自殺探偵 刹那

玻璃斗

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投身自殺

第3章 自殺未遂 8

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「やっと着いた……」

実月は息を上げ汗を滴らせながら目の前にそびえ立つビルを見上げた。

犀川オフィスビル。
ここは地元で有力な権力者『犀川治』が所有しているビルの一つである。
ビル内には多くのIT企業がテナントとして入っており、ビルの管理は犀川警備保障がしている。

普通の高校生ならばあまり関わりあいのない所であるが私にとっては刹那と出会った場所であり、千晶が自殺した場所でもある。

忘れたくても忘れられない所だ。

「しかしこれだけの運動で息を切らすなんて運動不足ではないのか?」
隣に立っている刹那は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
図星をつかれた実月は顔を紅潮させながら汗を拭った。

「う、うるさい。真夏の炎天下四十分も歩けば汗もかくし息も上がるわよ。あんただって……」

実月は刹那に視線をやる。
しかし刹那は実月の予想に反し、一滴も汗をかいておらず息も上がっていなかった。

な、なんで?
長袖長ズボンの白ラン着て四十分も木陰の無い所を歩いて来たのに汗もかかないなんて……

口をぽかんと開けた実月が人体の神秘を目の当たりにしている横で、探は刹那に素朴な疑問を投げかけた。

「でもなんでここまで歩いて来たんですか? 学校からここまでならバス一本で来れますよ?」
探はビルの目の前にあるバス停を指差した。

そう悠仁高校からここまでは市役所行きのバスに乗れば二十分ほどで来れる。
なのに刹那は歩いて行くといいこの日差しがジリジリと照りつけるなかを歩く羽目になったのだ。

「一応確認のためだ。しかしわりとかかるな。車だと何分ぐらいかかるかわかるか?」
「車ですか? そうですね。大体十五分って所でしょうか」
探は首を捻りながら答えた。

「……十五分程か。まあ、ひとまず中に入るか」
「はい」
「あ、ちょっと待って二人とも」
実月はビル内に入ろうとした二人を引き止めると入り口近くにある警備員室の小窓を覗き込んだ。

中はきちんと整理されており、奥ではこのビル内のものだと思われるいくつかの映像が大きなモニターに映し出されていた。
そしてモニター前に白色のモールが垂れた青色の肩章つきのシャツに青色のズボン。制帽を被った、見たら警備員だとすぐわかる格好の青年が座っていた。

実月はその人物に声をかけた。

「宇崎さん。こんにちは」
「あれ? 実月ちゃん。こんにちは」
実月の声を聞き青年は振り返ると挨拶を返した。

制帽からのぞく黒髪に中肉中背。二十代後半ぐらいの青年は席を立ち小窓に近寄った。

「実月。誰だこいつは?」
刹那は実月の横から小窓を覗き込むと訊ねた。

「この人はここのビルの警備員、宇崎康介さん」
「こんにちは。……彼凄いイケメンだけど、実月ちゃんの彼氏?」
「違います」
実月は刹那を指差した宇崎に強い口調で否定した。

なんでみんな刹那が私の彼氏だと思うのだろうか。
いくら惚れ惚れするような容姿だとしてもこの性格はない。パシられるのが目に見えてる。

実月が膨れっ面になっていると刹那は宇崎に対して唐突に質問を投げた。

「ここの警備員ということは水岡千晶が飛び降り自殺をした時も警備をしていたのか?」
「え?」
宇崎はその質問に一瞬眉をひそめてからバツの悪そうな顔で頷いた。

「う、うん。まあね。俺が第一発見者なんだ。……彼女の自殺を止められなかったのは本当に申し訳ないと思うよ」
宇崎はそう言うと視線を下げた。

「まあどうであれ、実月と知り合いなら丁度いい。水岡が飛び降りた日のエレベーターの防犯カメラの映像を見せろ」
刹那に命令口調でお願いと思われる言葉を言われた宇崎は怪訝そうな顔を見せると頭をかいた。

「あー、ごめん。協力してあげたいのは山々なんだけどそれはできないな。一応俺ここの警備員だからさ、そう言うの勝手に見せちゃいけないんだよ。でもカメラには水岡さんや不審者は映っていなかったよ?」
「なら水岡はどこから屋上に昇ったんだ?」

刹那のもっともな疑問に宇崎は引き出しからこのビルの見取り図を出すと『非常階段』と書かれた所を指差した。

「ここの非常階段からじゃないかな? ここの鍵壊されてたって警察も言っていたし」
「どんな鍵だ?」
「南京錠だよ。ペンチを使って壊されていたらしいよ」
刹那は口に手を置き「ペンチでか……」と呟き考えだした。

その様子を見て宇崎は近くにいた実月の肘を軽くつつくと小声で訊ねた。

「彼、一体何者?」
「え? えっと彼は愛河刹那っていってその……」
実月は返答に困った。

昨日から私も色々考えているが刹那についてはよくわからない。

わかっていることといえばイケメンで頭はいいけど口が悪いナルシスト。

そしてまるで小説に出てくる探偵のように推理ができ、自殺について調べるってことぐらい。

「……例えるなら自殺探偵」
「自殺探偵? 」
「あ! いや何でもないです」
思わず頭に思い浮かべた言葉を口にしてしまった実月は慌てて苦笑いして誤魔化す。

でも自殺探偵というのはある意味的確な表現かもしれない。
昨日も探偵みたいに推理を解いてたし、巳波警部っていう警察の知り合いもいるし。
今度からひっそり使おっかな……

一人で納得している実月を見て宇崎は不思議そうに首を捻った。

すると刹那は顔を上げ違うお願いをした。

「宇崎、水岡千晶の自殺の第一発見者ならその時の状況を詳しく説明しろ」
「え?」
宇崎は困ったような表情を見せると実月のほうを見た。

目は「話して大丈夫?」と言っているようだった。

きっと私に気を使っているのだろう。

「私は大丈夫です。話してください」

その実月の言葉に宇崎は静かに頷くとおずおずと口を開いた。

「……あれは俺がこのビルの巡回をしている時だった。ビルの十階を見て回っていると窓から何かが落ちる影が見えたんだ。それから『どすん』って大きな音がして……だから気になって確認のために非常階段から屋上に上がったんだ」
「屋上には誰かいたか?」
刹那の質問に宇崎は首を横に振った。

「いや、一通り見たけど誰もいなかったよ。それでその屋上から下を覗いたら彼女が……」
宇崎はその時のことを思い出したのか顔を歪め俯いた。

「なるほどな。屋上だが鍵は開いてるか?」
「え、うん。このビル内全て禁煙でタバコ吸うときはみんな屋上に行くから開いてるよ。夜の八時になったら閉めるけど」
「そうか。なら見に行くか」

刹那はそう言うと警備室から離れエレベーターのボタンを押した。

宇崎はマイペースな刹那の行動に少し呆然とした後、慌てて大声で叫んだ。

「別に見てもいいけど会社の人には迷惑かけないでね!」
その忠告に対して刹那はわかっていると言わんばかりに手を肩ぐらいまで上げ軽く振った。
同時にエレベーターが到着したのを知らせる音が鳴った。

「あ! あと実月ちゃん」
「はい?」
宇崎に呼び止められた実月は振り返った。

「わかっていると思うけど危ないから屋上の柵を越えたりしないでね」
「……わ、わかりました」

それは刹那に言うべきですよ……

実月は心の中でそう突っ込みながら素直に頷くと刹那達の後に続きエレベーターに乗り込んだ。
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