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第一章 青き誓い
7、警告と叙任(1)
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人懐こい性格、二枚目を自負する相貌、騎士として鍛え上げた若々しく男らしい肉体、場面や言葉にあわせて自由自在に多彩な音色を奏でられる、チェロのようなバリトン。
どんな女性であろうとも二人きりになってしまえば籠絡できるという絶対的な自信を持っているセルゲイでも、三十歳年上のミゼリア・ミュデリア――神秘の力を宿す神子姫相手には、さすがに緊張した。
まだ少年と呼べる年齢の従騎士を招いた彼女は、壁紙から家具、カーテンなど、全てが光を跳ね返す純白のサロンで、寝椅子に腰掛けた。
風が、うっすらと開いた窓ごしにレースのカーテンを揺らしながら入り込んできた。
甘い香りに誘われてか、クロッシェで彩られた清楚な胸元がゆったりと上下する。
その時、目が合った。木漏れ日のような微笑みがとろりとこぼれる。
「ようやく、二人きりになれましたね」
色白の相貌の上、陽に透ける黄金の睫毛が羽ばたく中央にはエメラルドがはめ込まれている。
まるで双子のブローチのようだ。
「はっ」
穏やかなアルトは微笑み同様に暖かい。だのに、ぴんとまっすぐになって動けない。
小姓時代、騎士ドーガスから服の背中に突っ込まれた堅い定規の感触を思い出す。
「グラスタンとともにお頑張り」
ミゼリア・ミュデリアは、きっぱりと言い切った。
まるで母親にされるように、全てを知られ、見透かされたような気持ちがする。
「はい。俺を救ってくだすった殿下に、この身の限り、恩をお返しします」
敬礼するセルゲイに、神子姫は満足げに頷いてくれた。
彼女のけぶるような金髪が、ふわりと頬の周りで揺れては煌めく。
そして二人は、見つめあった。
不思議な沈黙が二人の間を埋める。
長い間――いや、もしかしたらほんの数十秒だったのかもしれないが――黙りこくっているうちに、セルゲイはきょとんとしてしまった。俺はどうして呼び出されたんだっけ?
「あの、もしかして、それだけ……ですか?」
「ええ」
神々しく微笑む神子姫も同様に小さな困惑を見せ、何が不満かと問いたそうでもある。
いや、聞きたいのは、俺のほうですが!
「予知とか、未来視とか、そういうので俺にアドバイスを授けてくださるのかと――」
「視るには、視ましたわ」
息巻き、前のめりになった従騎士を、神子姫は真っ白な手のひらで止めた。
そして身を固めたセルゲイを一瞥すると、その手で大理石のテーブルに載っていた貝殻のように白いカップを摘まんだ。それを優雅に口元へ運ぶ。
「それに何の価値があるかしら」
神子姫がつまらなそうにする理由は自明だ。
彼女は王家に代々現れる神通力を持つ〈ヴァニアスの神子〉――国教スィエルにおいては、宗主であり現人神のような存在である。彼女の〈ギフト〉――治癒と予知の魔法を求める人々は後を絶たない。予知能力のあるミゼリア・ミュデリアにとって、未来が無味乾燥なものであったとしても無理はない。だが、それとこれとは話が別である。
「俺、気になります! だってこれから――!」
「けれど、未来――らしきものを知ったところで、先立つのは不安ばかりだわ」
神子姫が尖らせた口のまわりに微細な皺が寄る。
「それに人生なんていくらでも転がるものです。それはお前が一番よく知っているでしょう。一つの出会いが、言葉が、行動が、これまでの、そしてこれからの運命をいくらでも変えてしまうことを」
どんな女性であろうとも二人きりになってしまえば籠絡できるという絶対的な自信を持っているセルゲイでも、三十歳年上のミゼリア・ミュデリア――神秘の力を宿す神子姫相手には、さすがに緊張した。
まだ少年と呼べる年齢の従騎士を招いた彼女は、壁紙から家具、カーテンなど、全てが光を跳ね返す純白のサロンで、寝椅子に腰掛けた。
風が、うっすらと開いた窓ごしにレースのカーテンを揺らしながら入り込んできた。
甘い香りに誘われてか、クロッシェで彩られた清楚な胸元がゆったりと上下する。
その時、目が合った。木漏れ日のような微笑みがとろりとこぼれる。
「ようやく、二人きりになれましたね」
色白の相貌の上、陽に透ける黄金の睫毛が羽ばたく中央にはエメラルドがはめ込まれている。
まるで双子のブローチのようだ。
「はっ」
穏やかなアルトは微笑み同様に暖かい。だのに、ぴんとまっすぐになって動けない。
小姓時代、騎士ドーガスから服の背中に突っ込まれた堅い定規の感触を思い出す。
「グラスタンとともにお頑張り」
ミゼリア・ミュデリアは、きっぱりと言い切った。
まるで母親にされるように、全てを知られ、見透かされたような気持ちがする。
「はい。俺を救ってくだすった殿下に、この身の限り、恩をお返しします」
敬礼するセルゲイに、神子姫は満足げに頷いてくれた。
彼女のけぶるような金髪が、ふわりと頬の周りで揺れては煌めく。
そして二人は、見つめあった。
不思議な沈黙が二人の間を埋める。
長い間――いや、もしかしたらほんの数十秒だったのかもしれないが――黙りこくっているうちに、セルゲイはきょとんとしてしまった。俺はどうして呼び出されたんだっけ?
「あの、もしかして、それだけ……ですか?」
「ええ」
神々しく微笑む神子姫も同様に小さな困惑を見せ、何が不満かと問いたそうでもある。
いや、聞きたいのは、俺のほうですが!
「予知とか、未来視とか、そういうので俺にアドバイスを授けてくださるのかと――」
「視るには、視ましたわ」
息巻き、前のめりになった従騎士を、神子姫は真っ白な手のひらで止めた。
そして身を固めたセルゲイを一瞥すると、その手で大理石のテーブルに載っていた貝殻のように白いカップを摘まんだ。それを優雅に口元へ運ぶ。
「それに何の価値があるかしら」
神子姫がつまらなそうにする理由は自明だ。
彼女は王家に代々現れる神通力を持つ〈ヴァニアスの神子〉――国教スィエルにおいては、宗主であり現人神のような存在である。彼女の〈ギフト〉――治癒と予知の魔法を求める人々は後を絶たない。予知能力のあるミゼリア・ミュデリアにとって、未来が無味乾燥なものであったとしても無理はない。だが、それとこれとは話が別である。
「俺、気になります! だってこれから――!」
「けれど、未来――らしきものを知ったところで、先立つのは不安ばかりだわ」
神子姫が尖らせた口のまわりに微細な皺が寄る。
「それに人生なんていくらでも転がるものです。それはお前が一番よく知っているでしょう。一つの出会いが、言葉が、行動が、これまでの、そしてこれからの運命をいくらでも変えてしまうことを」
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