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第一章 青き誓い

3、王太子グラスタン(3)

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 そして訪れた約束の日、御前試合当日。グラスタンは貴賓席に閉じ込められた。

「欠席など言語道断。お前の騎士を選ぶための試合であるぞ」

 と、父王ブレンディアンはバスバリトンを響かせた。もちろん反論は許されるはずがない。
 ベルイエン離宮へやってきてから、ずっとこの調子だ。
 力を持ち、誇示できる王たれと言う彼こそ、自分の長所が息子に受け継がれなかったことをいつまでも直視できないのだろう。それは王子自身も、痛いほどよくわかっている。

「私が本当に獅子王だったらば、全てがうまく行くのだろうか」

 グラスタンは国会議事堂のステンドグラスと共に伝説に語られる王家の始祖エドゥアルガス・スノーブラッド王を思いながら、決戦に赴く二人の従騎士を見下ろした。
 式次第が進み、鎧兜の男が剣を交わらせた。甲高い金属音が辺りに散らかる。
 グラスタンは貴賓席の真ん中で縮こまりながら、すぐにがっかりした。
 二人の従騎士の力は見比べるまでもなく、一目瞭然だった。
 猛烈な勢いで攻め立てる騎士団長の息子が圧倒的に優勢を保ち続けている。技を披露するのとは違う。相手を力でねじ伏せてやろうという攻撃的な心までも見えるようだ。
 反対に、彼の同期だという従騎士は果敢な攻めを防ぐに終始している。
 ついに兜も脱げた。彼の長剣が折れた時、彼の命運も尽きるだろう。
 あまりに一方的で、これはとても試合と呼べるものではない。
 一騎打ちとは、実力の拮抗する二人が己の正義をかけて正々堂々と闘うものではなかったか。
 物語に読んだ、高潔なものとはほど遠い。どちらも王子の盾仲間に相応しくない。
 一刻も早く帰りたい。
 グラスタンが落胆に青い視線を落とした、その時だった。
 防戦に徹していた男が突然、剣を反転させ剣身を掴んだ。
 気がふれたか。心ない野次と同じ感想を持ったグラスタンは、見てしまった。
 男は相手の首に柄を引っかけると、その勢いで相手を地面に叩きつけた。
 重たい音が静まり返った場内に響いた。

「おお!」

 国王をはじめ、その場にいた全員が驚きに言葉を失い、次の瞬間に大歓声を上げた。
 鮮やかなカウンターの一撃――たった一度の反撃で相手を倒してしまった。
 それはほんの一瞬の出来事であった。

「すごい……!」

 グラスタンは、気づけば立ち上がっていた。
 心が熱い。まだ震えている。胸や手だけではない、全身を悪寒が駆け巡っている。
 ちりちりと爆ぜるような期待は、まるで自らが松明や花火になったかのようだ。
 なんという感動だろう。物語と婚約者以外で初めて、心を動かされた。

「彼の……彼の名は?」

 少年の喘ぐような呟きを拾ったのは父だった。

「セルゲイ・アルバトロス。アルバトロス商会の末弟だ。ドーガス卿の秘蔵っ子よ」

 国王がニヤリとしたのを気にもとめず、王子は食い入るように彼を目で追った。
 しかし、一つの悲鳴をきっかけに、称賛は誹謗中傷へと姿を変えた。
 見れば、従騎士セルゲイの一世一代の反撃で倒れた相手の回りに血だまりが出来ている。
 それに気づくなり、セルゲイは友へ駆け寄った。同時に、王子の隣にいた叔母も動いた。
 セルゲイが何を言っているかはわからない。けれど友を気遣い、助けを求めている。
 やがて彼らは人垣で見えなくなり、王室の面々もはける時が来た。
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