58 / 63
第一章 青き誓い
10、十戒、その身に帯びて(7)
しおりを挟む
「どうして本物のルジアダズ海賊団がここにいるんだ!」
たまらず虚空に叫んだが、そうしたところで誰もわからないに違いない。
海賊に斬られた村人や、上陸した騎士に倒された「本物」の身体が次々と土の上に倒れ落ち、重なる。それを見ながら、セルゲイは心を鬼にして剣を握り直した。
できることなら、助太刀したい。すべきだ。止まらない歯ぎしりに顎がこれ以上なく痛む。
覚悟を決めろ、セルゲイ。俺はただの騎士じゃない。
「城へ急ぐぞ!」
「あ、ああ!」
セルゲイは背後にかばう主君グレイズではなく、自分に言い聞かせるように叫んだ。
海賊と騎士とが炎の中で戦う地獄のような光景に自らも入り込み、警戒しながら進む。
そのうちに、比較的小綺麗な格好をした海賊男が倒れているのに気づいた。
刺青は無い。思わずセルゲイが屈むと、グレイズが剣の切っ先を男に向けた。
「セルゲイ、離れろ!」
「待て!」
騎士の心臓がきゅっと縮んだ。
「ゾラ、ゾラ!」
彼はシュタヒェル騎士団の従騎士(エスクワイア)で、今回の茶番のために海賊役を買って出てくれた一人だ。
頬を軽く叩き、口元に耳を近づけて息を確かめる。彼の心臓はまだ動いていた。
「誰か、ゾラを!」
セルゲイの声に応じて駆けつけた従騎士に知人を頼む。
「セルゲイ、なぜ海賊を助ける! この村を襲った蛮族だぞ!」
「説明はあとだ!」
セルゲイは主君に背を向けて勢いよく立ち上がった。
困惑する彼の顔を今は見たくなかった。それに今、真相を伝える時間の余裕などない。
「とにかく城へ行こう、グレイズ! マルティータ様が危ない!」
騎士が王子の肩を掴んだ、その時だった。
天をつんざくように高く、大地を揺るがすように低い咆哮が、あたりに響き渡った。
生まれて初めて聞く、世界がひっくり返るような轟音に咄嗟に耳を塞ぎ、声の主を探す。
「あれは、マルー!」
すると騎士よりも先に、王子が勢いよく駆けだした。
一呼吸遅れて見た方向には黒い城の影が、そして城の上には巨躯の生物が翼を広げていた。
陽炎かもしれないその影は、本の中にしか現れない伝説の生きものドラゴンを髣髴とさせた。
その足元に小さくいるのは誰だろう。スカートと赤髪を弄ばれる娘のシルエットだ。
ドラゴンとプリンセス。
状況が許さないのに、セルゲイの脳裏にぼんやりと童話の挿画が浮かび上がる。
「……聞いてねえよ……」
セルゲイの顎先から、つうっと汗が落ちていった。
全ては筋書き通りなのか? 本当に?
「聞いてねえよ!」
騎士の雄叫びが、空を赤く焦がす炎の穂先に混じりあった。
たまらず虚空に叫んだが、そうしたところで誰もわからないに違いない。
海賊に斬られた村人や、上陸した騎士に倒された「本物」の身体が次々と土の上に倒れ落ち、重なる。それを見ながら、セルゲイは心を鬼にして剣を握り直した。
できることなら、助太刀したい。すべきだ。止まらない歯ぎしりに顎がこれ以上なく痛む。
覚悟を決めろ、セルゲイ。俺はただの騎士じゃない。
「城へ急ぐぞ!」
「あ、ああ!」
セルゲイは背後にかばう主君グレイズではなく、自分に言い聞かせるように叫んだ。
海賊と騎士とが炎の中で戦う地獄のような光景に自らも入り込み、警戒しながら進む。
そのうちに、比較的小綺麗な格好をした海賊男が倒れているのに気づいた。
刺青は無い。思わずセルゲイが屈むと、グレイズが剣の切っ先を男に向けた。
「セルゲイ、離れろ!」
「待て!」
騎士の心臓がきゅっと縮んだ。
「ゾラ、ゾラ!」
彼はシュタヒェル騎士団の従騎士(エスクワイア)で、今回の茶番のために海賊役を買って出てくれた一人だ。
頬を軽く叩き、口元に耳を近づけて息を確かめる。彼の心臓はまだ動いていた。
「誰か、ゾラを!」
セルゲイの声に応じて駆けつけた従騎士に知人を頼む。
「セルゲイ、なぜ海賊を助ける! この村を襲った蛮族だぞ!」
「説明はあとだ!」
セルゲイは主君に背を向けて勢いよく立ち上がった。
困惑する彼の顔を今は見たくなかった。それに今、真相を伝える時間の余裕などない。
「とにかく城へ行こう、グレイズ! マルティータ様が危ない!」
騎士が王子の肩を掴んだ、その時だった。
天をつんざくように高く、大地を揺るがすように低い咆哮が、あたりに響き渡った。
生まれて初めて聞く、世界がひっくり返るような轟音に咄嗟に耳を塞ぎ、声の主を探す。
「あれは、マルー!」
すると騎士よりも先に、王子が勢いよく駆けだした。
一呼吸遅れて見た方向には黒い城の影が、そして城の上には巨躯の生物が翼を広げていた。
陽炎かもしれないその影は、本の中にしか現れない伝説の生きものドラゴンを髣髴とさせた。
その足元に小さくいるのは誰だろう。スカートと赤髪を弄ばれる娘のシルエットだ。
ドラゴンとプリンセス。
状況が許さないのに、セルゲイの脳裏にぼんやりと童話の挿画が浮かび上がる。
「……聞いてねえよ……」
セルゲイの顎先から、つうっと汗が落ちていった。
全ては筋書き通りなのか? 本当に?
「聞いてねえよ!」
騎士の雄叫びが、空を赤く焦がす炎の穂先に混じりあった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる