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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

68-2.悪女の切り札

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 魔法よりも剣を好んでいたのか、魔法を好ましく思っていなかったのかはわからなかったが、クリスティーナやアリシアですら彼が魔法を使う姿は見たことがない。
 一方で暇さえあれば人目につかない場所で剣の鍛錬を繰り返していた彼の姿は何度か見たことがあった。
 剣術に対する熱意と周囲を圧倒する実力。それらによって兄と言えば剣術、という印象がクリスティーナの中に根強く残っていた。

 そしてこの優秀な兄の剣術の腕は彼が魔法学院へ入学する前――クリスティーナが幼い頃から囁かれていた。
 故に当時のクリスティーナは兄が剣術に対して並々ならぬ思いを抱いているだろうことを悟っていた。

 更にまだ兄に対して苦手意識を芽生えさせる前であったこともあり、この頃から忙しくしていた兄の気が少しでも引けるかもしれないからと目論んでクリスティーナは剣術の基礎を学びだしたのだ。
 だからこそ、剣の鍛錬をしている姿を見た兄が自ら声を掛けてくれたことは彼女にとってとても喜ばしいことであったと言える。

 だが、一方でどうしても付き纏う疑問はある。

「……でも、お兄様。他の令嬢や……お姉様だって、剣術を学んだりはしていません。私が学ぶべき意義があるとも思えません」

 公爵令嬢という立場は非常に高貴なもの。クリスティーナには常に護衛が付いているのが当たり前だ。
 それに幼い頃から家庭教師に魔法を教わっていたクリスティーナは万が一のことが起きた際に身を守る術も備えていた。

 令息であれば剣の腕を磨くことが優秀さを示すことにも繋がるなど、政治的な方向で見ても剣術を学ぶメリットはあるのだが。令嬢はそうではない。
 お淑やかで華麗に振る舞ってこそ評価される立場。それが貴族令嬢だ。

 故に、何故わざわざ自分に剣術を進めたのかという疑問はクリスティーナについて回った。

 セシルは少しだけ考える素振りを見せてから、その問いに答えた。

「万一のことを考えた時、身を守る術は一つでなくてもいいだろう?」
「……護衛がいる限り自分の身を自分で守らなければならない状況もそうないとは思いますが」
「はは、確かにね。でも僕は妹達のことになると殊更心配性なんだ。少しでも不安要素は減らしておきたい」

 気を引きたい相手から心配されて気を悪くする者はいないだろう。この時のクリスティーナも悪い気はしなかった。

「リシアは複数の魔法適性を持つ。けどクリス、君は違う。君は優秀だが、氷魔法以外は使えない。これでは氷魔法が通用しない時、困ってしまうだろう?」
「なるほど」

 あくまでクリスティーナに剣術を勧める理由。
 才ある姉との差を明確に感じて気落ちする反面、自分が剣術を学ぶことで兄の心労が減るのであればという思いが彼女の中にはが生まれていた。
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