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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
68-4.悪女の切り札
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「思いの外、拙い動きなのね」
予想外の展開に今度こそ大きな動揺を見せるベルフェゴール。
くすりと笑う気配を感じ、彼女は素早く左へと視線を移した。
その瞳が銀髪の少女を捉える。だがそれを視認した時、相手は既に次の一手へと動き始めていた。
クリスティーナが地面を蹴り、ベルフェゴールの横をすり抜けた瞬間。
閃光の如き一線がベルフェゴールの頭部に走る。
遅れて彼女の右目を走る赤い一線。
それは眼球を深く切り裂き、血を溢れさせた。
「っ……!」
激痛に顔を歪めるベルフェゴール。
彼女は無事であった左目でクリスティーナを睨みつけ、すぐさま反撃に出た。
「皆……皆皆みんなみんなみんな面倒……!」
再び振り上げられる大槌。
たった今一撃を繰り出したクリスティーナに、体勢を立て直した上でそれを避けるだけの余裕はなかった。
クリスティーナは剣士ではない。剣術の基礎を積んでいるからとは言え、攻撃後の隙を消せる程洗練された身のこなしは出来ないし、剣を振るった直後に回避行動を取ることも難しい。
だから彼女が強敵に対応できるのは不意を衝いた一瞬のみ。二撃目は通用しない。
「クリス……!」
後方でノアの声が聞こえる。彼は酷く焦っているようだった。
今度こそ策が尽きたクリスティーナへ大槌は襲い掛かる。
だが、クリスティーナの目には焦りも恐怖も浮かんではいなかった。
その瞳に映るのは一つの確信。それだけ。
あまりにも強大な力が差し迫る中、彼女の脳裏を剣術の鍛錬へ顔を覗かせた兄とのやり取りが通り過ぎる。
――一瞬の隙を与える手段を得るだけで良いとお兄様は言いますが、その後はどうすれば良いのですか。
相手の隙を得ただけでは勝敗はつかない。何か決定打になるようなものがなければ隙を作ったところで意味はないのでないか。
そんな疑問を抱いたクリスティーナの問いに対し、セシルは少し目を丸くしてからおかしそうに笑った。
――言っただろう、それで十分なのだと。
自分の命を消し飛ばそうと迫る存在を感じながら、クリスティーナは口を開く。
「一体いつまで寝ているつもりなのかしら」
その口が吐くのは皮肉の利いた毒。
彼女は無意味な受け身も回避行動も投げ捨てて、普段通りの口調で話し続ける。
「主人をここまで働かせておきながら、大層良いご身分のようだわ」
――『君自身』はそれでいいんだ、クリス。だって君には……。
そう答えるセシルはふと何かに気付いたように庭の一角へ視線を寄越した。
そして視線の先に立つ存在へ手を振る。
「来なさい、貴方の役目を果たして見せなさい。――リオ・ヘイデン」
彼女の声を掻き消さんとする勢いで大槌が振り下ろされた。
だがその軌道の先をほんの一刹那の内に黒い影が過る。
再び獲物を逃した槌が地面を抉り、大きな音を轟かせる。
巻き上がる土煙、大槌のシルエットを背に立つ影が一つ。
「申し訳ありません、遅くなりました」
主人であるクリスティーナを抱き上げ、リオは穏やかに笑いかけた。
額を始めとし、至る所を血に塗れさせながらその場にそぐわない笑みを浮かべる従者。彼の顔を見上げたクリスティーナ満足そうに笑みを返す。
――真っ先に主人のピンチへ駆け付ける、君だけのナイトがいるのだから。
昔、セシルが言った言葉がクリスティーナの頭には響いていた。
予想外の展開に今度こそ大きな動揺を見せるベルフェゴール。
くすりと笑う気配を感じ、彼女は素早く左へと視線を移した。
その瞳が銀髪の少女を捉える。だがそれを視認した時、相手は既に次の一手へと動き始めていた。
クリスティーナが地面を蹴り、ベルフェゴールの横をすり抜けた瞬間。
閃光の如き一線がベルフェゴールの頭部に走る。
遅れて彼女の右目を走る赤い一線。
それは眼球を深く切り裂き、血を溢れさせた。
「っ……!」
激痛に顔を歪めるベルフェゴール。
彼女は無事であった左目でクリスティーナを睨みつけ、すぐさま反撃に出た。
「皆……皆皆みんなみんなみんな面倒……!」
再び振り上げられる大槌。
たった今一撃を繰り出したクリスティーナに、体勢を立て直した上でそれを避けるだけの余裕はなかった。
クリスティーナは剣士ではない。剣術の基礎を積んでいるからとは言え、攻撃後の隙を消せる程洗練された身のこなしは出来ないし、剣を振るった直後に回避行動を取ることも難しい。
だから彼女が強敵に対応できるのは不意を衝いた一瞬のみ。二撃目は通用しない。
「クリス……!」
後方でノアの声が聞こえる。彼は酷く焦っているようだった。
今度こそ策が尽きたクリスティーナへ大槌は襲い掛かる。
だが、クリスティーナの目には焦りも恐怖も浮かんではいなかった。
その瞳に映るのは一つの確信。それだけ。
あまりにも強大な力が差し迫る中、彼女の脳裏を剣術の鍛錬へ顔を覗かせた兄とのやり取りが通り過ぎる。
――一瞬の隙を与える手段を得るだけで良いとお兄様は言いますが、その後はどうすれば良いのですか。
相手の隙を得ただけでは勝敗はつかない。何か決定打になるようなものがなければ隙を作ったところで意味はないのでないか。
そんな疑問を抱いたクリスティーナの問いに対し、セシルは少し目を丸くしてからおかしそうに笑った。
――言っただろう、それで十分なのだと。
自分の命を消し飛ばそうと迫る存在を感じながら、クリスティーナは口を開く。
「一体いつまで寝ているつもりなのかしら」
その口が吐くのは皮肉の利いた毒。
彼女は無意味な受け身も回避行動も投げ捨てて、普段通りの口調で話し続ける。
「主人をここまで働かせておきながら、大層良いご身分のようだわ」
――『君自身』はそれでいいんだ、クリス。だって君には……。
そう答えるセシルはふと何かに気付いたように庭の一角へ視線を寄越した。
そして視線の先に立つ存在へ手を振る。
「来なさい、貴方の役目を果たして見せなさい。――リオ・ヘイデン」
彼女の声を掻き消さんとする勢いで大槌が振り下ろされた。
だがその軌道の先をほんの一刹那の内に黒い影が過る。
再び獲物を逃した槌が地面を抉り、大きな音を轟かせる。
巻き上がる土煙、大槌のシルエットを背に立つ影が一つ。
「申し訳ありません、遅くなりました」
主人であるクリスティーナを抱き上げ、リオは穏やかに笑いかけた。
額を始めとし、至る所を血に塗れさせながらその場にそぐわない笑みを浮かべる従者。彼の顔を見上げたクリスティーナ満足そうに笑みを返す。
――真っ先に主人のピンチへ駆け付ける、君だけのナイトがいるのだから。
昔、セシルが言った言葉がクリスティーナの頭には響いていた。
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