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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
179-3.誤魔化した弱音
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(……何だか昔みたいね)
今となっては羞恥も覚えそうな幼い記憶が過る。
レディング家に来て間もなかった頃のリオは背も低く、酷く痩せていた事や少女らしい顔立ちなどからクリスティーナは彼が年下であると勘違いしていた。
義弟のイアンが来る前であったこともあり、末っ子として育ったクリスティーナは弟が出来たみたいだと喜び、事あるごとにリオを連れ回した。
互いに身分の差を自覚する前だった為に今では到底考えられない様な事もしたものだ。その経験の一つにクリスティーナが自身のベッドにリオを連れ、共に眠るという物があった。
当時のクリスティーナからすれば弟を寝かしつけているような感覚であり、更に言えばおままごとの延長のつもりだったのだが、それでは許されないのが身分差だ。
これについては後々父と兄の耳に入り、知ると同時に仕事や学業を放り出して駆け付けた双方にクリスティーナとリオはこっぴどく叱られることとなった。
今となっては誰にも話せない様な記憶が思い浮かび、昔の面影を残しながらも成長したリオの姿を見て気が抜けていくのをクリスティーナは感じる。
植物と化した人だった物。生命を軽視し、冒涜する様な魔法が確かに存在するという事実。潜む脅威が膨らみ続ける事への不安。
それらが少しずつ溶けて曖昧になっていく様だった。
クリスティーナがリオを揶揄ったのは、彼との『約束』を守る一方で本心を隠したいという思いがあったからだ。
クリスティーナは人を頼ることが下手だ。誰かに頼み事をすることに照れ臭さもあるが、何よりも自身の弱みを見せることが惨めに思えるからこそ隠し、気丈に振る舞おうとする。
安全な場所で伸び伸びと育ったクリスティーナにとって、今日経験した全てが衝撃的で、易々と受け入れることの出来ない現実ばかりだった。
自分に出来ることをやると決めた反面、恐怖や不安は絶えず存在していたのだ。
倉庫前で交わした『苦しい時は伝える』という約束。
クリスティーナを信じて目を覆う手を離してくれたリオを裏切る様なことはしたくないと思いながらも、自身の弱みを上手く言葉に出来ない彼女はリオを『揶揄うふり』をする事で言葉の重みを誤魔化そうとした。
そんな主人の意図を目の前の従者が察しているのかを窺う余裕はクリスティーナにはなかった。
ただ、重く苦しい感情が薄れていくと同時に安堵が生まれ、少しずつ訪れる睡魔が理性を連れて行こうとする。
だからクリスティーナは気付かなかったのだ。
心の緩みが生んだ、自身の表情に。
安心した様にどこか幼く微笑むクリスティーナの表情は傍にいるリオの目にしか留まらない。
彼はそれを見た途端に動きを止めて目を見開いた後、まるで光り輝く何かを見たかのように眩しそうに微笑んだのだった。
……そんな穏やかな空気を意図せず壊したのは、エリアスの声だった。
今となっては羞恥も覚えそうな幼い記憶が過る。
レディング家に来て間もなかった頃のリオは背も低く、酷く痩せていた事や少女らしい顔立ちなどからクリスティーナは彼が年下であると勘違いしていた。
義弟のイアンが来る前であったこともあり、末っ子として育ったクリスティーナは弟が出来たみたいだと喜び、事あるごとにリオを連れ回した。
互いに身分の差を自覚する前だった為に今では到底考えられない様な事もしたものだ。その経験の一つにクリスティーナが自身のベッドにリオを連れ、共に眠るという物があった。
当時のクリスティーナからすれば弟を寝かしつけているような感覚であり、更に言えばおままごとの延長のつもりだったのだが、それでは許されないのが身分差だ。
これについては後々父と兄の耳に入り、知ると同時に仕事や学業を放り出して駆け付けた双方にクリスティーナとリオはこっぴどく叱られることとなった。
今となっては誰にも話せない様な記憶が思い浮かび、昔の面影を残しながらも成長したリオの姿を見て気が抜けていくのをクリスティーナは感じる。
植物と化した人だった物。生命を軽視し、冒涜する様な魔法が確かに存在するという事実。潜む脅威が膨らみ続ける事への不安。
それらが少しずつ溶けて曖昧になっていく様だった。
クリスティーナがリオを揶揄ったのは、彼との『約束』を守る一方で本心を隠したいという思いがあったからだ。
クリスティーナは人を頼ることが下手だ。誰かに頼み事をすることに照れ臭さもあるが、何よりも自身の弱みを見せることが惨めに思えるからこそ隠し、気丈に振る舞おうとする。
安全な場所で伸び伸びと育ったクリスティーナにとって、今日経験した全てが衝撃的で、易々と受け入れることの出来ない現実ばかりだった。
自分に出来ることをやると決めた反面、恐怖や不安は絶えず存在していたのだ。
倉庫前で交わした『苦しい時は伝える』という約束。
クリスティーナを信じて目を覆う手を離してくれたリオを裏切る様なことはしたくないと思いながらも、自身の弱みを上手く言葉に出来ない彼女はリオを『揶揄うふり』をする事で言葉の重みを誤魔化そうとした。
そんな主人の意図を目の前の従者が察しているのかを窺う余裕はクリスティーナにはなかった。
ただ、重く苦しい感情が薄れていくと同時に安堵が生まれ、少しずつ訪れる睡魔が理性を連れて行こうとする。
だからクリスティーナは気付かなかったのだ。
心の緩みが生んだ、自身の表情に。
安心した様にどこか幼く微笑むクリスティーナの表情は傍にいるリオの目にしか留まらない。
彼はそれを見た途端に動きを止めて目を見開いた後、まるで光り輝く何かを見たかのように眩しそうに微笑んだのだった。
……そんな穏やかな空気を意図せず壊したのは、エリアスの声だった。
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