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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
169-3.新たに生まれる疑問
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緩んだ空気を誤魔化す様に咳払いを一つ落とし、ジルベールは再び仕事時同様の穏やかな微笑を浮かべる。
「……しかし、そうですね。シャルロット様が一人になってしまう事を危惧してはいますが、もしあの方の心の傷を癒し、傍に居続けてくれる様な方が他にいるのならば……私は身を退こうとも思っているのです。ですから今後のことは自分でもわからない、というのが素直な気持ちでしょうか」
青い瞳の奥が切なく揺れる。
だが彼の言葉に偽りはなく、本心から思っていることなのだという事がその口振りから伝わる。
「シャルロット様には幸せになって欲しい。家や立場で決められた誰かではなく、ご自分で選んだ方と歩んで欲しいのです。……そこに私が居なくても、あの方が笑っていてくれさえすれば良いのです」
「……少しだけ、わかる様な気がしますね。ジルベール様と通ずる所のある立場だからでしょうか」
意外にも、同意を示したのはリオであった。
感情の機微に疎い彼が他者の気持ちに理解を示すことは非常に珍しい。クリスティーナは瞬きを繰り返しながらリオを見やった。
だが、彼は特に自らの考えを語らうつもりはない様だ。そしてジルベールもまた、そこを深く話し込むつもりはないらしく、リオの言葉には静かな笑みで答えた。
「ですから、身勝手な思いではありますが……あの方には是非とも頑張って欲しいものだと、思ってしまいますね」
特定の一人を思い浮かべて呟かれる『あの方』という言葉。それが誰を指すものであるのかを察しながら、クリスティーナは目を伏せた。
少し冷えた夕暮れの風が四人の脇をすり抜けていった。
***
すっかり日の暮れた頃合い。一つの馬車がオリオール邸の正門潜った。
そこから降り立ったジョゼフは満足そうな深い笑みを湛えながら本館の端――例の隠し扉を秘めた部屋へと向かう。
薬剤の充満した部屋の空気を入れ替える為に窓を開け放ち、自身は口元をハンカチで覆う。
そうして本棚を移動させその先に隠されていた扉をも開ける。
先に待っていた大きな宝石。暗闇に包まれた空間で不自然な程鮮やかな赤色を放つその姿に恍惚とした顔を見せた彼はしかし、次の瞬間にその眉間に皺を刻んだ。
そしてその場にしゃがみ込み、自身の足元を見やる。
床や壁、天井へ張り巡らされた植物、その一部。
不自然に斬り落とされた枝の断片が彼の足元には転がっていた。
ジョゼフその内一つを摘まみ上げ、双眸に近づけて観察をする。そして自らが潜って来た扉の先を振り返った。
彼の瞳はこの場に転がり込んだ鼠の存在を確信し、冷たく、そして鈍く光っていた。
「……しかし、そうですね。シャルロット様が一人になってしまう事を危惧してはいますが、もしあの方の心の傷を癒し、傍に居続けてくれる様な方が他にいるのならば……私は身を退こうとも思っているのです。ですから今後のことは自分でもわからない、というのが素直な気持ちでしょうか」
青い瞳の奥が切なく揺れる。
だが彼の言葉に偽りはなく、本心から思っていることなのだという事がその口振りから伝わる。
「シャルロット様には幸せになって欲しい。家や立場で決められた誰かではなく、ご自分で選んだ方と歩んで欲しいのです。……そこに私が居なくても、あの方が笑っていてくれさえすれば良いのです」
「……少しだけ、わかる様な気がしますね。ジルベール様と通ずる所のある立場だからでしょうか」
意外にも、同意を示したのはリオであった。
感情の機微に疎い彼が他者の気持ちに理解を示すことは非常に珍しい。クリスティーナは瞬きを繰り返しながらリオを見やった。
だが、彼は特に自らの考えを語らうつもりはない様だ。そしてジルベールもまた、そこを深く話し込むつもりはないらしく、リオの言葉には静かな笑みで答えた。
「ですから、身勝手な思いではありますが……あの方には是非とも頑張って欲しいものだと、思ってしまいますね」
特定の一人を思い浮かべて呟かれる『あの方』という言葉。それが誰を指すものであるのかを察しながら、クリスティーナは目を伏せた。
少し冷えた夕暮れの風が四人の脇をすり抜けていった。
***
すっかり日の暮れた頃合い。一つの馬車がオリオール邸の正門潜った。
そこから降り立ったジョゼフは満足そうな深い笑みを湛えながら本館の端――例の隠し扉を秘めた部屋へと向かう。
薬剤の充満した部屋の空気を入れ替える為に窓を開け放ち、自身は口元をハンカチで覆う。
そうして本棚を移動させその先に隠されていた扉をも開ける。
先に待っていた大きな宝石。暗闇に包まれた空間で不自然な程鮮やかな赤色を放つその姿に恍惚とした顔を見せた彼はしかし、次の瞬間にその眉間に皺を刻んだ。
そしてその場にしゃがみ込み、自身の足元を見やる。
床や壁、天井へ張り巡らされた植物、その一部。
不自然に斬り落とされた枝の断片が彼の足元には転がっていた。
ジョゼフその内一つを摘まみ上げ、双眸に近づけて観察をする。そして自らが潜って来た扉の先を振り返った。
彼の瞳はこの場に転がり込んだ鼠の存在を確信し、冷たく、そして鈍く光っていた。
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