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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
138-2.疑念と企て
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すぐ傍で声を掛けられれば足を止めないわけにはいかない。
クリスティーナは嫌な予感を感じながらも足を止めてジョゼフを見やった。
「何でしょう」
「いいや、何。こうして会えたのも折角の縁だからね。可愛らしい旅人さんともう少し話をする機会でも頂けないかと思ったまでだよ」
穏やかに微笑む反面、どこか冷たさを与えるような瞳がクリスティーナを見据える。
いくら物腰柔らかに振る舞おうとも、クリスティーナ達を警戒しているだろうことはその目付きから明らかであった。
警戒しているはずの相手を引き留める行動の裏には何かしらの企みがあるはずである。そしてそれはクリスティーナ達にとって好ましくないものでもあるだろう。
(お断りね)
「お誘いは嬉しいのですが――」
「何、そこまで時間は取らせないさ」
即座に判断するとクリスティーナは口を開く。
だが、それを許さないと言うようにジョゼフは彼女の言葉を遮った。
声音は至って穏やかなもの。しかしそこから有無を言わせない圧力を感じさせられる。
「実は最近、娘と話す時間がなかなか取れなくてね。だからあの子のことを思って来てくれる友達がいて嬉しいのさ。是非最近のシャリーの様子も聞かせて欲しい。……ああ、そうだ。立ち話もなんだからあそこで話すのはどうかな」
彼のペースに呑まれてはならないと再度断りの言葉を告げようとしたクリスティーナはジョゼフが指し示す方角へ視線を向けて口を噤んだ。
彼が示していたのは正しくクリスティーナが探りを入れようとしていた部屋――黒い靄が向かっている先であったのだ。
「あそこは私の書斎でね。私はいくつか部屋を持っているが、最近はあそこで仕事を熟すことが多いんだ」
ジョゼフの提案を受け入れれば強行せずとも中を窺うことが出来る。それはクリスティーナにとって都合の良いことだ。
だが、一抹の不安が過る。
(……頷いてしまってもいいのかしら)
それは相手の誘いが何かしらの意図を以て行われていることであると悟っているからか、それともその先に待ち構える物が非常に悍ましく感じるからか。
「どうかな、お嬢さん」
クリスティーナはリオへ視線を向ける。彼はどちらを選択しても従うと言うように静かに視線を返した。
(ここで離れれば、今後この先にある物を確認することが出来る保証はない……。リオがいればある程度のイレギュラーには対処もできるでしょう)
悩んだ末、クリスティーナはジョゼフへと頷きを返した。
未だ不安は消えないが、それでも動ける内に可能な限り動いておくべきだと判断を下す。
「わかりました。少しだけであれば」
「ありがとう、嬉しいよ。ではこちらへ……」
ジョゼフは微笑を浮かべたまま扉へ近づく。
そしてドアノブを捻るとゆっくりと開けていく。
扉が開き、その先の空間が廊下に晒されるにつれて、クリスティーナの不安感は広がっていった。
この先に在るものが何か確かめなければ。そう思う一方で、それに近づいてしまってもいいのだろうかという躊躇い、肥大する嫌悪感から成る恐怖がクリスティーナの判断を鈍らせる。
そしてそれらは扉が完全に開かれるよりも前に限界を迎えた。
「待っ――――」
クリスティーナは震える唇で待って欲しいと懇願を告げようとする。
だが扉の動きは止まらない。
全ての動きが、時の流れがやけに緩慢に感じられる。
その先に待ち構える物に身構え、思わず目を硬く閉じる。
そこへ――
「クリス様、リオ様!」
廊下の先から声が飛んだ。
それは扉の動きをも止め、クリスティーナとリオ、ジョゼフはその声がする方角へ視線を向けたのだった。
クリスティーナは嫌な予感を感じながらも足を止めてジョゼフを見やった。
「何でしょう」
「いいや、何。こうして会えたのも折角の縁だからね。可愛らしい旅人さんともう少し話をする機会でも頂けないかと思ったまでだよ」
穏やかに微笑む反面、どこか冷たさを与えるような瞳がクリスティーナを見据える。
いくら物腰柔らかに振る舞おうとも、クリスティーナ達を警戒しているだろうことはその目付きから明らかであった。
警戒しているはずの相手を引き留める行動の裏には何かしらの企みがあるはずである。そしてそれはクリスティーナ達にとって好ましくないものでもあるだろう。
(お断りね)
「お誘いは嬉しいのですが――」
「何、そこまで時間は取らせないさ」
即座に判断するとクリスティーナは口を開く。
だが、それを許さないと言うようにジョゼフは彼女の言葉を遮った。
声音は至って穏やかなもの。しかしそこから有無を言わせない圧力を感じさせられる。
「実は最近、娘と話す時間がなかなか取れなくてね。だからあの子のことを思って来てくれる友達がいて嬉しいのさ。是非最近のシャリーの様子も聞かせて欲しい。……ああ、そうだ。立ち話もなんだからあそこで話すのはどうかな」
彼のペースに呑まれてはならないと再度断りの言葉を告げようとしたクリスティーナはジョゼフが指し示す方角へ視線を向けて口を噤んだ。
彼が示していたのは正しくクリスティーナが探りを入れようとしていた部屋――黒い靄が向かっている先であったのだ。
「あそこは私の書斎でね。私はいくつか部屋を持っているが、最近はあそこで仕事を熟すことが多いんだ」
ジョゼフの提案を受け入れれば強行せずとも中を窺うことが出来る。それはクリスティーナにとって都合の良いことだ。
だが、一抹の不安が過る。
(……頷いてしまってもいいのかしら)
それは相手の誘いが何かしらの意図を以て行われていることであると悟っているからか、それともその先に待ち構える物が非常に悍ましく感じるからか。
「どうかな、お嬢さん」
クリスティーナはリオへ視線を向ける。彼はどちらを選択しても従うと言うように静かに視線を返した。
(ここで離れれば、今後この先にある物を確認することが出来る保証はない……。リオがいればある程度のイレギュラーには対処もできるでしょう)
悩んだ末、クリスティーナはジョゼフへと頷きを返した。
未だ不安は消えないが、それでも動ける内に可能な限り動いておくべきだと判断を下す。
「わかりました。少しだけであれば」
「ありがとう、嬉しいよ。ではこちらへ……」
ジョゼフは微笑を浮かべたまま扉へ近づく。
そしてドアノブを捻るとゆっくりと開けていく。
扉が開き、その先の空間が廊下に晒されるにつれて、クリスティーナの不安感は広がっていった。
この先に在るものが何か確かめなければ。そう思う一方で、それに近づいてしまってもいいのだろうかという躊躇い、肥大する嫌悪感から成る恐怖がクリスティーナの判断を鈍らせる。
そしてそれらは扉が完全に開かれるよりも前に限界を迎えた。
「待っ――――」
クリスティーナは震える唇で待って欲しいと懇願を告げようとする。
だが扉の動きは止まらない。
全ての動きが、時の流れがやけに緩慢に感じられる。
その先に待ち構える物に身構え、思わず目を硬く閉じる。
そこへ――
「クリス様、リオ様!」
廊下の先から声が飛んだ。
それは扉の動きをも止め、クリスティーナとリオ、ジョゼフはその声がする方角へ視線を向けたのだった。
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