の紋章”を持つ相手と結ばれなければいけない」とは言ってなかった。
結ばれなかったら結ばれなかったで、リリーナは生涯独身を貫くということになるだけなのだろうか。
友人たちから話を聞いただけだが、エドガーの人となりや評判は悪くない。数々の浮き名を流している割には、相手の令嬢もさばさばしているのか、男女間のもつれといったトラブルの類が発生した形跡もまるでないようだった。
リリーナの記憶にある取り巻きの令嬢たちは気が強い令嬢が多かった印象だが、これも恋愛という一種の競争を勝ち抜く為には致し方ないことなのかもしれない。
だからエドガーは、リリーナが良く知らないというだけで悪い人ではないのだろう。話したこともない相手を噂話だけで判断するのは良くないし、バーバラの誕生パーティーに招待されているのならそこで会える。
とりあえず来月までエドガーについては保留にしておこう。
十六回目の破談を最後に幸か不幸か、今のところ婚約の申し込みはぱったりと止まっている。
このままゆっくりと考える時間が続けばいい。
リリーナは心の底からそう思うのだ。
バーバラの誕生日プレゼントも決まり、後は二週間後に控えたパーティーを待つばかりという段階で、父が血相を変えて一通の手紙を持って来た。
宛て名が何故か父とリリーナの連名になっている封書の差出人を確かめる為、裏返しにしたリリーナは絶句する。
封はすでに父の手によって開けられているが、封蝋に押された印は鷲の頭と翼を持つ獅子の姿を象っていた。
その紋章が意味する一族はリリーナが知る限り一つしかない。
差出人は、王家に属する誰かだ。
息が止まる思いで確認した右下には「キース・アルドベルク」と記されている。
「お父様……これって……」
「王太子殿下から我々に送られた文書だね。……中を、読んでごらん」
震える声で父に尋ねれば父もやはり震えた声で答えた。
王族と接した経験などそれこそなく、心当たりを探りようもないまま便箋を取り出し、リリーナは恐る恐るそこに書かれた文面に目を落とす。
読み終えるなり父と視線を合わせ、どうしたらいいのかと途方に暮れた。
それは次の日曜、ディアモント伯爵家に王太子の使いの者を送るという、当の王太子直々による通達だった。
そんな挨拶代わりの他愛もない話題がひとしきり済むとリリーナは、彼女にとっては本題にあたる話を躊躇いがちに切り出した。
「もし最近、社交界で人気のある方がいるなら教えて欲しいの」
けれど、これまで異性の話を一切しなかったリリーナが急に、しかも自分からその手の話題を振ったのだ。友人たちの興味を引くのはある意味当たり前の流れであり、話を聞き出す前に質問責めの憂き目に遭った。
魂に刻まれた紋章なんて非現実的なものの話をしても、彼女たちは誰一人としてリリーナを笑い飛ばしたりしないだろう。打ち明けること自体にはリリーナも抵抗があるわけでもない。
それでも自分自身ですら全容を掴めてないのだ。信用出来る友人たち相手でも、ありのままの事情を打ち明けるには時期尚早な気がした。
失敗が続いているから今後の参考になりそうな判断材料は一つでも欲しい。
そんな苦しい言い訳で何とかこの場は納得してもらった。
「そうねえ。心当たりがないでもないけど」
「公爵家ご令息のエドガー様でしょ?」
条件に該当するらしい令息の名前が挙がれば、どんどんと彼にまつわる情報が積み重ねられて行く。
結果から言うと、三人の貴族の令嬢がそれぞれに持つ情報網を合わせればそれなりに大きなものであり、リリーナが求めていた情報は得られた。
破談続きになっていたらさすがに噂になっていると言われ、なるほど確かにリリーナ自身もそうなのだと気がつく。とは言え一部の令嬢たちの間では、最近とみに浮き名を流す令息が話題になっているようだ。
エドガー・グラヴィット。
グラヴィット公爵家の次男に当たる彼の存在自体はリリーナも知っていた。
限りなく銀に近い淡い金髪と澄んだ湖面のような水色の瞳を持ち、天使と見紛うほどに整った容姿の為か、夜会では数人の令嬢に囲まれているところを何度か見かけた覚えがある。
他の令嬢と混ざって競争を繰り広げている場合ではないリリーナは彼と話したことはないのだが、令嬢たちが放っておかないだけかと思ったら彼自身も令嬢たちを放ってはおかないらしい。
そろそろ冬の訪れも近いとは言え、今年だけでも八人と破局したという。およそ一か月に一人と破局している計算であり、なかなか速いペースだ。
エドガーの破局速度を計算した際に、リリーナはふとした思いつきで自分の破談ペースも計算してみる。だが改めて突きつけられると悲しくなってくる数字が算出されたので、見なかった振りをした。
「あの、ね。来月の私の誕生パーティーなんだけど……」
「どうしたの?」
これまで控え目に話に加わっていたバーバラが、思い切った様子で口を開いた。
リリーナと同世代の令息令嬢で構成された社交界を騒がせる色男を、お茶会メンバーの一人であるバーバラが来月開く自分の誕生日パーティーに招待したらしい。
伯爵家令嬢のバーバラと、公爵家令息のエドガーに交流があること自体は特にめずらしくもなかったが、リリーナを含む面々は驚いた。
バーバラがエドガーの取り巻きに加わるような性格にはとても見えないし、接点がまるで見出せない。むしろおとなしいバーバラだからこそ、エドガーに誑かされているのでは……と失礼な憶測を飛ばしたりもした。
色恋沙汰に疎いとは言え、やはり年頃の少女たちである。もしかしたら恋の芽生えかとお茶会は非常に盛り上がったが、バーバラは父の伝手で知り合ったのだと、やはり控え目に笑うだけだった。
自分が友人たちに隠し事をしているからリリーナは気がついてしまう。
バーバラも隠し事をしている。
エドガーについて聞かれた時のバーバラの態度は普段とはどこか違っていた。
けれど裏を返せば、バーバラだってリリーナが隠し事をしていることに気がついて、あえて目をつぶっていてくれた可能性があった。
「ソニアとケイティの方は最近どうなの?」
さりげなく話題を振ると、二人は示し合わせたように肩をすくめた。
「どうなのも何も、相変わらずね」
「私の方も似たようなものよ」
二人には社交デビューするより前から婚約者がいる。
互いの両親の間で決められた縁談らしいが、何だかんだ言いつつもそれなりに上手くやってはいるようだった。
彼女たちは、自分からは婚約者の話をしない。したとしても今さら目新しい刺激は全くないと笑う。
それは彼女たちなりの優しさでリリーナに気を遣っている部分もあるのだろうし、付き合いの長い婚約者との間に穏やかで満たされた信頼関係を築けている証でもあるに違いない。
幸せそうな友人を見るのは嬉しかった。
と同時に、自分も彼女たちのように笑いながら婚約者の話をすることの出来る日は来るのだろうかと、不安になるのだ。
家に戻るなり自室の机に向かい、早速リリーナは友人たちから聞いた情報を紙に書き連ねた。
そんなわけで、エドガーが魂に”太陽の紋章”を持っている可能性は十二分にある。
リリーナとしては正直、ただでさえ自分自身がすでに悪目立ちをしている自覚がある以上、出来るだけ目立つことはしたくない。
けれど相手が公爵家次男のエドガーともなれば、取り巻きの令嬢たちとの間に余計ないざこざが起きることも十分考えられた。
形式上はいつも婚約者を略奪されたことになっているリリーナだが、実際のところ相手の令嬢には誰一人として会ったことがない。だから男女間のトラブルから発生する、俗に言う修羅場なんてものには恋愛小説の中でしか見たことがなかった。
だが、もし本当にエドガーが”太陽の紋章”を持った運命の相手だと言うのなら、彼と結ばれることがなければリリーナはこの先一生、誰とも結婚出来ない。
そういえば、と占い師の言葉を思い出す。
占い師はリリーナは「”太陽の紋章”を持つ相手としか結ばれない運命」だと言っていた。
けれど「”太陽の紋章”を持つ相手と結ばれなければいけない」とは言ってなかった。
結ばれなかったら結ばれなかったで、リリーナは生涯独身を貫くということになるだけなのだろうか。
友人たちから話を聞いただけだが、エドガーの人となりや評判は悪くない。数々の浮き名を流している割には、相手の令嬢もさばさばしているのか、男女間のもつれといったトラブルの類が発生した形跡もまるでないようだった。
リリーナの記憶にある取り巻きの令嬢たちは気が強い令嬢が多かった印象だが、これも恋愛という一種の競争を勝ち抜く為には致し方ないことなのかもしれない。
だからエドガーは、リリーナが良く知らないというだけで悪い人ではないのだろう。話したこともない相手を噂話だけで判断するのは良くないし、バーバラの誕生パーティーに招待されているのならそこで会える。
とりあえず来月までエドガーについては保留にしておこう。
十六回目の破談を最後に幸か不幸か、今のところ婚約の申し込みはぱったりと止まっている。
このままゆっくりと考える時間が続けばいい。
リリーナは心の底からそう思うのだ。
バーバラの誕生日プレゼントも決まり、後は二週間後に控えたパーティーを待つばかりという段階で、父が血相を変えて一通の手紙を持って来た。
宛て名が何故か父とリリーナの連名になっている封書の差出人を確かめる為、裏返しにしたリリーナは絶句する。
封はすでに父の手によって開けられているが、封蝋に押された印は鷲の頭と翼を持つ獅子の姿を象っていた。
その紋章が意味する一族はリリーナが知る限り一つしかない。
差出人は、王家に属する誰かだ。
息が止まる思いで確認した右下には「キース・アルドベルク」と記されている。
「お父様……これって……」
「王太子殿下から我々に送られた文書だね。……中を、読んでごらん」
震える声で父に尋ねれば父もやはり震えた声で答えた。
王族と接した経験などそれこそなく、心当たりを探りようもないまま便箋を取り出し、リリーナは恐る恐るそこに書かれた文面に目を落とす。
読み終えるなり父と視線を合わせ、どうしたらいいのかと途方に暮れた。
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