悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

39-2.不吉な予感

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***


 オーケアヌス魔法学院が所在するフォルトゥナ首都、グロワール。
 クリスティーナ達への指導を買って出てからというもの、学業との並行の為に数日に一度はグロワールとフロンティエールを往復していたノアはこの日も学院へ戻っていた。

 日はすっかり沈んだ後。静まり返る校舎を横切って学生寮まで辿り着いた彼は建物を回り込んである一室の窓を外からノックする。
 暫くすると紫紺の髪を揺らしながらレミが顔を覗かせる。

「やあ」
「今日も戻ってきたのか」

 彼がそう言うのはノアが昨日もこのルームメイトの手助けを得て帰寮した為だろう。
 まともに帰ってこられないのかと小言を零しながらも窓からの侵入に協力するように彼は距離を取る。
 それに礼を述べながら部屋への侵入を完遂したノアは窓を閉め直してから伸びをした。

「うん。アレット先生に聞きたいことがあって」
「ふぅん」

 話し半分に二段ベッドの下の段へ戻っていったレミは仰向けに寝転がりながら開きっぱなしだった教科書を読み始める。
 双方が背を向けるように置かれた机の内一つ、備え付けられた椅子に腰を掛けながらノアはレミを見つめる。

「ミロワールの方はどんな感じか聞いてる?」
「さあ。ただいくつか休講の授業があったから、教師も何人か対応に回っているのは確かなんじゃないか」
「ってことはまだ落ち着いてはなさそうだなぁ」

 霧がミロワールの森を出たという前例は聞いたことがない。いくら実害がないからとはいえ、霧の生み出す幻が一般人を巻き込めば混乱を招くことになるだろう。
 相変わらず教科書に目を通したままのレミは一つ大きな息を吐いた。

「会長サマはお忙しいご身分のようで」
「やーだな、ちゃんと仕事はしてるでしょ。それにどうせもう代替わりの時期だし、引継ぎも済んでる。そもそも、俺が必要な仕事なんてもうないはずだ」

 わざわざ役職の名を出してくる辺り、最近のノアが学院を離れがちなことに対して思うことはあるようだ。
 しかしそれがノアに対する直接的な不満ではなく、どちらかと言えば心配から来るものだということをノアは知っている。

「……いくら単位に余裕があると言っても、あまり休み過ぎるとここぞとばかりに叩かれるぞ」

 ほら見たことかと笑いそうになるのを堪え、顔を逸らす。
 つまるところ、目の前のルームメイトはノアが悪く言われることを良しとしていないわけだ。

「ぼくは咎めているつもりなんだけどな」

 ノアは込み上げる笑いを誤魔化したつもりだったがどうやらバレてしまった様だ。
 臍を曲げないでくれと自分の非を認めるようにノアは両手を軽く上げる。

「心掛けているつもりではあるけど、もし万が一君に迷惑が掛かりそうなときはきちんと教えてくれ。その時はきちんと改めるから」
「ふん」

 本のページが捲られる音がする。
 気が付けば日付は変わろうとしていた。
 そろそろ寝るかとベッドの梯子に手を掛けたノアはそれを上る前に下の段へ身を乗り出してレミの顔を覗き込む。

「それと、言いたい奴には言わせておけばいい。どの道結果を出している内は粗探しに精を出すことしかできないんだから」

 教科書の位置をずらしたレミと目が合う。
 彼は髪とよく似た紫の瞳で静かにノアを見る。

「俺は気にしてないよ」

 おやすみなさいと告げて梯子を上るノア。

「……嘘つきめ」
「うん? 何か言った?」
「何でもない、早く寝ろ」

 再ふんと鳴らされた鼻。呟かれた声。
 上手く聞き取れなかったノアがわざわざ梯子を下りようとする為、それを阻止すべくレミは就寝を促す。

 やがて部屋の光も消され、一室に静寂が訪れた。
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