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第一章 青き誓い

6、王子と赤薔薇姫(1)

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 今でもありありと思い出す。グレイズはあの日、生まれて初めて自分の名で騎士団長デ・リキアと副騎士団長ドーガスを呼びつけて、宣言した。

「除名は撤回せよ。謹慎が明け次第、従騎士セルゲイ・アルバトロスを我が従者とする」

 そして自ら説得し選びぬいた騎士にして友になりたい男こそセルゲイであったものの、悲しいかな、グレイズにとって彼はもっとも不得手とする人間だった。
 当初、会話を試みるも一言で終わるあっけらかんとした調子には肩透かしを食らった。
 同い年である以外の共通点が見あたらず、話題も見つけられない。そのうち過酷な修行と国王の禿げ頭に対する悪態を聞くことが増えたが、同調したくとも悪口は主義に反した。
 よく言えば豪快、悪く言えば粗雑な彼は実に戦士らしいし、そこに憧れる部分もある。
 しかし、知的か、あるいは信頼に足るかと問われると、まだ疑問が残るのも確かだ。
 女性を敬い大切にし〈愛の歌(ミンネ)〉も捧げることのできるフェミニストである点は大変好ましく評価できたが、初対面の女とでも一夜を共にするという、グレイズの貞操観を逸脱した、とんでもない噂も数多く聞いた。好意的にとらえるならば、男性社会出身のために、女性の魅力にめっぽう弱いのだろう。そうだとしても騎士があからさまに鼻の下を伸ばすのはどうかと思う。
 このようにグレイズにとって初めて接する人種なので、この一年ストレスは少なくなかった。
 そして御前試合から一年後である今日、グレイズは初めてセルゲイと二人きりになった。
 なれた、と言うほうが正確かもしれない。二人の従騎士は国王ブレンディアン五世に付き添ったりしごかれたりの忙しい日々を過ごしてきたから。
 初めて下した命令に、まだどきどきしている。セルゲイを呼びつけた神子姫の意図は知れないが、ならばと息巻き、グレイズも小さな冒険に出たのが、今回の旅路であった。
 道すがら盗み見たセルゲイは、年の近さが嘘のような屈強な肉体を持っていた。
 その横顔は実に静謐、彼を特徴づける鷲鼻も素敵で同性ながら見惚れてしまうものだった。
 いったい、何を思っていたのだろう。
 グレイズは、愛しいマルティータに通されたベルイエン離宮の中庭で、誰も見ていないのをよいことに、東屋のベンチに腰掛けるなり両の手足を投げ出した。
 わからない。
 いくら騎士の心中を想像すれども、グレイズはセルゲイではないので微塵も理解が及ばない。
 裏表のない性格のようだが、何か隠し事の一つや二つ、あってもおかしくはない。
 しかし。グレイズは呻った。主君が従者の全てを知る必要はないのか。
 けれど言ってくれたではないか。少しずつ相手のことを知るべき、擦り合わせるべき、と。
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