悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

115-2.希望を賭ける者達

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 広がる歓声、呼び止める怒号。それらから逃れるように男は屋根の上を駆け、着実にホールから距離をとる。
 宵闇に紛れる金髪がいつしか色を変えていることに気付く者もおらず。地面で騒ぎ立てている追手を高い位置から観察しては確実な逃亡ルートを把握して移動する。

 そしてホールでの喧騒が随分と遠ざかったところで男は地面へ降り立った。
 重力に逆らった緩やかな落下速度。とある路地裏へ静かに着地した男は闇に紛れて立つ一人を横目で見やる。

「よぉ、お疲れさん」

 現れたのはがたいの良い男。夜の薄暗さに紛れるような色合いの服を身に纏った男は仮面の男へ向かって手を差し出す。
 一方、手を差し出された本人は何かを求めるその素振りに従って、ポケットにしまい込んでいた懐中時計を相手へ投げて寄越した。
 時計が手中に収まる、小気味よい音がする。相手が無事に受け取ったことを確認してから仮面の男は深く息を吐いた。

「人使いが荒いですよ、ボス」
「うちはいつも人手不足なもんでね。それにお前に関しては仕事中の報告を怠った件もあったしな。これでチャラってことにしておこう」

 相手の言葉を聞き流しながら、仮面の男は自身の顔を隠していたそれを外す。
 仮面に覆われていた黄緑色の瞳、そしてやや幼い顔が顕わとなる。
 仮面の男――オリヴィエは先程までの大人びた微笑みや丁寧な態度とは一変、仏頂面と不遜な態度で振る舞った。

 だがそんな媚びるような態度一つ見せない彼の可愛げのなさに対しても目の前の男は喉の奥で笑う。
 それを一瞥しながらオリヴィエはやや早口に捲し立てた。

「あの件については後から話しましたよね。霧と魔導具との関連性は確認できなかった上、事の収拾は魔導師によって円滑に行われたと――」
「……待て」

 臍を曲げた小さな子供を見て揶揄うような笑みを浮かべていた男はしかし、オリヴィエの言葉の途中でその顔色を変える。
 突如、彼の顔から笑みは掻き消され、代わりに眉間へ皺を刻む。
 その険しい顔立ちに言葉を止めたオリヴィエは何事かと相手へ視線を投げかけた。
 だが身近の相手の疑問に答えることもなく、男はオリヴィエの後方を睨みつける。

「お前、つけられてやがったな」
「……おや。予想よりも早く気付かれてしまいました」

 男の指摘にこれ以上の隠密行動は不要だと判断した人物は、オリヴィエの後方の物陰から姿を現す。
 隠れていたのは二人。そのどちらもがフードを頭に被ってその顔を隠しており、先に姿を見せた一人が後方に立つもう一人を背に庇うような形で立っている。

「相当な手練れの方だとお見受けしました」
「ハッ、白々しい称賛だな。この距離まで気付かれずに近づいておきながら自身の実力を隠しておけると思うなよ」

 男は左右の腰に携えていた短剣に手を掛けながら唸る。
 一方でその視線の先の一人はフードの下で静かに微笑むだけ。

「何もんだ、お前」
「……こちらから語る必要性が感じられませんね」

 双方は静かな睨み合いを続ける。
 その間に立たされていたオリヴィエは背後を取られていたことに驚き、暫し面食らっていたが、自身を取り巻く空気が凍り付いていることに気付くと目頭を押さえながら深くため息を吐いた。

「……待ってくれ。お前達で殴り合いでもされたら収拾つけられるものもつかなくなる」
「どういうことだ」

 男の問いにオリヴィエが答えるよりも先、二人組の内一人が被っていたフードを取っ払った。
 更にもう一人もそれに続く形でフードを頭から外す。

 そしてフードに隠されていた二つの顔が顕わになるも、オリヴィエが驚く様子はない。
 追手の正体を既に予想していたからである。

「俺としても不要な暴力は勘弁願いたいところですよ」

 頭痛を覚えて再度深くため息を吐くオリヴィエをよそに、リオはただただ穏やかな微笑みを携えて答えた。
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