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第一章 青き誓い

10、十戒、その身に帯びて(7)

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「どうして本物のルジアダズ海賊団がここにいるんだ!」

 たまらず虚空に叫んだが、そうしたところで誰もわからないに違いない。
 海賊に斬られた村人や、上陸した騎士に倒された「本物」の身体が次々と土の上に倒れ落ち、重なる。それを見ながら、セルゲイは心を鬼にして剣を握り直した。
 できることなら、助太刀したい。すべきだ。止まらない歯ぎしりに顎がこれ以上なく痛む。
 覚悟を決めろ、セルゲイ。俺はただの騎士じゃない。

「城へ急ぐぞ!」

「あ、ああ!」

 セルゲイは背後にかばう主君グレイズではなく、自分に言い聞かせるように叫んだ。
 海賊と騎士とが炎の中で戦う地獄のような光景に自らも入り込み、警戒しながら進む。
 そのうちに、比較的小綺麗な格好をした海賊男が倒れているのに気づいた。
 刺青は無い。思わずセルゲイが屈むと、グレイズが剣の切っ先を男に向けた。

「セルゲイ、離れろ!」

「待て!」

 騎士の心臓がきゅっと縮んだ。

「ゾラ、ゾラ!」

 彼はシュタヒェル騎士団の従騎士(エスクワイア)で、今回の茶番のために海賊役を買って出てくれた一人だ。
 頬を軽く叩き、口元に耳を近づけて息を確かめる。彼の心臓はまだ動いていた。

「誰か、ゾラを!」

 セルゲイの声に応じて駆けつけた従騎士に知人を頼む。

「セルゲイ、なぜ海賊を助ける! この村を襲った蛮族だぞ!」

「説明はあとだ!」

 セルゲイは主君に背を向けて勢いよく立ち上がった。
 困惑する彼の顔を今は見たくなかった。それに今、真相を伝える時間の余裕などない。

「とにかく城へ行こう、グレイズ! マルティータ様が危ない!」

 騎士が王子の肩を掴んだ、その時だった。
 天をつんざくように高く、大地を揺るがすように低い咆哮が、あたりに響き渡った。
 生まれて初めて聞く、世界がひっくり返るような轟音に咄嗟に耳を塞ぎ、声の主を探す。

「あれは、マルー!」

 すると騎士よりも先に、王子が勢いよく駆けだした。
 一呼吸遅れて見た方向には黒い城の影が、そして城の上には巨躯の生物が翼を広げていた。
 陽炎かもしれないその影は、本の中にしか現れない伝説の生きものドラゴンを髣髴とさせた。
 その足元に小さくいるのは誰だろう。スカートと赤髪を弄ばれる娘のシルエットだ。
 ドラゴンとプリンセス。
 状況が許さないのに、セルゲイの脳裏にぼんやりと童話の挿画が浮かび上がる。

「……聞いてねえよ……」

 セルゲイの顎先から、つうっと汗が落ちていった。
 全ては筋書き通りなのか? 本当に?

「聞いてねえよ!」

 騎士の雄叫びが、空を赤く焦がす炎の穂先に混じりあった。
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