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二、潮風に吹かれて
4,ようこそ〈黒龍丸〉へ(4)
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姿の見えないドーガスのことも含めてグレイが首を捻っていると、少年と男が言い争う声が波間に聞こえた気がした。
「もう! いいから! あっちに行っててよ!」
「いーじゃねえか、別に! お前の友達なんだろ? 挨拶くらいしとかねえと!」
びりびりと足の裏に響く低い声に、聞き覚えがある。
「友達っていうか、ただの知り合いだし! シグには関係ないでしょ!」
「お前に関係してるんだから、俺にだって関係してらあ!」
「プライバシーの侵害だっ!」
「ガキが偉そうに! わからん言葉、使いやがってぇ!」
グレイとテュミルが声のする方へ振り向くとルヴァが大男に抱えられながらこちらに向かってくるのが見えた。
ルヴァは不承不承という風にじたばたと暴れている。
大男はそれをいなしながらずいずいと進み、ついにグレイの目の前に立ちはだかった。
ぎょっとしたまま見上げたグレイは、逆光で伸びた男の影にすっぽり隠れてしまった。
いまや背丈が六フィートを越えている十八歳のグレイが、顎を上げて誰かの顔を見るのは久しぶりのことだった。
つまり少年よりも頭一つ分、大男の方が高かった。
身長だけではない。
全身を覆う筋肉が服の下からわかるほど張り出している。
体のすべてが大きかった。
「よお、お客さん! うちのが世話んなったんだってなあ!」
大男がグレイに向かって手を差し出した。
分厚く平たい肉に太いソーセージが五本刺さっているような大きな手のひらに、グレイはたじろいだ。
まるで自分が子どもに戻ったような錯覚さえ覚える。
それほどまでに、間近で見る大男の存在感に圧倒された。
「俺ぁ、この船――〈黒龍丸〉の船長やってる、シグルドってんだ。よろしく」
「よろしく――!」
グレイはそれを受けるも、シグルドのあまりの握力に目を白黒させた。
それに気付いた大男は、咄嗟に握る手を放した。
「おおっと! 悪い悪い! 骨は折れてねえな?」
悪びれず、シグルドは軽く笑った。
黒い無精ひげが似合う、気さくな笑顔も一緒だ。
それは船乗りらしく、太陽にこんがりと焼かれていた。
後ろにまとめた小さな黒いみつあみが強風にもてあそばれている。
未だ痛みの残る手を振るグレイも、苦し紛れに口の端を持ち上げる。
「どうも……。俺はグレイ。こっちはテュミル」
紹介された少女は、船長の顔を見上げるのでいっぱいいっぱいだった。
「海賊に会うのは初めてだわ」
おっかなびっくり微笑む彼女と船長も握手を交わす。
グレイと違って少女は痛がらなかった。
なぜなら、シグルドは手を丸めただけで、握ってすらいなかったのだ。
「ああ! それな! よく間違われるんだが、俺ぁ、海賊じゃねえぞ。残念だったな! まっとうな海の親父さ!」
シグルドの腋の下では、ルヴァが口を尖らせていた。
彼はシグルドが気を抜いた一瞬を狙って、体をよじって抜け出した。
そしてぶつぶつ文句を言いながら、めくれ上がったシャツをサスペンダーの下にぐいぐい押し込んでいる。
「こんな時だけ、親父ヅラしないでよね、もう」
親父?
グレイは黒髪の大男と、水色の髪を持つ華奢な少年とを見比べた。
船乗りの服装以外、どこをどう見ても共通点が見いだせない。
ルヴァは完全に母親に似たのだろう。
グレイが勝手に納得している傍で、シグルドは不機嫌なルヴァに構わず続けている。
「いやぁさ、こいつに年の近い友達が出来たってキャスから聞いたんで、舞い上がっちまってさ! 航海中、嫌じゃなかったら、こいつと遊んでやってくれよ!」
シグルドは照れくさそうに頬を掻いた。
彼の息子はその脇腹に拳をお見舞いしているが、びくともしない。
「ちょっとシグ、子供扱いしないでよね!」
「何、言ってんだ! 俺の背丈を越えたら、大人だからな! お前らみんな、俺からしたら子供だ!」
がはは、と豪快に一笑いすると、船長はグレイとルヴァの頭を上から叩いた。
シグルドは撫でたつもりだったのだろうが、結構な衝撃があった。
「じゃ、俺は寝る。ルヴァ、お前は?」
「僕はもう少ししたら」
「おう。じゃあな」
三人は甲板を軋ませて船首へと戻る大きな背中を見送った。
「もう! いいから! あっちに行っててよ!」
「いーじゃねえか、別に! お前の友達なんだろ? 挨拶くらいしとかねえと!」
びりびりと足の裏に響く低い声に、聞き覚えがある。
「友達っていうか、ただの知り合いだし! シグには関係ないでしょ!」
「お前に関係してるんだから、俺にだって関係してらあ!」
「プライバシーの侵害だっ!」
「ガキが偉そうに! わからん言葉、使いやがってぇ!」
グレイとテュミルが声のする方へ振り向くとルヴァが大男に抱えられながらこちらに向かってくるのが見えた。
ルヴァは不承不承という風にじたばたと暴れている。
大男はそれをいなしながらずいずいと進み、ついにグレイの目の前に立ちはだかった。
ぎょっとしたまま見上げたグレイは、逆光で伸びた男の影にすっぽり隠れてしまった。
いまや背丈が六フィートを越えている十八歳のグレイが、顎を上げて誰かの顔を見るのは久しぶりのことだった。
つまり少年よりも頭一つ分、大男の方が高かった。
身長だけではない。
全身を覆う筋肉が服の下からわかるほど張り出している。
体のすべてが大きかった。
「よお、お客さん! うちのが世話んなったんだってなあ!」
大男がグレイに向かって手を差し出した。
分厚く平たい肉に太いソーセージが五本刺さっているような大きな手のひらに、グレイはたじろいだ。
まるで自分が子どもに戻ったような錯覚さえ覚える。
それほどまでに、間近で見る大男の存在感に圧倒された。
「俺ぁ、この船――〈黒龍丸〉の船長やってる、シグルドってんだ。よろしく」
「よろしく――!」
グレイはそれを受けるも、シグルドのあまりの握力に目を白黒させた。
それに気付いた大男は、咄嗟に握る手を放した。
「おおっと! 悪い悪い! 骨は折れてねえな?」
悪びれず、シグルドは軽く笑った。
黒い無精ひげが似合う、気さくな笑顔も一緒だ。
それは船乗りらしく、太陽にこんがりと焼かれていた。
後ろにまとめた小さな黒いみつあみが強風にもてあそばれている。
未だ痛みの残る手を振るグレイも、苦し紛れに口の端を持ち上げる。
「どうも……。俺はグレイ。こっちはテュミル」
紹介された少女は、船長の顔を見上げるのでいっぱいいっぱいだった。
「海賊に会うのは初めてだわ」
おっかなびっくり微笑む彼女と船長も握手を交わす。
グレイと違って少女は痛がらなかった。
なぜなら、シグルドは手を丸めただけで、握ってすらいなかったのだ。
「ああ! それな! よく間違われるんだが、俺ぁ、海賊じゃねえぞ。残念だったな! まっとうな海の親父さ!」
シグルドの腋の下では、ルヴァが口を尖らせていた。
彼はシグルドが気を抜いた一瞬を狙って、体をよじって抜け出した。
そしてぶつぶつ文句を言いながら、めくれ上がったシャツをサスペンダーの下にぐいぐい押し込んでいる。
「こんな時だけ、親父ヅラしないでよね、もう」
親父?
グレイは黒髪の大男と、水色の髪を持つ華奢な少年とを見比べた。
船乗りの服装以外、どこをどう見ても共通点が見いだせない。
ルヴァは完全に母親に似たのだろう。
グレイが勝手に納得している傍で、シグルドは不機嫌なルヴァに構わず続けている。
「いやぁさ、こいつに年の近い友達が出来たってキャスから聞いたんで、舞い上がっちまってさ! 航海中、嫌じゃなかったら、こいつと遊んでやってくれよ!」
シグルドは照れくさそうに頬を掻いた。
彼の息子はその脇腹に拳をお見舞いしているが、びくともしない。
「ちょっとシグ、子供扱いしないでよね!」
「何、言ってんだ! 俺の背丈を越えたら、大人だからな! お前らみんな、俺からしたら子供だ!」
がはは、と豪快に一笑いすると、船長はグレイとルヴァの頭を上から叩いた。
シグルドは撫でたつもりだったのだろうが、結構な衝撃があった。
「じゃ、俺は寝る。ルヴァ、お前は?」
「僕はもう少ししたら」
「おう。じゃあな」
三人は甲板を軋ませて船首へと戻る大きな背中を見送った。
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