上 下
505 / 579
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

177-2.躊躇と虚勢

しおりを挟む
「入口前でうろうろとしていて煩わしかったからだ。あのまま放っておいても、あいつの動きを見ている奴からすればその先に何かがあるとばらしている様なものだったからな。入れても入れなくても大して変わらないなら監視下に置いといた方がいいだろう」

 クリスティーナは言葉を呑み込む。
 正直、オリヴィエがそこまで考えて動いていることが意外だったのだ。

 深い付き合いであるはずのノアやレミが彼に下す評価は『馬鹿』という辛辣な物であるし、その時々の気分で無茶苦茶な行動を取ろうとする姿や思慮に欠ける言動などを見ていればそれも否定は出来ないというのがクリスティーナの見解であった。

 相変わらず自分と顔を合わせようとしないオリヴィエの顔をクリスティーナがまじまじと見つめればディオンの声が耳に入る。

「ま、根回しされたってこたぁどの道ここの存在はバレてるって事だ。ならあのお嬢ちゃんを信頼しているフリでもして裏で指揮をしている相手の動きを見た方が早い」
「……なるほど。だから調査の同行を許可したのか」
「ああ」

 先程少女の同行に否定的な態度を示していたオリヴィエは、ディオンの思惑を知ってようやく納得を示す。
 組織を探ろうと暗躍する存在を特定する為、ディオンは敢えて疑わしい少女を自身の懐へ入れたのだった。

「ま、拠点の候補は他にもあるからな。念の為、早々に移動を完了させておこう。最低限、明日の調査に参加する奴にはこのことを共有しておくべきだろうな」

 これで気掛かりはなくなったかと問う様にディオンはオリヴィエを見やる。
 それに静かに首を振ってからオリヴィエは一歩後退り、そのままディオンに背を向けた。

「僕は先に抜ける。明日の調査には参加する。……他は何かあれば明日教えてください」
「ニコラ」

 自身が聞いておきたい事を聞き終えたからか、どうやら先に会話から離脱するつもりらしく、彼はそのままパーテーションの横をすり抜けようとする。
 だがそれをディオンが呼び止めた。
 オリヴィエはその声に大人しく従い足を止める。そして呼び止めた理由を問う様に顔だけをディオンへ向けた。

「ここで話した事は全て覚えているな?」
「当たり前でしょう」
「なら、もう一度聞いておくぞ。これが最後だ」

 ディオンは笑みを消す。彼の纏う空気は一層張り詰め、鋭い眼光がオリヴィエへ向けられた。

「お前はこの古代魔導具の捜査に参加する。……本当にそれでいいんだな?」

 重苦しい沈黙。オリヴィエとディオンは暫く互いに睨み合った。
 眼鏡の奥の瞳が揺らぐ。それが細められると同時、クリスティーナは彼の中に渦巻く迷いを見た。
 希望、期待、不安、苦悩、恐怖。複雑な感情に苛まれながらも、彼の声は一切揺るがなかった。

「当たり前だ。今更降りるつもりなんてない」
「……そうかい。ならオレからこれ以上何かを言うことはない」

 オリヴィエは言い捨てると速足でその場を去っていく。

「あ、お前最近寝てないだろ! しっかり寝ておけよ」

 その背中にディオンが改めて言葉を投げた時。彼の声音から緊張は抜け、どこか間延びした口調へと戻っていた。

 オリヴィエが扉を潜り、その姿を消しても尚、クリスティーナは出入口から暫く視線を離すことが出来なかった。

 彼女の頭に残るのはディオンの問いに対するオリヴィエの言葉だ。

 凛と通った声。
 その声だけを聴いたのならば一切の迷いのなさ、意志の強さを感じることが出来ただろう。
 だが、彼の顔に隠れた複雑な感情がそれは虚勢であると悟らせた。

 まるで向かうべき方角を失った迷い子の様な、孤独と不安に苛まれた表情。
 それがクリスティーナの頭に残り続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

ノーライフ・ガールは博士の最高傑作

ファウスト
ファンタジー
こことは異なる世界、そこに一人の男性が居ました。その男性は怪しげな研究を繰り返し、村の中でも評判の変わり者。しかしながら豊富な知識もあって村では有数の知恵者でもありました。 そんな彼の正体は異世界から来た魔導・錬金術師だった。彼は魔法と錬金術が廃れた世界に見切りをつけて異世界へと飛ぶ方法を手に入れ、実行した。 転移先の村を拠点にし、実験を兼ねた医療行為を繰り返す中で彼は自身の理想である「不老不死」の研究を重ね、その一環として小さな孤児院を経営し始める。研究に熱心な彼の元で暮らす一人の少女は薬が効きにくいという体質を買われ、薬の強度を測る目的として様々な治療や新薬の治験の実験台となった。 それから十年後、完成を見た少女を主人公に物語は始まる・・・。

覇者となった少年 ~ありがちな異世界のありがちなお話~

中村月彦
ファンタジー
よくある剣と魔法の異世界でのお話…… 雷鳴轟く嵐の日、一人の赤子が老人によって救われた。 その老人と古代龍を親代わりに成長した子供は、 やがて人外の能力を持つに至った。 父と慕う老人の死後、世界を初めて感じたその子供は、 運命の人と出会い、生涯の友と出会う。 予言にいう「覇者」となり、 世界に安寧をもたらしたその子の人生は……。 転生要素は後半からです。 あまり詳細にこだわらず軽く書いてみました。 ------------------  最初に……。  とりあえず考えてみたのは、ありがちな異世界での王道的なお話でした。  まぁ出尽くしているだろうけど一度書いてみたいなと思い気楽に書き始めました。  作者はタイトルも決めないまま一気に書き続け、気がつけば完結させておりました。  汗顔の至りであります。  ですが、折角書いたので公開してみることに致しました。  全108話、約31万字くらいです。    ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです。  よろしくお願いいたします。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

処理中です...