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一、黒髪のグレイ
4、王家の迷宮(5)
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テュミルにランタンを押し付けられたグレイは、仕方なく先頭になって、黴臭く細い地下水路へ踏み出した。
「あたしが来た道の曲がり角に、光る石を置いてきたから、それを探して」
グレイにぴったりとくっついて歩くテュミルが言う。
ときおり、小さな鼠がつま先の上を通り過ぎたり、あるいは額に蜘蛛の巣がひっかかったりして、グレイは驚いた。
「うわっ!」
彼のバリトンは古びた水路のあちこちに散乱して、深い闇へと吸い込まれてゆく。
「ば、馬鹿! 脅かさないでよね!」
テュミルの声が、グレイのすぐ後ろから聞こえた。
「驚くだろ、普通!」
「うるさい! 黙って歩けっ!」
少女がそう言うのも、無理はなかった。
なぜなら、二人の立てる音や光を察知した魔物が、彼らに寄って来るからだ。
城内で戦ったトカゲのように、そのどれもがグレイの知っている動物より何倍も大きな体を持っていた。
その上、人の血を求めていた。
巨大なネズミや虫が襲いかかってくるのを対処しながら、二人は道を進んだ。
光に吸い寄せられた虫を剣で振り払いながら、グレイは思っていた。
こんな場所、早く出よう。
はやる気持ちは体にそのまま表れた。
グレイが速足で角を曲がろうとすると、マントの端がぐいっと引っ張られた。
「ちょっと! ここじゃないわよ! 一日中、ここで迷っていたいなら、勝手にすると良いわ」
「意地悪な物言いだな」
「だって、あたしは早く出たいもん」
石づくりの通路はどこも苔むしており、歩くのには常に慎重さを要した。
だが、少女の踵は自信たっぷりに鳴りつづけていた。
しかし、少女の左手はなぜか、グレイの纏う紺色のマントを握って離さない。
もしかして。
少年はにやりとした。
「お前、暗いのが怖いんだろ?」
「う、うるさいわね!」
テュミルの拳が、グレイの背中へしたたかにめりこむ。
皮鎧を装備していても、痛いものは痛かった。
「お、お前、こういうのは手加減しろって……」
痛みに呻きながらグレイが体を折ると、ランタンの明かりが消え、あたりは一瞬にして暗闇に包まれた。
「ちょ、ちょっと、やだ、こんなときに……!」
テュミルの波立つ声と、鞄を探る音が聞こえる。
しかしグレイの注意は路の横を流れる水路に注がれていた。
これまで闇色に染まって見えなかった水面が、うっすらと揺らめいている。
「……明かりだ……」
外から入りこむ月光に違いない。
少年の気持ちもなんとなく明るくなった。
「オ・フォーコ・ユマラ・マナ! はい、つけた! もう消さないでよね」
テュミルが再びランタンに炎を入れると、蝋燭が喜んでそれを受け取った。
「それはお前の拳に聞いてくれ。それよりも、外が近いんだ!」
そうグレイが指示したほうからちょうど新鮮な風がやってきて、濁り淀んだ空気を薄めてくれる。
「そんな、騒ぐほどじゃないでしょ」
憎まれ口をたたくテュミルの口元も、どこかほっとしたように綻んでいた。
「外に出てもまだ、真っ暗の夜だしな」
「うるさい王子様ですこと!」
ひらりと前へ踊り出ながら、テュミルはグレイのつま先を思い切り踏んでいった。
グレイが痛みに鼻を鳴らしていると、水路がちゃぷんと音を立てた。
「ん?」
魚だろうか。グレイが思わず見たそこには、黒い影が潜んでいた。
「あたしが来た道の曲がり角に、光る石を置いてきたから、それを探して」
グレイにぴったりとくっついて歩くテュミルが言う。
ときおり、小さな鼠がつま先の上を通り過ぎたり、あるいは額に蜘蛛の巣がひっかかったりして、グレイは驚いた。
「うわっ!」
彼のバリトンは古びた水路のあちこちに散乱して、深い闇へと吸い込まれてゆく。
「ば、馬鹿! 脅かさないでよね!」
テュミルの声が、グレイのすぐ後ろから聞こえた。
「驚くだろ、普通!」
「うるさい! 黙って歩けっ!」
少女がそう言うのも、無理はなかった。
なぜなら、二人の立てる音や光を察知した魔物が、彼らに寄って来るからだ。
城内で戦ったトカゲのように、そのどれもがグレイの知っている動物より何倍も大きな体を持っていた。
その上、人の血を求めていた。
巨大なネズミや虫が襲いかかってくるのを対処しながら、二人は道を進んだ。
光に吸い寄せられた虫を剣で振り払いながら、グレイは思っていた。
こんな場所、早く出よう。
はやる気持ちは体にそのまま表れた。
グレイが速足で角を曲がろうとすると、マントの端がぐいっと引っ張られた。
「ちょっと! ここじゃないわよ! 一日中、ここで迷っていたいなら、勝手にすると良いわ」
「意地悪な物言いだな」
「だって、あたしは早く出たいもん」
石づくりの通路はどこも苔むしており、歩くのには常に慎重さを要した。
だが、少女の踵は自信たっぷりに鳴りつづけていた。
しかし、少女の左手はなぜか、グレイの纏う紺色のマントを握って離さない。
もしかして。
少年はにやりとした。
「お前、暗いのが怖いんだろ?」
「う、うるさいわね!」
テュミルの拳が、グレイの背中へしたたかにめりこむ。
皮鎧を装備していても、痛いものは痛かった。
「お、お前、こういうのは手加減しろって……」
痛みに呻きながらグレイが体を折ると、ランタンの明かりが消え、あたりは一瞬にして暗闇に包まれた。
「ちょ、ちょっと、やだ、こんなときに……!」
テュミルの波立つ声と、鞄を探る音が聞こえる。
しかしグレイの注意は路の横を流れる水路に注がれていた。
これまで闇色に染まって見えなかった水面が、うっすらと揺らめいている。
「……明かりだ……」
外から入りこむ月光に違いない。
少年の気持ちもなんとなく明るくなった。
「オ・フォーコ・ユマラ・マナ! はい、つけた! もう消さないでよね」
テュミルが再びランタンに炎を入れると、蝋燭が喜んでそれを受け取った。
「それはお前の拳に聞いてくれ。それよりも、外が近いんだ!」
そうグレイが指示したほうからちょうど新鮮な風がやってきて、濁り淀んだ空気を薄めてくれる。
「そんな、騒ぐほどじゃないでしょ」
憎まれ口をたたくテュミルの口元も、どこかほっとしたように綻んでいた。
「外に出てもまだ、真っ暗の夜だしな」
「うるさい王子様ですこと!」
ひらりと前へ踊り出ながら、テュミルはグレイのつま先を思い切り踏んでいった。
グレイが痛みに鼻を鳴らしていると、水路がちゃぷんと音を立てた。
「ん?」
魚だろうか。グレイが思わず見たそこには、黒い影が潜んでいた。
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