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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
101-2.静かに燃える野望
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「感覚は掴んだと思うのだけれど、まだ上手く使えなかったらごめんなさい」
「い、いえ!」
晒されたのは鍛え抜かれた上半身。日頃、服の上からではあまり目立たないが、彼の引き締まった体は今まで地道に積み重ねてきた鍛錬の成果をものにしていた。
そして皮膚を走るいくつもの生傷や、此度の戦闘で負った傷の処置として巻かれた包帯。
それはエリアスが今まで何度も体を張りながら己の使命を全うしてきたことを主張している。本人は自らの経歴をひけらかそうとはしないが、直接本人から聞かずとも、彼の歩んできた道が険しいものであったことを察するのは容易いことであった。
クリスティーナは包帯の上からエリアスの腹部に優しく手を添える。
筋肉の硬い感触が触れた手から伝わる。
(……大丈夫。魔法を使った時のことを思い出すのよ)
一度深呼吸をしてからクリスティーナは目を閉じた。
瞼の裏を過るのはエリアスを窮地から救った時のこと、そしてノアの前に飛び出し、『闇』を祓った時のこと。
魔力の流れをはっきりと意識する。体を循環して、指先から抜けていく感覚。
そして魔力を放出することで得られる効果。自分が何を求めているのかを明確にイメージする。
今回は『闇』を祓う為の魔法ではない。傷を癒す為の魔法だ。
傷が塞がり、折れた骨は修復され、健康な状態へと戻る。そんなイメージ。
魔法の発動に集中していると、クリスティーナは自身の体の内側から温かさが増し、エリアスに触れている箇所へと優しい温度が広がっていくのを感じる。
同時に聞き覚えのある声が頭の中へ響く。
――まだだ。
刹那、瞼の裏に浮かぶのは豪奢且つ広大な空間。視線の先の玉座に座するのはイニティウム皇国の皇帝だ。
皇国騎士としての立場を示す制服に身を包んだ『自分』と他数名の騎士は玉座の前に跪き、己の功績を評する皇帝の言葉に耳を傾ける。
実力が高く評価され、爵位を授与すると宣言される。
騎士にとって光栄なことであるはずの出来事。首を垂れる者達が喜びと誇らしさを顕わにする中、『自分』の心はやけに冷めていた。
――まだ足りない。これじゃあ意味がない。
『自分』は渇望する。
更なる評価と見返り、それを得る為に必要な能力。それを得た先にある絶対的な権力。
多くの騎士にとって目標であり最高位である立場を得ながら尚、自分の目標は達成されない。
腕の立つ騎士として戦い続けるだけではこれ以上成り上がることは出来ない。ならばどうすればそれに手が届くのか。
様々な思惑を『自分』の頭が過っていく。
跪いている騎士達が口を揃えて国の為に剣を振るうと誓う。
勿論『自分』もそれに倣う。
しかしその胸にあったのは国や皇帝への忠誠心ではなかった。
権力へ対する異常な程の執着と渇望。それは『自分』の胸の中で人知れず静かに燃え続けていた。
「い、いえ!」
晒されたのは鍛え抜かれた上半身。日頃、服の上からではあまり目立たないが、彼の引き締まった体は今まで地道に積み重ねてきた鍛錬の成果をものにしていた。
そして皮膚を走るいくつもの生傷や、此度の戦闘で負った傷の処置として巻かれた包帯。
それはエリアスが今まで何度も体を張りながら己の使命を全うしてきたことを主張している。本人は自らの経歴をひけらかそうとはしないが、直接本人から聞かずとも、彼の歩んできた道が険しいものであったことを察するのは容易いことであった。
クリスティーナは包帯の上からエリアスの腹部に優しく手を添える。
筋肉の硬い感触が触れた手から伝わる。
(……大丈夫。魔法を使った時のことを思い出すのよ)
一度深呼吸をしてからクリスティーナは目を閉じた。
瞼の裏を過るのはエリアスを窮地から救った時のこと、そしてノアの前に飛び出し、『闇』を祓った時のこと。
魔力の流れをはっきりと意識する。体を循環して、指先から抜けていく感覚。
そして魔力を放出することで得られる効果。自分が何を求めているのかを明確にイメージする。
今回は『闇』を祓う為の魔法ではない。傷を癒す為の魔法だ。
傷が塞がり、折れた骨は修復され、健康な状態へと戻る。そんなイメージ。
魔法の発動に集中していると、クリスティーナは自身の体の内側から温かさが増し、エリアスに触れている箇所へと優しい温度が広がっていくのを感じる。
同時に聞き覚えのある声が頭の中へ響く。
――まだだ。
刹那、瞼の裏に浮かぶのは豪奢且つ広大な空間。視線の先の玉座に座するのはイニティウム皇国の皇帝だ。
皇国騎士としての立場を示す制服に身を包んだ『自分』と他数名の騎士は玉座の前に跪き、己の功績を評する皇帝の言葉に耳を傾ける。
実力が高く評価され、爵位を授与すると宣言される。
騎士にとって光栄なことであるはずの出来事。首を垂れる者達が喜びと誇らしさを顕わにする中、『自分』の心はやけに冷めていた。
――まだ足りない。これじゃあ意味がない。
『自分』は渇望する。
更なる評価と見返り、それを得る為に必要な能力。それを得た先にある絶対的な権力。
多くの騎士にとって目標であり最高位である立場を得ながら尚、自分の目標は達成されない。
腕の立つ騎士として戦い続けるだけではこれ以上成り上がることは出来ない。ならばどうすればそれに手が届くのか。
様々な思惑を『自分』の頭が過っていく。
跪いている騎士達が口を揃えて国の為に剣を振るうと誓う。
勿論『自分』もそれに倣う。
しかしその胸にあったのは国や皇帝への忠誠心ではなかった。
権力へ対する異常な程の執着と渇望。それは『自分』の胸の中で人知れず静かに燃え続けていた。
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