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二、潮風に吹かれて

6,〈魔法防壁〉(5)

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「……でも、そっか。あんたがリッコの山でたった一人生き残ったのって、それが関係してるのかもしれないわね……」

「魔法を仕掛けたってことか? まさか! エフゲニーは魔法を使えないはずだ」

「魔術だったら、どうかしらね?」

 食いつきの速いグレイへのテュミルの返答も速かった。
 まるであらかじめ用意されていたかのようだ。

「ソレナ民族で魔法が使えるのは過去に混血したワニア民族の血脈――先祖返りみたいなものだけど、魔術は数学と同じで、知性が物を言うから。リンデンが体質として魔法を使えなくても、魔術を扱ってる可能性があるわ。馬鹿じゃなければの話だけど」

 グレイの中で、点在していた情報が少しずつ近づき、結ばれてゆく感覚があった。
 魔術は使うもの。
 テュミルが魔術書を使えたのは、書かれている文字が読めたから。
 少年は理解したさに速く口を回した。

「もしかして、お前が言っていたエフゲニーと魔物の関係って、そういうことなのか? 魔術で魔物を生み出したりなんて、できるものなのか?」

「あたしは、そう睨んでる。あんたを焚きつけたかったのが半分で、まだ全然確証がないんだけど。いつから魔物が出現しはじめたのか、定かじゃないしね。調査中、ってところ」

「リシュナについては、どうなんだ? その、セレスのために魔物退治をしてるとかっていうのは――?」

「それね。あたしもおじじから又聞きだから、本当かどうか――」

「それでもいい。どうなんだ?」

 テュミルは一瞬、言葉を詰まらせた。

「……あたしが言ってること、鵜呑みにしないでよ? 魔物が出るようになってから、ピュハルタの神聖騎士団が再配置されたでしょ。でも魔物を寄せ付けないように炎を焚くしかなくて、それで神子が毎晩一つずつ聖火を灯してるって聞いたわ」

「……そうか……」

 張り詰めていたグレイの胸が、ふっと緩んだ。医務室中に大きなため息の音が響く。

「よかった……。お前の大げさな口ぶりのせいで、直接退治してるのかと思った」

「それは、あれよ。言葉の綾。はっきりしないから、今まで言わなかったのよ。ちゃんと白黒ついてることじゃないと、あたし、話したくなくって。魔術に関しては、あたしの先生――レイフと話してみたら、またちょっと変わるかもしんないわね」

「もしエフゲニーが魔術で魔物を作っているのが本当なら、余罪が余るほどつくな。ロフケシア……なおさら、楽しみになってきた」

 不安要素が一つ減り、旅の目的が一つ増えて、グレイの気持ちが軽くなる。
 明るい展望を持てる喜びが体中に満ちる気がした。

「ところで、ミル。俺でも魔術なら使えるかな」

「無理じゃない?」

「さらっと侮るなよ」

「あら、馬鹿の自覚あったの?」

「ミールー!」

「失礼しま――って、二人とも、何いがみ合ってるの、ストップ、ストップ!」

 世間話が言い争いに発展しかけたとき、ちょうどルヴァが入ってきた。
 彼は不穏な空気をすぐに察して、物理的にグレイとテュミルの間に割り入った。
 そして健気なことに自分の着替えを名もなき双子に分け与えてくれた。
 グレイたちの会話をものともせず、ぐっすりとしている双子の少年に服を着せる。
 やせっぽちの子どもたちのみすぼらしさが少し軽減された。
 気を取り直したグレイが、医師ジャスミンの診察と推理――双子は奴隷であること、六名いる客の中に奴隷商人がいることを伝えると、ルヴァはうなずいた。

「そっか。あの荷物のせいで出発が遅れたり、搬入口が半分塞がったり、元からいわくつきだったんで、なんか納得です。ただ、ごめんなさい。僕は奴隷商人らしい人に会えてないんです。あの荷物の搬入に立ち会ったのはシグだから」

 なるほど、とグレイはうなずいた。
 シグルドが起きる夜にでも、尋ねてみよう。

「でも、僕たちは奴隷商売が大っ嫌いなので、シグもみんなも協力してくれるはずです。ロフケシアに着いたらすぐに保安官に突き出せるよう、迅速に見つけ出して縛り上げましょう!」

 魔法使いの少年が瞳を激しく燃やすのが意外で、グレイは瞳を丸めた。

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