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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
131-2.優しい嘘
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ジルベールが扉を三度ノックするとその先から短い返事が返って来る。
「シャルロット様、クリス様方がいらっしゃいました」
「入って」
聞こえてくる返事は確かにシャルロットのものだ。
だがその声は昨日クリスティーナ達を歓迎した声とは比べるまでもない程に弱々しく掠れている。
姿を見る前から彼女の容態が良くはないことを悟らされ、クリスティーナは静かに目を伏せる。
そして扉を開けたジルベールに入室を促され、三人はシャルロットの寝室へと足を踏み入れた。
整理整頓に行き届いた部屋。大きな本棚には多くのジャンルの本が取り揃えられていて、その中でもロマンス小説の数は他ジャンルに比べて多い比率で並べられていた。
窓の縁には花瓶に活けられた花が可愛らしく微笑んでおり、窓際に設置されたベッドの上、上体を起こして座っていたシャルロットはその花を見下ろしていた。
しかし客人の入室に気付くと彼女は花からクリスティーナ達へと視線を移す。
「いらっしゃい。今日も来てくれたんだね」
そう言いながらシャルロットは嬉しそうにはにかむ。
しかしその顔色は昨日に比べて蒼白としており、目の下には隈が刻まれている。
それに気付きながらもクリスティーナは静かに微笑み返した。
笑顔で振る舞うシャルロットはこの場が暗い空気で満たされることを望んでいないだろうと悟っていたからだ。
「迷惑かもしれないとは思ったのだけれど、気になってしまって」
「あはは、びっくりしたよね。ごめんね」
「構わないわ。無事ならそれでいいのよ」
「うん。今は平気! 大事を取って横になってただけだよ」
親指を立てて頷くシャルロットの姿を視界に留めながらクリスティーナは目を細めた。
廊下から続いていた闇はシャルロットの体へ絡まり付いている。そしてそれは昨日見たものよりもやや色が濃いように思えた。
そして不安定に揺らぐ瞳。
(……嘘ね)
不安と恐怖と苦痛が溢れてしまわない様にと無理矢理感情を押し留められた瞳はほんの少しの刺激で涙となって溢れてしまいそうな程だ。
シャルロットはその瞳の奥に、決して良からぬ感情の集合を隠している。
にも拘らず、彼女の視線からはどうしようもなく優しい暖かさが感じられる。
それはクリスティーナ達やジルベールへの気遣い。彼女が元から持ち合わせた人柄の良さから来るものだった。
クリスティーナは昨日のことを思い返す。
クリスティーナとエリアスを気に掛けて笑いかけた時も彼女は同じ顔をしていたのだ。
押し潰されそうな負の感情を衝動のままに叫んでしまいたいと感じながらもその鱗片すらも隠して笑う強さ。
自己よりも他者を重んじてしまう彼女はきっと、真実を指摘しても素直に認めてはくれないだろう。
(……貴女はきっと、とても優しい人だから)
「……シャルロット」
クリスティーナはやるせなさに目頭が熱くなるのを感じながらシャルロットの名を呼び、彼女の手を自身の両手で包み込んだ。
「良かったら少しだけ手伝わせてくれないかしら」
「シャルロット様、クリス様方がいらっしゃいました」
「入って」
聞こえてくる返事は確かにシャルロットのものだ。
だがその声は昨日クリスティーナ達を歓迎した声とは比べるまでもない程に弱々しく掠れている。
姿を見る前から彼女の容態が良くはないことを悟らされ、クリスティーナは静かに目を伏せる。
そして扉を開けたジルベールに入室を促され、三人はシャルロットの寝室へと足を踏み入れた。
整理整頓に行き届いた部屋。大きな本棚には多くのジャンルの本が取り揃えられていて、その中でもロマンス小説の数は他ジャンルに比べて多い比率で並べられていた。
窓の縁には花瓶に活けられた花が可愛らしく微笑んでおり、窓際に設置されたベッドの上、上体を起こして座っていたシャルロットはその花を見下ろしていた。
しかし客人の入室に気付くと彼女は花からクリスティーナ達へと視線を移す。
「いらっしゃい。今日も来てくれたんだね」
そう言いながらシャルロットは嬉しそうにはにかむ。
しかしその顔色は昨日に比べて蒼白としており、目の下には隈が刻まれている。
それに気付きながらもクリスティーナは静かに微笑み返した。
笑顔で振る舞うシャルロットはこの場が暗い空気で満たされることを望んでいないだろうと悟っていたからだ。
「迷惑かもしれないとは思ったのだけれど、気になってしまって」
「あはは、びっくりしたよね。ごめんね」
「構わないわ。無事ならそれでいいのよ」
「うん。今は平気! 大事を取って横になってただけだよ」
親指を立てて頷くシャルロットの姿を視界に留めながらクリスティーナは目を細めた。
廊下から続いていた闇はシャルロットの体へ絡まり付いている。そしてそれは昨日見たものよりもやや色が濃いように思えた。
そして不安定に揺らぐ瞳。
(……嘘ね)
不安と恐怖と苦痛が溢れてしまわない様にと無理矢理感情を押し留められた瞳はほんの少しの刺激で涙となって溢れてしまいそうな程だ。
シャルロットはその瞳の奥に、決して良からぬ感情の集合を隠している。
にも拘らず、彼女の視線からはどうしようもなく優しい暖かさが感じられる。
それはクリスティーナ達やジルベールへの気遣い。彼女が元から持ち合わせた人柄の良さから来るものだった。
クリスティーナは昨日のことを思い返す。
クリスティーナとエリアスを気に掛けて笑いかけた時も彼女は同じ顔をしていたのだ。
押し潰されそうな負の感情を衝動のままに叫んでしまいたいと感じながらもその鱗片すらも隠して笑う強さ。
自己よりも他者を重んじてしまう彼女はきっと、真実を指摘しても素直に認めてはくれないだろう。
(……貴女はきっと、とても優しい人だから)
「……シャルロット」
クリスティーナはやるせなさに目頭が熱くなるのを感じながらシャルロットの名を呼び、彼女の手を自身の両手で包み込んだ。
「良かったら少しだけ手伝わせてくれないかしら」
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