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二、潮風に吹かれて

4,ようこそ〈黒龍丸〉へ(2)

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 水平線に向かって歩いていると、港が見えてきた。
 そこではひときわ大きな商船が、帆を張ろうとしているのがわかった。
 旗が黒いのが遠目でわかるほど、朝はすぐそこまでやってきていた。
 ぎょっとするどころではない。
 二人の足は示し合わせたように駈け出していた。
 少女はフードが脱げるのもかまわず振り向いた。

「あたし、先に行って引き止めるから! 転ぶんじゃないわよ!」

「誰が転ぶか! 侮るなよ!」

 そうは言ったものの、背負った革鞄と皮鎧、そして全身に響く筋肉痛のせいで体が重たく、思ったように動いてくれない。
 あいつ、本当に引き止めてくれるのか?
 額に流れる汗で視界を奪われながら、グレイは走った。
 そのかいもあって、船着き場に到着した。

「な……なんとか……間に……あった……!」

 近くで見上げると、とても大きな船だった。
 マストが三本あり、網の目のようにロープが渡されている。
 ずんぐりした船体は大きな屋敷のようにそびえたち、川を渡す手漕ぎ船なんて子供のおもちゃのように思える。
 膝に両手を置き荒い呼吸を整える彼に、タオルが差し出された。

「おはようございます、グレイさん」

 ヴィオラを彷彿とさせる若木のような声がした。
 振り向くと、先日の少年が丸い瞳をにこやかに細めていた。
 透き通るような水色の髪の毛が朝日に輝いている。

「ルヴァ!」

「ようこそ〈黒龍丸スヴェル・ドレークン〉へ!」

 グレイは彼と固い握手を交わし、こっちです、と誘われるまま補助階段を上る。
 階段といっても、足板があるだけで隙間からは海が見える。
 グレイの背筋が一瞬冷えた。
 上りきった甲板の上に、テュミルがいた。
 手すりに体を預け、ひらひらと手を振り余裕を見せつけてくるので、グレイは眉を上げた。
 優雅に見せかけているものの、彼女の額から汗が滴り落ちるのが見えたからだ。
 強がりめ。
 首筋を拭いながらそっと責める。

「ルヴァ! もういいか?」

 グレイの耳に野太い声が届いた。
 耳だけではない、甲板をびりびりと震わせるまるで地鳴りのようなそれは、船尾の方から轟いてきた。
 隣からルヴァが負けじと喉を張りあげる。

「駄目だ、シグ! まだマスターが着てないから――!」

「私はここですよ、ルヴァ君」

 声のした方に顔を向けると、そこには声色と同様に温かな笑顔を浮かべた男がいた。
 いつの間に追い付いて階段を上っていたのだろうか?

「ミルちゃんといい、グレイくんといい、いい目印になりますね」

 ルヴァがドーガスの到着を告げたのか、船長と思しきバスが甲板に轟いた。

「よぉーし揃ったな! 野郎ども! 帆を張れ! 錨を上げろ!」

 甲板の上が急に騒がしくなってきた。
 出航する興奮に包まれ、落ち着いて来ていたグレイの鼓動も再び高まるようだった。
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