悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

58-2.迷宮『エシェル』

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「既に魔導師の方々の手によって調査が進んでいるということですね」
「そういうこと。エシェルで発見された価値あるものは殆どが国家魔導師によって回収された後である上に、長期の調査を経て最下層までの最短ルートと攻略法が確立されている」

 ノアが逃走経路に迷宮を選んだのはリスクを考慮した上のことであったのだとクリスティーナは納得する。
 その隣でオリヴィエは重労働を終えたとでも言うように肩を回しながら目を細める。

「エシェルの調査報告なんかはいくつか文献として残されているが……。それに目を通すだけでは飽き足らず、詳細まで頭に叩き込んでいる奴なんてあいつくらいだろうけどな」
「つまり、彼はエシェルの構造を全て把握しているという事?」
「流石にそこまでじゃあない。精々最適ルートに加えていくつかの道筋くらいだ」

 オリヴィエの言葉を否定しないノアの様子にクリスティーナは目を剥く。
 迷宮はどれも例外なく入り組み、複雑な構造を取っていることで有名だ。それに加えて数々のトラップなどが設置されている迷宮の仕組みを網羅することは簡単なことではない。
 それは例え詳細を纏めた書物があったとしても変わらないだろう。一度、二度目を通しただけで頭に入るようなものではないはずだ。

「こと魔法に於いて、あいつ以上の変態はそういない」

 何とも辛辣な物言いだったが、今回はオリヴィエの言葉を肯定することしかできない。
 けれど彼が本当にエシェルの最下層までの道筋を把握しているというのであれば心強いことこの上ない。

「興味あることに対する物覚えだけはいいんだよねぇ。欲を言えばもっと魔法の才も欲しかったところではあるけれど」

 変態呼ばわりされたことに対し失礼な、と拗ねたふりをしながらノアは迷宮の入口へ立つ。
 そして両開きの扉の前で振り返り、一行の顔色を窺った。
 その場の誰もが、心の準備は出来ているという強い意思を瞳に携えていた。

 それらに頷きを一つだけ返して、ノアは迷宮の扉に手を伸ばす。
 その指先が扉と触れた瞬間、扉の中央に浮かんでいた図式が青い光を伴う。それは図式を中心に扉の外側へ向かって広がりを見せ、刻まれていた模様を辿って扉全体を包み込む。

 扉全体が淡い光を発すると同時、鈍く重い音と共に入口が開いた。
 最後まで開ききる鉄扉。それを合図に一斉に灯るのは道の両脇に等間隔に並ぶ灯達だ。

「行こうか」

 物怖じしない、堂々とした姿で振り返るノア。その瞳には好奇心すら浮かんでいる。
 最下層までの道順が頭に入っているというのは嘘ではないのだろう。そう思わせる程の自信が彼からは見て取れた。

「ええ」

 本当に心強いものだとクリスティーナは思う。
 彼に従って移動をすれば難なく目的地へ辿り着けそうだ。
 ノアに続いて迷宮へ足を踏み入れるクリスティーナはそう思っていた。

 ……この時までは確かにそう思っていたのだ。
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