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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

40-2.期待と諦念

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「ルイーズさん、どうしたの?」

 彼女はノアの前までやってくると同時に膝から力が抜けたように崩れ落ちる。
 慌ててそれを支えてやりながら自身もしゃがみ込んで目線を合わせつつ、事情を窺う。
 顔を青くさせたまま小刻みに肩を震わせる女性は縋る様にノアのローブを握りしめた。

「シモンを見なかった? 家に帰ってもいなくて……っ」
「シモンが?」

 その声は酷く震えている。

 シモンというのはノアがフロンティエールへやって来る度に遊びをせがんできた子供の一人だ。
 クリスティーナ達の訓練に付き合う初日に悪ふざけからノアの首を絞めてしまった子供であり、最近も何度か遊び相手をしてやっていた。

 母、ルイーズは娼婦の為、夜は一人留守番することが多いシモンは昨晩も一人で家にいたのだろう。
 彼は朝になると近所の子供と遊ぶ為に出かけるが、現在の街のあり様では勿論その可能性は皆無だ。

「……ごめん。今日は一緒にいなかったから俺にもわからない」
「そう……」

 ノアの言葉にルイーズは涙を流す。
 引き攣った嗚咽を聞きながらも、どう声を掛けてやるのが正解なのだろうとそれを見つめることしかできない。
 ノアが途方に暮れているとルイーズが啜り泣きながらも言葉を紡いだ。

「街を探し回ってもいなくてっ、もしあの子が森まで行ってしまっていたらと思うと、私、私……っ」

 涙に濡れた目がノアを映す。
 ノアは小さく息を呑んだ。

「私、私がいけないのはわかってるの。こんな仕事しかできないから……あの子のことも気に掛けてやれなくて……っ。でも、でも……」

 後悔と罪悪。彼女は息子の身を案じて、無事ではなかった時のことを思って胸を痛めている。
 母親として息子を想う気持ち。それが見て取れた。
 けれどノアは気付いてしまった。

 その中に微量に混じった、自身に向けられた期待に。

 ルイーズは何かを守る為の武も知識も不十分な一般人だ。森に足を踏み入れても息子を見つける以前に、魔物に襲われて、自分が命を落とす可能性もある。

 一方でノアは学生であり見習いであるとはいえ、大陸一、二を誇る程の優秀な魔法学院の魔導師なのだ。
 それに加えて彼は、例え相手がフォルトゥナで社会的地位の低い娼婦であってもその話に親身になって耳を傾けてくれる数少ない人物である。

 社会的信用と十分な金銭を持たないルイーズは冒険者ギルドで依頼を出すことが出来ない。
 けれどその親切心から、今まで幾度となく人を助けてきた彼ならば。オーケアヌスの名を背負うだけの実力を持った魔導師ならばきっと。

 そんな期待が言動の節々から見えてしまった。

「ルイーズさん……」

 誰にも気付かれぬよう、己の内に湧き上がる感情を耐えるように奥歯を噛みしめる。
 一度だけ深く息を吸ってからノアはルイーズの肩に手を置いた。
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