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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

54-4.悪女のプライドと覚悟

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「そういえば、お嬢様は良くご自分を悪女だと言いますが」

 移動の最中、迫りくる魔物をナイフで切り裂きながらリオが話す。
 二人の辺りには魔物の死体が数体転がっており、最後の一匹もたった今地面へ倒れ伏した。

「俺は常々、可愛らしいものだなと思っていたのですよ」

 彼の話はまだ途中のようだが、既に嫌な予感――自分が腹を立てる予感しかしない話の流れにクリスティーナは冷ややかな視線を向ける。
 道中何度か魔物の群れと遭遇したが、それらが現れる度にクリスティーナの出る幕もなく一掃され続けていた。

 リオはナイフに付着した血を拭い取りながら笑顔を見せる。

「こう、悪ぶってるけど実際は悪人になり切れないといいますか、実はたまに気にしてしまう部分があったりですとか、そういうところが――あたたたっ」

 直後、クリスティーナは良く回る舌の動きを止めてやろうと彼の右頬を抓った。
 思いの外良く伸びる頬を限界まで引っ張れば情けない声が聞こえた。

 移動を再開してからというものの、この従者の不敬な発言は明らかに増加した。
 しかしそれにはきちんとした意図があることをクリスティーナは察している。
 粗方、何でもない風を装いながらもエリアスやノアの身を案じているクリスティーナが必要以上に不安を抱かないようにという彼なりの気遣いといったところだろう。

 彼の思惑に乗せられるのは癪である一方で、わざわざ無碍にするようなものでもないと感じる。クリスティーナは今回ばかりはそれに乗っかってやることにした。

「思ったのだけれど貴方の仕事に舌はいらないわよね」
「抜いてもくっつきますからね。物騒な発想はよしてくださいよ、俺が痛いだけなので」

 無表情を貫いてはいるものの、クリスティーナの意識は彼に対する怒りとは別の方向へ向いていた。
 抓んだままの頬が案外柔らかいのだ。正直触り心地が良い。
 それに彼の肌は貴族令嬢が嫉妬しそうな程きめが細かく、クリスティーナとしても思わず羨んでしまいそうであった。

「あの、お嬢様?」

 無意識のうちに頬を引っ張る力を込めたり抜いたりしていれば、流石の従者も異変に気付く。
 ハッと我に返ったクリスティーナは必死に言い訳を考える。馬鹿正直に感想を伝えでもした時には少なくとも数ヶ月は同じ話題で揶揄われる未来が見えていた。

 しかしそんな彼女の思考は説得力のある言い訳を見つけるよりも先に遮られる。

 ふわりとどこからともなく吹いた風を受け、クリスティーナは思わず振り返った。
 それと同時に彼女の頭上から影が差す。

 クリスティーナの視界が捉えたのは、空から人が降りて来る瞬間であった。
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