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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(5)

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 固唾を呑んでグラスタン王子の返事を待つ時間は、永遠のように長かった。

「私は父上と同じことを君にしていたのか……」

 そのうち、とぼとぼと歩いていた王子の足が止まった。

「ありがとう、セルゲイ。忖度無しの助言、痛み入る」

「……俺、首ですかね」

 人の気も知らないで。セルゲイは溜め息を深呼吸に隠すと、歯の隙間からぼそぼそ言った。

「いいや。誰が君を手放すものか。口調は直さずそのままで頼む。気風のよさが気持ちいい。君は港町の生まれだったか。だから潮風のようなのだな。傍若無人だが広々としている」

 と、王子はほろ苦く微笑んだ。

「益者三友。直きを友とし、諒(まこと)と友とし、多聞を友とするは益なり」

 それはまるで呪文だった。そもそも同じヴァン語だったかも怪しい。
 王子の言う意味がわからなくて、セルゲイはくちびるを一文字に結びきった。
 二人の間に重たい沈黙が横たわる。

「……と」

 居心地の悪さに生唾を飲み込んだそのとき、

「東洋の君子論にあった。隠さず直言する素直な者、裏表のない真心のある誠実な者、博識な者を友とするのは有益である、と」

「ふうん」

 手元にない書物をするりと引用されると、育ちの違いをまざまざと感じさせられる。加えて、本の知識を披露するときのグラスタンの顔と言ったら。まるで世界の理や世界一美味しいもの、宝物を見つけたように輝くのだ。なるほど、話してみるとわかるものだ。距離感がわからずにいたのはセルゲイも同じかもしれない。

「その逆とかってあんの?」

 ほとんど無意識に尋ねてちらりと伺うと、王子の瞳に明るい光が入った。

「ある! 損者三友。便辟を友とし、善柔を友とし、便佞を友とするは損なり」

「えーと、つまり?」

「体裁を飾る素直ではない者、表面を取り繕い媚びへつらう者、口先だけ達者で誠意のない者を友とするのは有害である」

 ちくりと痛んだ心に思わず顔ごと背ける。俺はそんなに立派な男じゃない。

「こうした者は宮廷内で――特に父上の周りでよく見かける。気性の荒い父上に取り入るのはさぞかし大変だろうが、それとて何の意味があるだろう。立身、虚偽、欺瞞。金満を得られたとて、真の幸福を逃がすだけ。よりよき人生のためには、騎士道の何たるかを知るべきだ」

「それ、本人たちに言ってやりゃいいのに」

「言って利があると?」

「言わないと変わんねえだろ」

 二人は視線を交わらせた。

「私は敢えて命令しない。だが、いつか君から友と認められるように努力しよう」

「わかった。後悔するなよ」

 従騎士は、こぼれ落ちてきた前髪を撫でつけた。
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