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一、黒髪のグレイ

6、師父のコテージ〈インキ・マリ〉(5)

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 アーミュが用意してくれた食卓に、全員が着席した。
 泥まみれになったグレイはもちろん、本日二度目の水浴びと三度目の着替えをした。
 長いテーブルの両端で、少年はこの農場の持ち主――三代の王に仕える忠臣で、シュタヒェル騎士団団長セルゲイ・アルバトロスと向かい合って座った。
 髭の生えた彼の頬は、真っ赤に腫れていた。
 それはグレイの拳ではなく、テュミルの手のひらが唸った結果だった。

「この、くそじじい! いないと思ったら、やっぱり覗いたわね!」

 グレイの右斜めで、テュミルが白い肌を上気させて憤慨している。
 動くたびに長い髪がふわふわと揺れ、照明に白くちらつく。
 洗い清めた彼女の髪は本来の色を取り戻していた。
 それは驚くことに、白銀の色をしていた。
 貴族の娘がするように、髪粉を振っているわけでもない。
 それは老人の白髪特有の濁りもなく、おろしたてのシルクのようにまっさらな白さを湛えていた。

「『英雄、色を好む』と言うじゃろう。儂の力はまだ衰えとらんというこっちゃ」

「とか言って正当化しようとしても無駄よ。気持ち悪いから。とっとと枯れて」

 グレイは生き生きと動く少女の横顔から目が離せなかった。
 どこかで、見たことがあるような気がする。
 まじまじと見つめていると、髪を手早く一つに編み上げたテュミルと目が合った。
 アメジストの瞳は不機嫌だ。
 原因は明らかである。
 彼女は視線をくるりと動かし、セルゲイをねめつけた。

「アーミュに嫌われても知らないわよ」

 対するセルゲイの鼻の下は見るからに伸びていた。

「失敬な。それに儂は湯加減を聞いただけじゃろが。重労働の対価と思って、老いぼれに少しぐらいサービスしてくれんか」

 老騎士の手がわざとらしくうごめくのを、少女たちは体ごと拒否した。

「絶対、嫌!」

「おじじさまのえっちー」

 スープを配膳し終わったアーミュも、冷たい目線でセルゲイを攻撃した。

「セルゲイ……」

 国民が知る、頭からつま先まで忠臣の誉れに満ちた騎士セルゲイ・アルバトロスのイメージからは、かけ離れた行為だ。騎士団長の肩書が涙を流しかねない。
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