【R18】王太子は初恋の乙女に三度、恋をする

瀬月 ゆな

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抑えきれない熱情  ☆

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 アリーシェリナを中に迎え入れるとリヒトはドアを閉め、華奢な身体をきつく抱きしめた。

「リヒ……」
「君に恋人がいたって、奪ってしまいたいと思った。でも本当に、僕の分のホットミルクまで用意しようとしてくれたのは、君の善意からの行動なんじゃないかと不安にもなった」
「そんな、こと……」
「君が好きだ。以前に一緒に過ごしていたその時も僕は君のことが好きだったんだと思う」

 リヒトの告白に涙が溢れる。
 もっと傍にいたくて同じだけの強さで抱きしめ返し、その胸に顔を埋めた。

「私も、リヒト様をお慕いしております。ずっと……八年前からずっと」
「今の僕は八年前の気持ちを忘れてしまっているけれど、僕の中から消えてしまったわけじゃない。好きだよ、アリィ。愛している」

 リヒトの手が髪を撫で、耳から頬へと指先でなぞりながら落ちる。
 顎をつまみ、そっと上へと向かせた。潤んだ目に口づけて涙を拭い、小さな鼻先をついばむ。すべらかな頬には唇を押し当て、最後に薔薇色の唇に重ねて塞いだ。

「あ……」

 触れては離れる度、甘く切ない気持ちがアリーシェリナを満たして行く。
 小鳥がお互いの嘴を啄み合うような可愛らしい、けれど確かな求愛の仕草だ。幸福感を全身に広げながら触れる時間が長くなり、新たな想いが沸き上がって来る。昨夜も触れられた場所に咲いた小さな白い花がたくさん咲き乱れ、心を溶かすような匂いを放った。

「アリィ、少しでいいから口を開けて、僕を受け入れて」
「は、い……」

 従順に頷いて口を開けば、熱くぬるついた粘膜がアリーシェリナの咥内に少しずつ差し込まれた。
 未知の感触に驚いて身体が竦む。安心させるように耳の裏や耳たぶをくすぐられて力が抜ける。突然の侵入者に戦く舌が捕らえられて絡められ、ようやくリヒトの舌だと気がついた。

「ふ、ぁ……。ん……っ」

 初めての口づけで、どうしたらいいのかまるで分からない。
 リヒトに任せたら良いのだろうか。
 でも一つだけ、唇を触れ合わせたからこそ気になることがある。

「リヒト、様……」
「うん?」

 大きな引っかかりになって心のどこかを傷つける前に聞いておきたい。
 答え次第では傷つくことに変わりはないけれど今さらだ。わずかに顔を背け、言葉を紡ぐ。

「リヒト様は、あの……慣れていらっしゃるみたいだけれど、その……」

 たとえば記憶を失っていてもフォークとナイフの使い方は分かるように、過去の経験から口づけのやり方を覚えているのではないだろうか。
 アリーシェリナには口づけの経験がない。それならばリヒトに経験があるとしたら八年の間に、他の女性相手ということだ。
 想像するだけで苦しい。聞きたいことも最後まで上手く言えなかった。

「僕が、君以外の誰かとしたことがあるんじゃないかって思ってる?」
「――はい」
「離れて過ごしていた八年の間のことを、ましてや記憶を失った状態で口頭で否定しても信用してもらうのは難しいとは思うけど、誰ともないよ。僕はずっと君だけが好きで、他の誰も欲しいなんて思わなかった」

 リヒトは断言すると、アリーシェリナの信頼を取り戻すように再び目元に唇を寄せた。

「君が僕と二人だけで初めて経験することは全部、僕にとっても初めてのことだ」
「それなら、どうしてそんな……慣れて」

 今度は鼻先を啄む。

「君に格好悪いところは見せたくない男の本能、かな」
「本能……」

 頬へ。

「信じてくれる?」

 アリーシェリナは頷いた。
 だって、リヒトの言葉を信じられないのなら、他に信じられるものなんて何もない。

 唇が重なる。
 アリーシェリナは踵を上げて背伸びするとリヒトの首筋に縋りついた。信じてる、何よりの証に自ら舌を差し込んでリヒトのそれを探す。
 水音を立てて舌を絡めながら強く抱きしめ合い、時折背中をまさぐるように手を動かした。
 咥内で何度も交換し、どちらのものなのか分からなくなった唾液が唇の端を伝った。それすらも惜しくてさらにねだる。

「ぁ、ん……」

 お腹の奥がぞくぞくして、これ以上の口づけをしていられない。
 ゆっくりと唇が離れ、リヒトは端に滴る唾液を舌先で舐め取った。

「もしかしたらアリィはキスだけで満足してくれたかもしれないけど――ごめん。僕はもっと、アリィが欲しい。全部を僕だけのものにしたい」
「私、も……。リヒト様の全部、欲しい、です」
 
 口づけをしていた時より、唇が離れた時の方が呼吸が乱れる。
 足に力が入らない。するとリヒトに横抱きにされ、ベッドに連れて行かれた。
 中央付近に横たえられると否が上でも心臓が激しく鼓動を刻みはじめる。恥ずかしくてリヒトの顔が見られない。ただ空気を求めて呼吸を繰り返した。

 鎖骨からガウンの合わせ目にかけてリヒトの指がなぞった。
 くすぐったい。そして、やっぱりお腹の奥が切なく疼く。アリーシェリナが反射的に息を詰めると、リヒトは腰で結ばれたリボンをほどいてガウンを左右に開かせた。

「可愛い下着だね」

 下着姿なんて誰にも見せたことがない。
 でも今夜は違う。
 初めてリヒトに見せることになるかもしれないと思った。だから自分が持っている中でいちばん気に入っている、とっておきの下着を選んだ。下着なんて何でもいい、そう思えなかった。

「レースとリボンの色が、僕の目の色に似てるように見えるのは気のせい?」

 アリーシェリナは首を振る。
 気のせいじゃない。
 細い肩紐から伸びた純白の生地の胸元と裾を縁取るレースと、身体の右側で編み上げられたリボンの色とがリヒトの目の色によく似ているからお気に入りなのだ。

「僕の色を素肌にいちばん近いところにつけて、その身を僕に捧げてくれるんだね」

 なめらかなシルクの布越しに、リヒトの指がふくらみを辿った。
 丘陵を下からゆっくりとなぞり、控えめに存在を主張しはじめた頂上の尖りにはあえて触れずに内側へ逸らす。シルクの肌触りには慣れているはずなのに、そこにリヒトの指の動きがくわわるだけで切なくて泣きそうになった。

「リヒト、様……。私、何だか……っふ、ぁ……!」

 胸の先端を指で押し込まれて背中がのけぞる。
 押し潰したまま爪で軽く引っかかれると身体中に甘い痺れが走った。

「優しくしたつもりだったけど、下着の上からでも、ここは刺激が強すぎたかな」
「分から、な……」

 精霊たちの魔力が渦巻く嵐と同じかそれ以上のものが、アリーシェリナの身体の中で行き場を求めて荒れ狂う。
 リヒトは宥めるように肩口を撫で、肩紐の下に指をすべらせた。あまりにも自然な動きに反応できずにいると肩紐がずらされ、柔らかなふくらみがまろび出る。

「あ……」

 肌を、曝した。
 けれど、誰にも見せずにいる特別な場所を初めて――唯一見せる相手はリヒトしか考えられなかった。
 緊張と不安で呼吸の度に心細げに震える二つのふくらみは、みっともなくないだろうか。
 その頂上でアリーシェリナ自身も見たことがないほどに色濃く染まって硬くなった尖りは、おかしな色形ではないだろうか。

 リヒトの視線を感じ、息を吐く。
 白い肌全体がほんのりとピンク色に染まり、自分のものではないみたいだ。

 沈黙の重さに耐えきれそうになかった。
 何か言って欲しい。
 アリーシェリナは荒く呼吸を繰り返すばかりで何も言えそうになかった。

「リヒ、様……」

 伝えられる唯一の言葉を見つけて懸命に声を絞り出す。
 リヒトははっとしたようにアリーシェリナの顔を見つめた。それから首筋を撫で、鎖骨からふくらみへと指先を落とす。

 身体が熱くて切なくて、怖い。
 さなぎが蝶へと羽化するかのように、知らない自分へ生まれ変わるような予感がする。
 そしてその変化は、蝶のように美しい形をもたらしてくれるのだろうか。

 分からなくて、怖い。

「アリィ……とても、綺麗だ」

 リヒトの唇が首筋に触れ、吸い上げる。
 わずかな痛みが、はじまりの合図だった。

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