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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(3)

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 セルゲイが飲み込んだ本音をどうやって知ったのか、王子はしょぼくれかえった。

「何から何まで迷惑をかけて。私はいつも駄目だな……」

 少年のくちびるが情けなく曲げられて形のよさを台無しにしている。

「決めつけると本当にダメになりますってば」

 王子のしょんぼりと余計に縮こまった背中を、セルゲイは軽く叩いて励ました。
 その拍子に背筋がピンと伸びると、身長もぐんと伸びた気がした。
 あの日――セルゲイを迎えに来た時の凛然とした気迫は演技だったのだろうか。

「誰でも苦手なものはあります。俺が悪かったです。こういうのは俺がちゃんとしておくべきだったんです。でも、殿下もできないことはできないって、なんでも最初に言っておいてくださいよ。そうしてもらわないと俺、カバーできないからさ。――あっ」

 セルゲイは、回りすぎた舌をくちびるごと右手の中に閉じ込めた。
 それは王子も同様だったらしい。彼は瞳を丸めたあと深呼吸を繰り返し、くちびるを舐めたと思いきや、突然セルゲイの行く手を塞いだ。

「セルゲイ、ずっと言おうと思っていた。遠慮はいらない。騎士団の気の置けない友人にするようにしてほしい。私たちは同い年で、そして〈盾仲間〉になる間柄だ」

 正直面食らった。いや、合点がいったというのが正確だろう。
 この一年、何かにつけて物言いたげな視線を送ってきたり二人きりになろうとしているのは感じていた。そのまなざしがあまりに熱くて、彼が同性愛者ではないかと疑ったこともある。
 それが友人宣言とは。少しほっとすると同時に、現実を知ってくれとも思う。
 同い年、〈盾仲間〉で王子近衛従騎士。確かにそれは周知の事実ではあるが、かといって、突然友だちになるわけではない。ましてや王太子と商家の従騎士だ。ブーツに同じ色の拍車を付け同じ騎士団の鎧を纏えども、二人の身分には超えてはいけない一線がある。それぐらいセルゲイにもわかる。小姓・従騎士の同期たちに尋ねてみても口を揃えて言うだろう。礼を失すれば首が飛ぶと。あくまで契約上の主従関係に過ぎないのに、このうら若き貴人は何か勘違いをしているらしい。
 セルゲイは軽く咳ばらいをした。それだって時間稼ぎにはならないけれども。

「殿下、それは命令ですか?」

「友情は命令で持つものなのか?」

「そうじゃありませんけど、そうしてもらわないと俺の首が飛びます」

「命令がなければ、友にはなれぬと?」

「いやあ……」

 二人きりになったと思えば、随分ぐいぐい来るな。しかも返しにくい事ばかり言う。
 その割には、もしょもしょといじけた調子なものだから気を遣う。

「ご命令いただくと、俺が楽っていうか――」

「忠信を主とし、己に如かざるものを友とすることなかれ。セルゲイ、私より強く高潔な心ある君とならば友になれると思うのだ」

 悲しいかな、この言い方がすでに強要であると、彼は理解していないらしい。

「……しかし心までは強制したくない。君が嫌ならば、遠慮なく断ってくれていい」

 セルゲイが答えあぐねていると、王子はすぐに拗ねた。そうはいかねえだろって。
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