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一、黒髪のグレイ
7、黒獅子、決意す(3)
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テュミルは、新しい薪を暖炉の中へぞんざいに投げ込んだ。
炭と灰はそれを抱きとめると、すぐに炎で包みこんだ。
そして彼女は、あの鋭い視線でグレイを突き刺した。
「ね、どうして今まで何もしてこなかったの? どうして今すぐに裁かないの? リンデンが敷いた絶対王政だけど、上手く使っちゃえばいい。今は、あんたが法律なのよ。それこそ、なんだって自由なのに。あたし、あんたがわからないわ!」
「それは……!」
グレイには、すぐ返せなかった。
テュミルの言うことは道理にかなっていて、もっともだった。
そう出来たら、どんなに簡単なことか。
「それは、妹たちが、離宮に連れていかれたから……。表向きは養育だが、軟禁状態。ほとんど、俺に対する人質だ。俺が国王としての権限を振りかざさないための。だから俺がエフゲニーの首を落としたとき、同時に二人の妹も……」
グレイは、とつとつと真実を語った。
けれども、まごついている自分にいらいらもしていた。
なぜ俺がしてきたことは正しいと、はっきり言えないんだ?
テュミルは顎を上げて、目を細めた。
それはつららのように冷たくて鋭かった。
「あたし〈ひとりぼっちの王子様〉はよっぽどの大馬鹿者だって思ってたわ。話してみて、すぐわかった。あんた、猫みたいにずっと爪を隠してきたわね。どうして〈傀儡の少年王〉を演じ続けてきたのよ? 逃げようと思えば、こうやっていつでも逃げだせたのに――?」
「ミルにはわからないだろ! 俺がどんな気持ちで生き抜いてきたか!」
「わかるわけないでしょ!」
グレイは、吠えてから驚いた。
激昂できた自分に、そして抑圧していた感情の大きさに。
それも、出会ったばかりの少女に引き出されたことに。
少年はたっぷり息を吸って胸を膨らませると、昂った気持ちもそのままに口を開いた。
「わかった。よく聞け。俺は生き残ることを最優先してきた。それも〈傀儡の少年王〉として微笑みの仮面をつけて。なぜか? 俺がエフゲニーにとって目の上のたんこぶだってよくわかっているからだ。馬鹿であろうと利口であろうと関係ない。俺が生きていれば、玉座は俺の物だ。妹の許婚を選ぶにしても、俺を通さねばならない。エフゲニーが息子のアレクセイを使って王族に連なりたくとも、止められる。俺が生きてさえいれば!」
「でも、あんたがそうしてリンデンにいい顔をしたから、あいつは調子に乗ってあんたの王冠を盾にしてる。特権階級を保護し、庶民には重税。あんたの影に隠れて、あんたの顔に、王冠に泥を塗ったくってる。国民みんなから独裁者として悪者扱いされてて、悔しくないわけ?」
「悔しいに決まってるだろ!」
グレイの反駁に、暖炉の炎が燃え上がる。
青い瞳の中で、揺らめく炎が記憶のものと重なる。
王家の地下墓地の最奥に眠る、初代国王と王妃の横顔を照らした松明の炎が。
「即位したあの日、俺は誓ったんだ。ご先祖様と、父上と母上に。立派な王になるって。ヴァニアスを守るって。家族を守るって!」
グレイは強く握った手のひらの中にゴブレットがあるのを思い出した。
それを一気にあおる。
喉を潤したウイスキーは、彼を鼓舞するように熱かった。
「ああ、そうだよ。俺は子どもだった。背だって小さかったし、何も知らなかった。だから体を鍛えたし、剣の稽古もした。知恵だってつけた。自分の身を守るためだ。この意味がわかるか? いつ殺されてもおかしくないってことだ。議会の貴族たちはエフゲニーの息がかかってる。エフゲニーの暗殺を立件しようにも、証拠だって何一つみつからなかった! リシュナの証言以外には! お前の言う通りだ。味方のいない俺はいつまでたっても〈ひとりぼっちの王子〉。その俺に、いったい何ができるっていうんだよ! 何をしてほしいんだよ!」
議会の宣言、演説、自室で並べていた不平不満でも、これほどに語ることはなかった。
しかも、すべてが本心だった。
本音を並べ立てるのは王宮のタブーだ。
首を守りたければ、欺瞞に満ちたセリフを用意しなくてはならないのだ。
炭と灰はそれを抱きとめると、すぐに炎で包みこんだ。
そして彼女は、あの鋭い視線でグレイを突き刺した。
「ね、どうして今まで何もしてこなかったの? どうして今すぐに裁かないの? リンデンが敷いた絶対王政だけど、上手く使っちゃえばいい。今は、あんたが法律なのよ。それこそ、なんだって自由なのに。あたし、あんたがわからないわ!」
「それは……!」
グレイには、すぐ返せなかった。
テュミルの言うことは道理にかなっていて、もっともだった。
そう出来たら、どんなに簡単なことか。
「それは、妹たちが、離宮に連れていかれたから……。表向きは養育だが、軟禁状態。ほとんど、俺に対する人質だ。俺が国王としての権限を振りかざさないための。だから俺がエフゲニーの首を落としたとき、同時に二人の妹も……」
グレイは、とつとつと真実を語った。
けれども、まごついている自分にいらいらもしていた。
なぜ俺がしてきたことは正しいと、はっきり言えないんだ?
テュミルは顎を上げて、目を細めた。
それはつららのように冷たくて鋭かった。
「あたし〈ひとりぼっちの王子様〉はよっぽどの大馬鹿者だって思ってたわ。話してみて、すぐわかった。あんた、猫みたいにずっと爪を隠してきたわね。どうして〈傀儡の少年王〉を演じ続けてきたのよ? 逃げようと思えば、こうやっていつでも逃げだせたのに――?」
「ミルにはわからないだろ! 俺がどんな気持ちで生き抜いてきたか!」
「わかるわけないでしょ!」
グレイは、吠えてから驚いた。
激昂できた自分に、そして抑圧していた感情の大きさに。
それも、出会ったばかりの少女に引き出されたことに。
少年はたっぷり息を吸って胸を膨らませると、昂った気持ちもそのままに口を開いた。
「わかった。よく聞け。俺は生き残ることを最優先してきた。それも〈傀儡の少年王〉として微笑みの仮面をつけて。なぜか? 俺がエフゲニーにとって目の上のたんこぶだってよくわかっているからだ。馬鹿であろうと利口であろうと関係ない。俺が生きていれば、玉座は俺の物だ。妹の許婚を選ぶにしても、俺を通さねばならない。エフゲニーが息子のアレクセイを使って王族に連なりたくとも、止められる。俺が生きてさえいれば!」
「でも、あんたがそうしてリンデンにいい顔をしたから、あいつは調子に乗ってあんたの王冠を盾にしてる。特権階級を保護し、庶民には重税。あんたの影に隠れて、あんたの顔に、王冠に泥を塗ったくってる。国民みんなから独裁者として悪者扱いされてて、悔しくないわけ?」
「悔しいに決まってるだろ!」
グレイの反駁に、暖炉の炎が燃え上がる。
青い瞳の中で、揺らめく炎が記憶のものと重なる。
王家の地下墓地の最奥に眠る、初代国王と王妃の横顔を照らした松明の炎が。
「即位したあの日、俺は誓ったんだ。ご先祖様と、父上と母上に。立派な王になるって。ヴァニアスを守るって。家族を守るって!」
グレイは強く握った手のひらの中にゴブレットがあるのを思い出した。
それを一気にあおる。
喉を潤したウイスキーは、彼を鼓舞するように熱かった。
「ああ、そうだよ。俺は子どもだった。背だって小さかったし、何も知らなかった。だから体を鍛えたし、剣の稽古もした。知恵だってつけた。自分の身を守るためだ。この意味がわかるか? いつ殺されてもおかしくないってことだ。議会の貴族たちはエフゲニーの息がかかってる。エフゲニーの暗殺を立件しようにも、証拠だって何一つみつからなかった! リシュナの証言以外には! お前の言う通りだ。味方のいない俺はいつまでたっても〈ひとりぼっちの王子〉。その俺に、いったい何ができるっていうんだよ! 何をしてほしいんだよ!」
議会の宣言、演説、自室で並べていた不平不満でも、これほどに語ることはなかった。
しかも、すべてが本心だった。
本音を並べ立てるのは王宮のタブーだ。
首を守りたければ、欺瞞に満ちたセリフを用意しなくてはならないのだ。
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